35話 ユージンは、仕切り直す
「サラちゃん♪ そっち魔物が行ったよ☆」
「スミレちゃん♪ はーい任せて☆ あ、向こうのはお願いね」
「おっけー☆」
――ギャアアア!!
――グワアアアアアア!!
大きな魔物がサラの聖剣によって真っ二つになった。
武器を構えた人獣型の魔物の集団が、スミレの巨大な
魔物たちは、悲鳴を上げて逃げ惑う。
その中で可憐な女の子二人が、踊るように魔物たちを蹂躙している。
「グオオオオオオオオオ!」
二人には敵わないと悟ったのか、いくつかの魔物が俺のほうに襲ってくる。
俺は炎の魔法剣で、魔物を切り飛ばした。
(51階層はこれまでと一線を画する、と聞いてたけどな……)
俺の剣は、十分通用している。
その事実は喜ばしい。
が、スミレとサラの前では霞んでしまう。
それほど、二人が連携した時の破壊力は凄まじかった。
「いえーい☆」
「余裕だったわね」
笑顔のスミレと、パン!とハイタッチするサラ。
二人の後ろには、死屍累々の魔物たちの残骸が広がっている。
「ユージンくん! 終わったよー☆」
「ユージン、私の勇姿はどうだったかしら?」
笑顔で手を振るスミレと、優雅に髪をかきあげるサラ。
そして、その二人はぎゅーっと、手を繋いでいる。
(……いつの間にこんなに仲良く?)
首をかしげた。
つい、先日まではいがみ合っている二人を仲裁するのが日課になっていたのだけど。
「凄いな二人共。見違えたよ」
「でしょ? えへへ~」
「ね? ユージン、私に惚れ直した? 惚れ直したわよね?」
「サラちゃん?」
「別にいいでしょ、これくらいなら」
「……ふーん。ねぇ、ユージンくん。今日は私頑張ったからご褒美が欲しいなぁ」
「スミレちゃん、協定違反」
「別にいいじゃん、これくらい」
「「…………」」
じとー、と湿った目で見つめ合う二人。
やっぱり、完全に打ち解けたわけではないようだ。
「スミレ、サラ。51階層を突破した祝いに、飯でも食いに行くか?」
「「行く!」」
ぱっと、二人同時に振り向く。
やっぱり息は、ぴったりだ。
◇
――迷宮酒場『止まり木亭』
探索者の街である迷宮都市には酒場が多い。
その中でも、魔法学園の生徒たちが多く利用するお店に俺たちはやってきた。
「「「かんぱーい!!!」」」
階層突破の祝杯をあげる。
俺はいつもの黒エール。
スミレは赤い果実を使ったカクテル。
サラは、発泡させた白ブドウ酒。
あとは、つまみになる料理をいくつか。
チーズの盛り合わせ。
酸味のあるソースの麺料理。
骨付きの肉に、塩胡椒をまぶした豪快な料理。
あとは、季節の野菜を使ったサラダ、など。
「止まり木亭の料理、美味しいねー!」
スミレはすっかりこの店が気に入ったようだ。
「私はあまりこういう店には来たことなかったけど……。楽しいわね」
ガヤガヤした雰囲気に最初は戸惑っていたサラも、馴染んでいる。
かく言う俺も、前からの行きつけというわけではない。
クロードに教えてもらった店だ。
――数日前。
「ユージン、階層を超えたあとに仲間と宴会してるか?」
「やったほうがいいのか?」
「おいおい、当たり前だろ? 一緒に苦難を乗り越えて、宴会で一緒に祝う。そうやって部隊の結束を強めていくなんて常識だぞ」
「……そう、なのか」
学園の授業だと、そんなことは教わらなかったが100階層を突破しているA級探索者のクロードが言うのだから間違いないだろう。
「今度、スミレとサラを誘ってみるよ」
「おう、そうしろ」
「クロードも来るか?」
「…………俺は二人に恨まれたくないからな。やめとくよ」
「クロードも誰か誘えばいいだろ?」
「このあと、レオナとテレシアに呼ばれてるんだ」
「…………、結局どっちと付き合うことになったんだ?」
「その話は今度な。ユージンこそ、さっさと身を固めろよ」
「…………」
誤魔化された。
しかし、良い店は教えてもらえた。
ちなみにクロードは用事があるとかで、今日は合流できなかった。
――そして、現在。
「はい、サラちゃん。グラスが空いてるよ?」
「スミレちゃんこそ、飲み足りないんじゃない?」
スミレとサラが、景気よく飲ませ合っている。
ペース早くないか?
俺の記憶が確かなら、サラはそんなに飲むほうじゃなかったはずだ。
スミレに至っては、最近になって覚えたばかり。
ちなみに、異世界転生者であるスミレの年齢は不明だが、学園長の見立てでは俺やサラと同い年くらいの年齢と見てよいらしい。
というわけで15歳で成人扱いである帝国の流儀に習って、飲酒は問題ない。
ここで俺は気になっていたことを聞いてみた。
「なぁ、スミレとサラは、何で急に仲良くなったんだ」
「「…………」」
それまでニコニコしていた二人が、ぱっと真顔になる。
ストレートに聞きすぎただろうか?
「だって……」
「この前の
「迷宮案内人?」
アマリリスさんのことか。
「何か私とサラちゃんが仲悪いせいで噂になってるって」
「ユージンに迷惑かけたくないもの」
「いや、それは」
俺のため……なのか?
そう思うと、二人に申し訳ない。
「でね、サラちゃんと二人で話し合ったの」
「そう、そこで気づいたわ。私たちがいがみ合っている場合じゃないって」
「というわけで、仲良くすることにしました!」
「でも、露骨過ぎたわね」
「無理させたみたいで……悪い」
俺は二人に詫びた。
「えぇ! 全然、無理してないよ」
「ちょうど、いい機会だったもの」
「そっか」
ならよかった。
「というわけで、今日はもっと仲良くなるためにサラちゃんを酔わせてみようかなーって☆」
「とか言って、私を潰してユージンと二人きりになるって目論見はバレバレよ? スミレちゃん」
「サラちゃんだって同じ狙いのくせにー☆」
「ふふっ」
「あ、笑って誤魔化した! もっと飲め―!」
「ちょっと! 混ぜないで! 貴女も飲みなさい!」
「おい、もう少し落ち着いて……」
二人ともペースが早い。
――二時間後。
「ふふふ……、スミレちゃん真っ赤だよ? 酔っちゃった?」
「んー、まだまだ平気だよー☆ サラちゃんこそ眠そうだよー? 寝ちゃってもいいからね」
「あら、心配してくれるの?」
「もちろん、だよー」
「やさしー、スミレちゃん」
すっかり出来上がっていた。
二人のろれつが回っていない。
「なぁ、二人とも飲み過ぎじゃないか?」
心配になって聞いた。
ちなみに俺は、酔うというのを経験したことがない。
体質らしい。
以前、
幼馴染のアイリに振られた時も、15歳を過ぎていた。
帝国から魔法学園へ留学する前夜、初めて親父と盃を交わした。
親父は「俺に酒で勝てるやつは帝国内にもそういないぞ?」と言っていたのだが、あっさりと俺より先に酔いつぶれた。
おかげで、留学前夜だというのに酔っぱらいの介抱をするはめになった。
……酔えない体質というのも、難儀だ。
「ねー、ゆーじんくんってさぁ……」
「ゆーじん、聞きたいことがあるの……」
スミレとサラが、ずいっとこちらに身体を寄せてきた。
「聞きたいことって?」
二人の目が据わっている。
何を聞かれるのか、少し怖い。
「まだ、幼馴染ちゃんのこと忘れられないの?」
「ゆーじんは、今でも幼馴染さんのことが好きなのかしら?」
「…………え?」
スミレとサラが聞きたかったことは、このことらしい。
「アイリのことか……」
そう言われて、久しぶりに幼馴染のことを思い出した。
そうだ、俺がリュケイオン魔法学園に来ることになったきっかけ。
でも、最近はスミレと出会って、サラとのパーティーを復活して。
最終迷宮『天頂の塔』の階層を順調に進んでいる。
それが楽しかった。
魔法学園にやってきた当初の、情けない気持ちは消え去っていた。
そうか。
もう、俺はあの時の絶望を忘れていたのか。
「俺は……」
それを言葉にしようとした時。
「…………zzz」
「…………zzz」
「あれ?」
気がつくと、スミレとサラが寝ていた。
質問に答えることができなかった。
仕方ない、寮まで送り届けよう。
俺は止まり木亭の会計を済ませ、スミレとサラを抱える。
と言っても、荷物のように扱うわけにはいかないので結界魔法で、ハンモックようなものを作り、そこに二人を寝転がらせた。
これなら落ちないだろう。
が、ひと目にはつくようで、学園の生徒に声をかけられた。
「おーい、ユージン。女の子をお持ち帰……って、サラ会長じゃん!」
「しかも、異世界人のスミレちゃんも居るぞ!?」
「二人揃ってなんて!」
「鬼畜!!」
「もげろ!!」
「待て、二人を寮まで送り届けるだけだ」
「「「「…………」」」」
何で、こいつ信じられんって目で見られなきゃならないんだ。
酔った女の子に手を出すなんて、駄目だろ?
こうして、学園の生徒から絡まれながら俺はスミレとサラを女子寮に送り届けた。
入り口で寮の管理人に、二人を預けた。
やっと一息つけた。
(……チームの結束力は強まったのかな?)
いまいちわからない。
けど、以前より
多分、それはスミレとサラ、二人のおかげだろう。
あとは
明日からも頑張ろう。
◇
「ごめんなさい、ユージン。実はしばらく一緒に天頂の塔の探索ができないの……」
サラから申し訳なさそうに言われたのは、翌日のことだった。
その理由を尋ねると。
「リュケイオン魔法学園の学園祭?」
スミレが、キョトンとした顔になった。
そうか、スミレは初めてだったな。
「年に一度。リュケイオン魔法学園で生徒主導で大きなイベントを行うんだ。学園内最強を決める武術大会や、新魔法の発表会。最終迷宮で発見された希少魔道具のオークションなんかもあるから、迷宮都市だけじゃなくて南の大陸、はては他の大陸からも客が訪れることだってある」
「へぇ!! すごーい。楽しそう!!」
スミレが目を輝かせる。
が、すぐに疑問を持ったようで。
「それを生徒会長のサラちゃんが仕切るの?」
「まさか。学園祭実行委員は別組織で立てられているわ。生徒会はあくまで手伝い。だから、本来はそこまで時間は取られないはずなんだけど……」
「もしかして、学園祭実行委員長が原因か?」
昨年の出来事を知っている俺は、そう予想した。
「そうよ! あのお祭り女!! 何でもかんでも派手にすればいいと思って!!」
サラが声を荒らげている。
「ユージンくん、どーいうこと?」
「学園祭実行委員のトップはいつも問題を起こすのが恒例行事らしくてな。毎回生徒会がフォローに入ってたって噂は聞いたよ」
「今年も同じよ……。問題児なんだけど、カリスマだけはあって従う生徒が多いからすぐ暴走するの……」
サラの表情から苦労している様子が読み取れた。
「じゃあ、しばらくはサラの参加は難しそうだな」
「ごめんなさい、ユージン。スミレちゃん」
「そういう理由なら仕方ないね。じゃあ、ユージンくん二人で……」
「スミレちゃん、抜け駆けは駄目よ?」
「や、やだなー。勿論だよ☆ サラちゃん」
「ちょっと二人きりで話しましょうかー?」
「わかってるってー」
サラがスミレの手を引っ張っていった。
何やらスミレとサラが、遠くで小声で何かを話している。
しばらくして、どうやら決着はついたらしい。
「じゃあ、ユージン。待ってて……すぐ戻るから」
サラは名残惜しげに、生徒会棟のほうへ去っていった。
俺とスミレだけになる。
「しばらく探索はお預けかな」
「それってやっぱり、私とユージンくんだけじゃ力不足ってことかな?」
スミレが少ししょんぼりとした顔になった。
「それは……そうなんだけど、52階層を目指すのに一度、戦力のチェックはしたほうがいい。サラは近距離、中距離、長距離に対応できる万能戦士だったけど、俺とスミレだけだと近距離に偏るから。特に飛行型の魔物の相手がやっかいだ」
「そっか。そうだね。うん! じゃあしばらく修行頑張る!」
スミレの表情が、元気に戻る。
この切替の早さは流石だ。
俺たちは生物部の部室のほうへやってきた。
ちょうど、俺の生物部の仕事が残っていたからだ。
今日は、第一檻の見回りの日だった。
スミレには、外で待っていてもらおうと檻の扉に近づいた時に違和感に気づく。
(……誰かが入ってる?)
檻の封印が外れている。
壊されたわけではなく、正しい鍵魔法を使って開かれている。
(ここの檻に用があると言えば……)
「おや? ユージンちゃん? 久しぶりだねー」
ゆるい声が聞こえた。
知っている声だ。
ボサボサの金髪に、白いよれよれのローブを着ている。
白いローブは研究者の証だ。
「カルロ先輩、半年ぶりですね」
「ユージンくん、えっと。あちらの方はどなた?」
当然、スミレが尋ねてくる。
隠す必要もないので、俺は素直に答えた。
「カルロ先輩は生物部の先輩だよ」
そう言いながら気づく。
そういえばスミレにまだ生物部部員の紹介をしてなかった。
……ただ、連中はめったに部室に顔を出さないどころか、学園の授業すらまともに受けていない奴が多い。
なかなか機会がなかったのは、確かだ。
(しかし、よりによって最初がカルロ先輩とは……)
癖の強い生物部の面々の中でも、ひときわ癖のある先輩。
俺は少し、スミレが心配になった。
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