42話 神の試練

「ねぇ、ユージン。『神の試練』頑張ってね☆」


 七日に一度、学園の大地下牢にいる魔王エリーに会いに来る日。


 俺はエリーの好物の葡萄酒や林檎、燻製肉を渡し、その他の用事を済ませた。

 その後、雑談をしていた時の言葉だ。 

 

「ああ、やっとここまで来られたよ」

「ふふ……、どんな『試練の獣』が召喚されるかしら。楽しみね」

「あんまり強いやつじゃないといいけどな」


「何を言ってるのよ。ユージンはとっても強い神獣の地獄の番犬ケルベロスちゃんを倒してるのよ? 怖いものなしでしょ」

「あれは運が良かったし、多分手加減をしてくれてたよ」

 今ならわかる。

 20階層に変則イレギュラーで呼び出された神獣ケルベロスは戸惑っていた。


 先日、とある探索隊が挑戦していた『神の試練』の記録魔法で見た双頭の神犬オルトロスは、凄まじかった。

 正規の召喚でやってきた『試練の獣』はとてつもなく強かった。


「誰が出てくるかしらねぇー。神狼フェンリルちゃんとか、不死鳥フェニックスちゃんあたりだったら面白いかも。九首竜ヒュドラちゃんは毒が怖いけど、ユージンの結界魔法ならなんとかなるでしょ。メデューサちゃんは、ちょっと危ないわね。あの子の『石化の魔眼』は準神級だし」


「いまエリーが名前をあげたのは全部、上位神獣だろ……」

 どれにあたっても、まだ勝てる気がしない。

 特に、後半の二柱はかつての神界戦争で敗れた神族についた怪物たちだ。


 その罪により、普段は奈落の底に囚われており召喚された際の獰猛さは他の神獣を凌ぐのだとか。

 それに比べると俺が戦ったケルベロスは、普段は冥府で眠っていることが多いと言われる大人しい神獣らしい。


「にしてもエリーの口ぶりだと、どの神獣にも会ったことがあるような言い方だな」

「勿論あるわよ」

「あるのか……」

 やはり、元天界の大天使長にして魔王の経歴は凄まじい。


「エリーが天界で仕えていたのは確か木の女神フレイア様だったよな?」

「……………………嫌なこと思い出させないでくれる?」

 魔王が顔をしかめた。

 エリーはこの話題を嫌がる。

 なんでも、地上に堕ちたのは女神様と喧嘩別れしたからだそうだ。


「悪かったよ。俺からすると羨ましいけどなぁ、女神様と会えるなんて」

「そんな良いもんじゃないわよ、女神たちあいつらみんな超がつく我が儘だし」

「それは正義の女神アルテナ様もか?」

 グレンフレア帝国の主神。


 そして、親父も含めサンタフィールド家でも代々信仰している女神様でもある。

 別名、勝利の女神。


 伝承では相対するだけで、全ての者はひれ伏すほかないとか。

 武人であれば、誰もが目指す頂。


太陽の女神アルテナ様は……あの御方は別格よ。素晴らしい女神様よ」

「ふうん、話したことはあるんだっけ?」

「せいぜい、一言、二言ね。あの御方は、管理している世界が多すぎるのよ。私たちの世界に目を向けてくださるタイミングなんてほんの一時ね。あぁ、私が仕える女神様を選べたらよかったのに……」

「アルテナ様に仕えていたらエリーが堕天使になることもなかったってわけか」


 それは嘆くべきことなのだろうか?

 それでも俺が100階層に挑戦できるの要因の一つは、間違いなくエリーのおかげだ。 


「懐かしいわね……天界の慌ただしい生活も。地上だとずっとだらだらしていればいいし。でも『天頂の塔』を管理してる運命の女神イリアちゃん配下の天使なんて、寝る暇もなさそうだからなぁ。やっぱ地上のほうがいいや☆」

「運命の女神様の部下って大変なのか?」

「この世界を担当してる運命の女神の三姉妹ね。どこも大変よー。あそこに配属された天使はご愁傷さまね」

「へぇ……」

 想像もつかないな。

 

 運命の女神様は、南の大陸全般で信仰されているが特にサラの故郷であるカルディア聖国の主神だ。

 その女神様に仕えるなんて、光栄以外のなんでもないと思うが。


「じゃあ、そろそろ行くよ。100階層突破したらエリーの昔の苦労話でも聞かせてくれ」

「えぇ~、ヤダ。魔王時代の武勇伝ならいっぱいピロートークしてあげるわよ☆」

「それは散々聞かされたからいいよ」

 俺は苦笑すると、魔王が封印されている地下牢をあとにした。




 ◇




「じゃあ、そろそろ向かおうか。スミレ、サラ」

 俺は二人に声をかけた。


 ここは『天頂の塔』1階層。


今日は100階層の『神の試練』に向かうため、待ち合わせをしていた。


「うん! 準備できてるよ! ユージンくん」

「私も問題ないわ、ユージン」


 スミレは、魔力制御に特化した杖を新調している。

 サラはいつもの聖剣を腰にさげ、生徒会特注の探索服だ。

 俺は、予備を兼ねて剣を二本持ってきている。



 ちなみに知り合いには『神の試練』に挑むことは伝えてある。


 レオナからは「もう神の試練なの!? スミレちゃん、早すぎるんだけど!」と驚かれたらしい。


 テレシアは「サラ会長……どうか無理はしないでくださいね。あとスミレさんとケンカしちゃ駄目ですよ」「わかってますよ。心配性ね、テレシアさんは……」「はぁ、できれば私も一緒に行きたかったですが……」

 テレシアは、まだ99階層に達していない。

 それと、サラから引き受けた生徒会の雑務が残っているそうだ。


「えー! 俺は一緒に連れてってくれないのかよ!」

 悪友のクロードからは大いに文句を言ってきた。

 クロード・パーシヴァルは『A級』探索者。

 つまり、既に100階層を突破している。


「初回は、三人で挑戦してみるよ。最初から引率付きだと緊張感に欠けるからさ」

「そっかぁ。じゃあ、健闘を祈ってるよ。無茶するなよって、おまえに言うことじゃないか」

「なんだよ」

「おまえ、単独でも神獣につっこむじゃん」

「もうやらねーよ」

 クロードとはそんな会話をした。


 今回の『神の試練』は、前回のような不測の事態ではない。


 準備と覚悟は、十二分に済ませてある。


 三人で雑談しながら『迷宮昇降機』の前にやってきた時、問題が起きた。


 リュケイオン魔法学園の探索服を着た部隊が、俺たちを見つけ取り囲んできた。


「サラ会長! ユージンと一緒ってことは……っ!」

 そこに居たのは、先日俺に絡んできた生徒会執行部の男の一人だった。

 他にも見覚えのある面々が、完全武装をして集まっている。


「俺たちはこれから100階層に挑む!」

「へぇ、じゃあ俺たちと同じか」

「ユージン! A級探索者となった者がサラ会長の部隊には相応しい! 俺たちが『神の試練』を突破し、おまえが失敗した場合、サラ会長には我々の探索隊に入ってもらう!」

「ちょっと、勝手なことを言わないでくれる!?」

 俺と生徒会の男の会話に、サラが割り込む。


「うわ……、サラちゃんを取り合うユージンくんと生徒会の男たち。薄い本にありそう。NTR本だとサラちゃんが凌辱されちゃうんだよね」

「……スミレちゃん? なにか馬鹿なこと言ってない?」

「ナンデモナイヨー」

「私の目を見なさい。嘘をついてもすぐ魔法で見抜くから」

「怖っ!」


 ワイワイと盛り上がっているところで、俺は生徒会の探索隊の中に一人気になる人物を見つけた。


 服装は、一般的な迷宮都市の探索服。

 身につけている魔道具は、使い込んではいるがどれも高価なものばかりだ。


 胸には『蒼海連邦』の紋章と、リュケイオン魔法学園の校章。

 どうやら『蒼海連邦』を出身とする学園の卒業生のようだ。


 小柄ながらも、その身に纏う闘気オーラが他の生徒と一線を画している。

 俺が見ていると、視線に気づかれた。


「おや、君は……確か先日『冥府の番犬』に単独で挑んだ命知らずくんだね」

「はい、ユージン・サンタフィールドです。ところで貴方は?」

「おっと、失礼。ボクはミシェル。学園の卒業生で、今は探索者兼、傭兵ってところかな。今回はこの子たちに依頼されて、探索隊に同行してるんだ」

 ニカッと笑う笑顔は、子供のようにあけどない。


 差し出された右手を握ると、その大きさとは裏腹に力強いものだった。

 そして、近づいた時にその胸に『S』と書かれたバッジが目に止まった。


「ミシェルさんは、S級探索者なんですか?」

「そうだよ。今の記録は209階層。もっともここ数年は、210階層の階層主で手こずってて、最近は『天頂の塔』より外での傭兵業がメインになっちゃってるかな」

「数年……?」

 目の前のミシェル先輩は、俺より一つ二つくらいにしか年上に見えない。


「ボクはエルフと人族のハーフなんだよ。耳が人族と変わらないから分かりづらいけどね。年齢は秘密☆」

「な、なるほど」

 どうやら見た目通りではなく、実際は歴戦の探索者らしい。


 ……あと、そもそもミシェル先輩は男なのか女なのか、それすら不明だ。

 わからんことだらけの先輩だ。



「おーい! 君たち、どうせ目的地は一緒なんだから100階層まで向かっちゃおうよ。そのあと、どっちが先に『神の試練』に挑戦するか、決めればいいだろー?」

 ミシェル先輩が、生徒会の男たちに提案した。


 先輩の意見は強いようで、生徒会の連中は不満そうだったが、一緒に迷宮昇降機へ乗り込んだ。

 

 生徒会の探索隊は、合計十二名。

 六人が前衛職。

 五人が後衛。

 持っている武器から判断した。


 ミシェル先輩の職業だけは、よくわからない。

 剣を下げているが、身につけている魔道具は魔法使い用のものが多い。

 俺が観察していると、その心を読んだようにミシェル先輩が話しかけてきた。

 

「ボクは魔法剣士だよ。だから戦闘スタイルは万能型かな」

「魔法剣士……、いいですね」

 もともと目指していた職業だ。

 一応、今の俺も借り物の魔力を使った魔法剣士ではあるが。


「ボクはキミに興味があるなぁ。相棒のスミレちゃんは炎の神人族イフリートなんだって? その上、排他的なカルディア聖国の聖女候補筆頭を従える若い剣士くん。どうだい? 『神の試練』が終わったら、ボクと模擬戦でもしてみない?」

「いいんですか? ぜひ、お願いします」

 S級探索者にして、迷宮都市外でも活躍しているベテラン探索者。

 断る理由はない。


「じゃあ、よろしくね☆」

 ぽんぽんと、笑顔で肩を叩いてくるミシェルさん。

 

「あ、あの! ミシェル先輩はどうして生徒会の人たちと一緒にいるんですか!?」

 スミレが会話に入ってきた。


「ん? キミがスミレちゃんだね。はじめまして。ボクが学園にいた時、生徒会に入ってたんだ。お世話になった学園の先生に挨拶をしていたら、彼らから100階層の手伝いを依頼されたんだよ。通常の依頼額は100万Gからなんだけど、彼らは学生なのと、後輩価格ってことで5万Gの特別価格!」

「「安っ!」」

 俺とスミレが声が揃った。

 1/10以下って……。

 ミシェル先輩は、お金にあまり頓着しない人らしい。

 もしくは、単に後輩思いなだけか。


「サラ会長! 俺たちは貴女のために『神の試練を』突破しますから!」

「見ていてください!」

「あなたたちねぇ……、見ていてと言われてもS級探索者の助っ人を連れてきてるじゃない……」

「人脈も力です!」

「ユージンは、A級探索者のクロードの助力を断ったわよ?」

「手段など選んじゃいけないんですよ!」

 生徒会の面々は、今もサラと話し込んでいる。

 大変そうだけど、俺が間に入るとさらに揉めることになるので見守る。


「ねぇ、ユージンくん。ところで『神の試練』に挑む順番なんだけどさ」

「俺たちは後でいいですよ。問題ないよな? スミレ、サラ」

 俺は仲間二人に声をかけた。


「え? いいの、ユージンくん」

「ユージン、無理に遠慮しなくても」

 スミレとサラは、納得いかない顔をしている。


「先にしちゃうと、ミシェル先輩の戦いが見れないからさ」

「お! ボクの勇姿が見たいってわけだね? いいよーいいよー、見てってよ☆」

 ミシェル先輩がバンバンと俺の腕を叩く。

 って、痛っ!

 この人、力強っ!


「ミシェル先輩! なんでユージンと仲良くしてるんですか!?」

「俺たちの味方なんですよ!」

「あはは! ボクの依頼人はキミたちだけど、他の隊と仲良くする分には自由だろ? それに同じ学園生なんだからもっと繋がりを大事にしたほうがいいよ。学園を卒業すると、探索仲間を作るのだって苦労するからね。迷宮組合に行けば探索者を紹介はしてもらえるけど、余ってる探索者は微妙な実力か、人格に問題がある人が多いからさ」

「それは……」

「そうかもしれませんけど……」

「あと、ボクが学園に寄ったのは恩師に挨拶する意味もあったけど、良い探索者がいたら今から声をかけておきたかったんだよね。リュケイオン学園の生徒の才能は保証されてるから」

「「「「!?」」」」

 ミシェル先輩の言葉に、みんなの目の色が変わる。


「ミシェル先輩の探索隊のメンバー!?」

「S級の探索者に誘われる機会が?」

「もしかしたら俺も……」

「他の隊と揉め事を起こす子は駄目だよー☆」

「「「「はいっ!!!!」」」」

 俺を敵視していた連中は、大人しくなった。



「ミシェル先輩、ありがとうございます」

「ふふっ、いいってことさ。ボクはキミともっと話してみたかったからね☆ ユージンくん」

 ぱっちりとした目で、上目遣いされるとドキリとする。

 いや、何を考えているんだ。



「ミシェル先輩~、助けていただきありがとうございますー。でもユージンと近すぎませんか?」

 生徒会メンバーから開放されたサラが、俺の腕を掴んだ。


「キミが今の生徒会長くんか、よろしくね」

「は、はい! サラ・イグレシア・ローディスです。よろしくお願いします」

「聖剣使いなんだってね。キミの剣技も是非、見せてほしいなー」

「そ、それは構いませんがユージンを引き抜くのは駄目ですよ! ユージンはカルディア聖国に嫁ぐことになっているんですから!」

「「ん?」」

 前半はともかく、後半は変なこと言ってないか?

 俺とスミレが首をかしげる。



 そんな、会話を繰り広げていると100階層にたどり着いた。




 99階層までと異なりだだっ広い原っぱだった。


 中央にぽつんと、円形のリングが設置してある。


 リング上には、複雑な魔法陣が描かれている。


(あの場所に『試練の獣』が召喚されるのか……)


「よし! 俺たちが先だ!」

「いくぞ!!」

 生徒会執行部の武闘派の連中が、我先にとリングへ駆け寄る。 

 さっき順番については話がついたから、抜け駆けなんてしないけど。


「ちょっと! みんな、気をつけなさいよー!」

 サラが心配そうに声をかけている。


「任せてください、サラ会長!」

「100階層の神の試練くらい、余裕ですよ!」

「ユージンより先に突破してやりますから!」

 生徒会執行部の面々は、自信満々だ。


「もう……」

 サラがため息を吐いた。

 その時。




 ――100階層『神の試練』が開始いたします




 無機質な声が響く。

 天頂の塔バベルの管理者からの天使の声アナウンス



 ………………ズズズズズズズ


 

 黒い霧が、リングの周囲を覆い始めた。

 これは……瘴気、か?


 じっとりと嫌な空気が広がる。

 天界の使いたる『神獣』らしからぬ気配だ。


「これは……、どうやら今回の『試練の獣』は、『罪の獣』のようだね」

 ミシェル先輩が、ポツリと言った


「『罪の獣』……、天界の神々に逆らって敗れた古い神の眷属ってことですね」

「ああ、ボクは200階層の神の試練で『闇の大精霊』ってのが召喚されたんだけど、あれは焦ったよー。逃げ遅れたら全員が廃人にされるところだった」


「大精霊……、古の神界戦争で滅んだと言われる種族ですね。現存したんですか」

「精霊は滅びないよ。ボクたちに見えていないだけで、どこにだっているさ。もっとも彼らを使役するのは至難の業だけどね……ん?」


 俺とミシェル先輩が会話している間に、リングの周囲に変化があった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 何も無かった広場に、次々と見たことのない植物や木が生えてくる。

 あっと言う間に、リングを取り囲んだ森のようになった。


 瘴気の溢れる黒い森だ。


「あの木の葉っぱって黒いよ……なんだか気味が悪い」

「あれは瘴気を含んだ魔樹ね。最終迷宮のひとつ『奈落』や、西の大陸の魔王の墓がある『魔の森』に多く生息しているという植物よ、スミレちゃん」

「なんか怖い……」

 スミレが、ぎゅっと俺の服を掴む。


「じゃあ、ボクも行ってくるよ。そこで見ててね!」

 ミシェル先輩は、明るい表情で俺たちに手を振り生徒会の部隊に合流した。

 ただその横顔は、少し緊張で強張っているように思えた。


 警戒する生徒会メンバーに、ミシェル先輩が合流する。


 それと同時くらいのタイミングで、魔法陣が七色に輝き始めた。


(一体、何が召喚されたんだ……)

 俺は静かに見守った。

 スミレとサラも、何も喋らない。

 


「うあああああああああああああああああああっ!!」



 悲鳴が上がった。

 突如現れた黒い森。

 そこから、黒い蔦が生徒会メンバーの一人に絡まり取り引きずり込もうとした。


「やぁっ!」

 それを見たミシェル先輩が、蔦を切り裂き助け出した。


「気をつけて! 既に僕らは『神の試練』中なんだ!」

「でも、ミシェル先輩! 相手の姿が見えません!」

「隠れて攻撃してくるなんて卑怯な……!」

 生徒会の探索隊が、警戒しながら周囲を見回していると。





 ――ふふっ、私はさっきからここにいるわよ?





 上空から、ぞわりとする魔力を含んだ声が響いた。

 森の上に何者かがいる。

 が、姿は見えない。


(この声……)

 聞き覚えがある気がする。

 それを思い出そうとした時。


「っ!」

「……うぅ」

 サラが小さく声を上げ、スミレが苦しそうに胸を抑えて膝をついた。


「大丈夫か!?」

 慌てて二人に駆け寄り、結界を張る。 


「私は平気……、聖剣の結界があるから。スミレちゃんを見てあげて」

「ユージンくん、これ……何?」

「おそらくここら一帯に満ちている瘴気と、さっきの声の魔力に当てられたんだ」

 気がつくと、地面も空も灰色の奇妙な空間と変わっている。


 100階層そのものが、異界のようになってしまった。

 これはまるで、学園の封印の大地下牢のような……。



「きゃあああああああああああ!」

 再び悲鳴が響く。

 別の生徒が悲鳴を上げ、黒い蔦に連れ去られている。

 が、今度はミシェル先輩でなく別の生徒会メンバーが助け出した。



「魔法剣・雷光ライトニング!」

 ミシェル先輩の構える剣が光輝く。

 そして上空にいる何者かに、斬りかかった。



 バチン!!! と大きな音が響く。



「やったか!?」

 生徒会のメンバーの誰かが、叫んだ。


 どさり、とその数秒後に落ちてきたのはミシェル先輩だった。

 地面に落ちたあと、すぐに立ち上がるが表情は苦悶に歪んでいる。


「駄目だ……、皆……逃げ」

「うわあああああああ」

「S級探索者の先輩が!」

 生徒会メンバーは、パニックになったようで逃げ出すもの、その場で構えているもの様々だ。

 



 ――あら? もう帰っちゃうの?




 黒い風が舞い、音もなく『そいつ』は現れた。

 

 白銀の長い髪に、白い肌。

 

 この世のものとは思えぬ美貌と、妖艶な肢体。


 女神様かと見紛う美しさだが、その背中から生えている漆黒の翼がそれを否定していた。



 ミシェル先輩や生徒会の面々、隣にいるサラは呆然としている。

 スミレだけは、状況が理解できていない。


 なぜなら、南の大陸の住人で『そいつ』のことを知らないやつはいないから。 


(どうして……?)

 驚きで言葉が出ない。


「そ……ん……な」

 サラが真っ青な顔で呟く。


「ゆ、ユージンくん! あれは何!? あれが『試練の獣』なの!! なんか、女の人に見えるけど!」

「あれは……」

 俺が答えるより早く、彼女はこちらを振り向いて言った。




よ。よろしくね、炎の神人族イフリートちゃん」




「……っ!」

 スミレがびくりと身体を震わせた。



 俺たちの前で、悠然と微笑んでいたのは千年前に南の大陸を支配していた魔王。



 堕天の王エリーニュスだった。

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