31話 聖国カルディアの聖女候補

◇サラ・イグレシア・ローディスの回想◇


 ――八人の聖女。


 それはカルディア聖国を治める最高権力者たち。


 私は数多あまたの聖女候補の一人として、幼い頃から修道院で修練を積んできました。


 両親とは年に数回しか会えません。

 でも、それを強く不満に思ったことはありません。

 他の聖女候補たちも、概ね同じような立場だったから。



「サラ。貴女にリュケオン魔法学園への留学を命じます」

「……拝命いたします」

 私に学園行きを命じたのは、八人の聖女の中でも特別な地位にある『運命の巫女』様だ。

 

 カルディア聖国のトップである聖女様たちは、国民の選挙で決定する。

 任期は八年。


 カルディア内で要職につき国の発展に貢献した者が選ばれる。

 そのため通常の聖女様は、皆壮年の女性です。


 しかし、運命の巫女様だけは違う。

 巫女様は


 

 ――運命の女神イリア様。


 

 巫女様は、女神様を降臨させる力を持っている。

 南の大陸において唯一無二の存在。

 帝国が神聖同盟に手を出してこない理由とも噂されている。

 彼女の言葉は、とてつもなく重い。


「リュケオン魔法学園では、貴女に新たな出会いと経験をもたらすでしょう。精進しなさい」

「は、はい!」

 全てを見透かしたような巫女様の目で見つめられると、自ずと背筋が伸びる。

 聖女様は皆威厳と風格があるが、巫女様はその中でも格別だ。


 噂によると西の大陸には、女神様に選ばれた巫女様が六人も居るらしい。

 ……恐ろしい。


 こうして私は、巫女様の指示により南の大陸における最高学府リュケオン魔法学園へ留学することになりました。




 ◇




(……す、凄い)

 南の大陸中の才能が集まると言われているリュケオン魔法学園。

 その噂に偽りはなかった。


『神聖同盟』の関連国の大神官の子供や、神殿騎士団長の後継者候補。

『蒼海連邦』に所属する多数の国家の王子や王女、そして大貴族の子供たち。

 大陸最大の勢力『グレンフレア帝国』からは、帝国軍の幹部候補生たちが数多くやってきている。


 さらには、希少な才能を持つ者は『英雄科』という特別クラスに集められている。


 私は新入生の入園式で、そのレベルの高さに驚いた。

 色んな生徒たちの様子を観察している中で気づく。


(……あそこにいる彼はもしかして)


 特に目立っているわけではない一人の男子生徒。

 誰とも群れることなく、ぽつんと一人で暗い顔で佇んでいる。

 しかし、その名前は有名だ。

 

 グレンフレア帝国の現皇帝の片腕。

『帝の剣』と呼ばれる帝国最強の戦士の一人息子。


 てっきり『英雄科』に入っているのかと思えば、意外にも『普通科』に所属していた。


 聖女様から仮想敵国であるグレンフレア帝国の人材は可能な限り調査せよ、と内命を受けている。

 


「はじめまして、私は『神聖同盟』出身のサラ・イグレシア・ローディスと申します。あなたは?」

「……ユージン・サンタフィールド。帝国出身だ」

 男子生徒は小さな声で答えました。

 しかし私には、彼の姓こそが重要だった。


(サンタフィールド家! 間違いない。彼が帝国の重鎮の息子)


 私は言葉巧みに、彼と同じ探索隊に組むことに成功しました。


 もっとも出会った頃のユージンは、本当に覇気がなくて。

 正直つまらない男だと感じていました。




 ――それが誤解であることはすぐに判明した。




「魔物の群れです! ユージン!」

「…………ああ」 

 天頂の塔の5階層。

 そこで私たちは灰狼の群れに襲われた。


 カルディア聖国では、戦闘技能に長けた修道女シスターとして修行していた私は剣技に自信があった。

 またたく間に三匹の灰狼を斬った私は、少し得意げな顔で振り向いた。



 そこには、十匹の灰狼を倒したユージンがつまらなそうな顔で立っていました。



「つ、強いですね。ユージン」

「いや……武器が壊れた。今日の探索はここまでにしよう」

 汗一つかかず。

 しかも彼が手に持っているのはただの『木の棒』。

 剣ですらなかった。


「どうしてちゃんとした武器を持たないのですか?」

「……剣士になることは諦めたんだ」

 寂しそうに彼は言った。


 その横顔にドキリとした。


(……こんなに強いのに。一体何があったのでしょう?)


 気がつくと、国からの使命とは別の理由で彼のことを知りたくなっていた。


 彼が幼馴染に捨てられた話を聞いたのは少し後になってからでした。




 ◇




「……報告は以上です、聖女様」

 ここはリュケオン魔法学園の女子寮の一室。

 防音魔法がしっかりしているため、本国と通信魔法を使っても盗聴される心配は少ない。


 私は七日に一回の定例報告を終えたところでした。

 緊張する時間だ。

 だが、これで終わり、と思った時。 


「サラ。貴女に贈り物があります」

 魔法で映し出された画面の向こうから、運命の巫女様がおっしゃられた。

 そして、突然部屋の中に魔法陣が浮かび上がり一本の白い剣が転送されてきた。


「これは……?」

「我が国の宝剣『クルタナ』です。別名、『慈悲の剣』ともいいます。これを授けましょう」

「……っ!? これがあの……伝説の?」

 聖国カルディアに伝わる宝剣『クルタナ』。


 数百年前に災害指定よりも上、『天災指定』である厄災の巨獣の一体を屠ったという伝説の武器。

 このようなものを私に……?


 よく見ると画面の向こうでは、運命の巫女様を除く聖女様たちですら戸惑っている様子だ。


「貴女は回復魔法が苦手でしたね。この宝剣があればそれを補えるでしょう。そして今すぐ『英雄科』へ転籍をなさい」

「おお、それは名案ですね」

「確かに聖女の筆頭候補であるサラが『普通科』では物足りませんからね」

「帝国に侮られるのも面白くない」

「そ、それはっ……!」

 運命の巫女様の言葉に、周りの聖女たちも追随する。


 焦ったのは私だけ。 

 そんなことになったらユージンとのパーティーを続けられないかもしれない。

 通常『普通科』と『英雄科』ではパーティーを組まない。

 

「どうしましたか? サラ」

「……いえ、ご配慮感謝いたします」

 結局、私は言葉を飲み込んだ。


 こうして宝剣を得た私は『聖騎士』と成り、英雄科へ転籍することができた。


 私はユージンとのパーティーを続けたかった。

 けど、英雄科の先生のアドバイスや国からの指示に逆らえず、ユージンとの二人パーティーは解消することになってしまった。


「ユージン。もし階層主に挑戦する気になったら私を呼んでね! 絶対!」

「……ありがとう、サラ」

 ユージンは元気がなかった。

  

(私と離れるのが悲しいのね……、私もよ! でもいつかきっと迎えに行くから!)


 後ろ髪を引かれながらも、私は聖女候補としての務めを優先した。

  

 私の活躍を見初められ、生徒会執行部へ誘われた。

 テレシアさんを始め、同郷の人と一緒に参加し、運良く生徒会長に選ばれた。


 リュケオン魔法学園の生徒会長ともなれば、聖女と成るための大きな実績になる。

 国からも大いに褒められた。


 それでもユージンと離れ離れなのは、ずっと寂しかった。

 でも、ユージンもきっと同じ気持ちのはず。


(待ってて、ユージン!)


 100階層を突破して、A級探索者となり。

 生徒会長の仕事が一区切りつけば、改めてユージンとパーティーを再結成するつもりだった。


 肝心のユージンは、元気がないままだったけど。

 

 でも、いつかユージンがやる気を出した時にその隣に居るのは私だと信じていた。




 ◇




(……なのに)

 ユージンは、他の女とパーティーを組んでしまった。



 ――指扇スミレさん


 

 異世界からやってきたという女の子。

 彼女が、今のユージンの相棒。

 

 私は二人のパーティーに、助っ人として参加させてもらっている。


「ほっ!」

 スミレさんが後ろ回し蹴りを放つ。


 襲ってきていたリザードマンが吹っ飛んでいく。

 それだけでなく……


 ドカーン!!!


 スミレさんの蹴りを受けた魔物が、爆発炎上する。

 そして周りにいる魔物を巻き込んで、さらに燃え上がる。


(……上級火魔法・炎の嵐ファイアストーム


 凄まじい威力。

 本職の魔法使いでも、ここまでの破壊力はなかなか出せない。

 それをスミレさんは、発動しているらしい。



(……魔法拳・無為式)



 スミレさんに魔法を教えているというテレシアさんから教えてもらった。

 彼女は生まれつきの体質で、身体を動かしたり感情を高ぶらせただけで魔法が発動する。


 それは魔法と体術を極めた者がたどり着く、ある種の極地なのだとか。

 炎の神人族イフリートであるスミレさんには、それが備わっている。

 それだけじゃなく……。



(とっても綺麗……)


 

 私も魔法を嗜んでいるからこそわかる。

 人族とは違う澄んだ魔力マナ。 

 それが全身から溢れ出ている。

 

「ふぅ……」

 汗を拭い、髪をかきあげるスミレさんの身体から赤い魔力が弾け、火の粉が舞う。


 まるで古の時代にいたという炎の大精霊のような神秘的な姿。

 同性の私が見てもうっとりしてしまうほどだった。


「スミレ、上達したな」 

「でしょ? いえーい☆」

 ぱっ、と花が咲いたように笑うスミレさんはユージンとハイタッチしている。


(妬ましい、妬ましい、妬ましい、妬ましい、妬ましい、妬ましい……)


 気持ちが表情に表れたのかもしれない。

 スミレさんが私の方を向いて、怪訝な顔をする。


「……なんですか? サラさん?」

「魔法の威力が強すぎるんじゃないですか? あれじゃあ周りを巻き込んでしまいますよ」

「うるさいなー(ぼそ)……はーい、気をつけますー」

「今なんて言いました?」

「何も言ってませんけどー?」

「聞こえてましたけど? 記憶力が悪いようですね」

「まぁまぁ、サラ。落ち着けって。スミレの魔法は上達していってるから」

 私とスミレさんが口論しそうになると、ユージンがあいだに入る。


「ユージンの優しさに甘えてるんじゃないですか? スミレさん」

「ユージンくんはいいって言ってくれるし。サラさんは細かすぎ」

 こうして険悪な空気になるのもいつものこと。 

 スミレさんと私は睨み合う。


(……それにしても)

  

 その怒った顔すら可愛いらしい。


 どこかのお姫様と言っても差し支えない容姿。

 ころころと変わる感情的な表情。

 そして、炎の神人族イフリート特有なのか、彼女のまとう神秘的な雰囲気。


 リュケオン魔法学園の生徒の中で、スミレさんの人気が密かに上がっているらしい。


(それは……、これだけ魅力的なら)


 恋敵である私ですら思う。

 ユージンのことを取り合っていなければ、私だって友達になりたい。

 もっと仲良くしたい。


(はぁ……)

 心の中で嘆息しつつ、私は修道院で習った感情を切り離した表情で探索を続けた。


 表面上は、平和に41階層の探索を終えました。




 ◇スミレの視点◇




 今日は42階層の探索。

 

 メンバーは、前回と同じく私とユージンくんと……サラさんの三人パーティー。


 42階層は30階層から続く沼地エリア。

 ただし、足元のぬかるみはどんどん深くなる。


 まだまだ探索者としては駆け出しの私は、ユージンくんとサラさんについていくので精一杯だ。


「スミレ、もう少しゆっくり歩こうか?」

「ううん! 大丈夫」

 ユージンくんの言葉に、私は強がる。

 500階層を目指すのに、こんなところで弱音は吐けない。


「待った。スミレ、サラ! 魔物だ」

「あれは……人食い鷲ね。私たちを狙っているみたい」

 ユージンくんとサラさんが、上空を見上げながら会話している。


 私たちの真上を旋回しているのは、人よりも大きな鳥の魔物だった。

 

 40階層からは、空を飛ぶ魔物が出現し始める。

 

 でも、私やユージンくんはどっちも近距離攻撃しかできない。

 正確には、私は魔法を使えるのだけどノーコン過ぎて遠くの魔物には当てられない。


「私に任せて」

 サラさんが、腰に下げてあるカラフルな魔法剣を構えた。



 ――応えて『慈悲の剣クルタナ



 サラさんの呼び声に返事をするように、魔法剣が不思議な輝きを放つ。

 そして彼女の周りに、淡い光を放つ光刃が現れる。


 その数は七本。

 光の刃に囲まれるその姿は、さながら光の妖精のようだ。

  


「射抜け……聖剣魔法・光の刃」



 そうサラさんがつぶやくと、光の刃が閃光となり魔物を貫いた。


(綺麗……)


 光に包まれるサラさんは、女の私から見てもドキリとする。

 

 巨大な鳥の魔物である人食い鷲は、断末魔を上げるまもなく絶命し、落下してきた。


「お見事」

 ユージンくんが言うと。


「でしょ! 褒めて褒めて!」 

 さっきまでの可憐さが消え、ユージンくんに対しては子犬のように甘えている。


(……ほんと、ギャップ凄い) 


 サラさんに本気で言い寄られて落ちない男なんていないんじゃないかと思ってしまう。

 それくらい魅力的。


(……はぁ)

 私は心の中でため息を吐く。


 サラさんは、本当にユージンくんと一緒でうれしそうだ。


『英雄科』という特別なクラスにいる優秀な探索者。

 そしてリュケオン魔法学園の生徒会長さん。

 本当は仲良くしたほうがいいに決まってる。  


(でもねー……)

 どうしても、ユージンくんをめぐってはサラさんとはぎくしゃくしてしまう。

 なんとかしなきゃなー、と思いつつ。

 

 私はなるべく感情を顔に出さないように、探索を続けた。


 その日は、無事に42階層を突破することができた。




 ◇ユージンの視点◇




 今日は45階層の探索。


「よろしくね、サラさん」

「ええ、こちらこそ。スミレさん」

 最初はいがみ合っていたスミレとサラだったが、最近は平穏だ。

 二人とも笑顔で挨拶し合っている。


「…………」

「…………」

 が、その後の会話は無い。


 二人とも俺には話しかけてくるんだけど。

 連携のとれたパーティーとはいえない。


(なんとかしたいんだけど……)

 俺が二人に仲良くするように、と言っても解決しない気がする。

 おそらく原因は……俺にあるから。


 だから、探索を続け少しずつお互いを知ってもらうしかないと思っている。


 スミレの火魔法とサラの聖剣魔法。

 この二つで魔物たちを蹴散らしていく。


 まったく危なげはない。


(この調子なら50階層が見えてきたな……)


 現在の俺の探索者ランクは『C』。

 これは11階層から49階層の探索者に与えられる称号だ。


 50階層を超えた者は『B』ランク探索者となる。

 つまり天頂の塔は、50階層からレベルが一つ上がる。


 そろそろ、俺も『あの』力を試しておいたほうがいいかもしれない。




 ――オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!




 その時、獰猛な獣の雄叫びが空気を震わせた。

 

「ひっ!」

 スミレの息を飲む音と。


「ユージン!」

 サラの悲鳴が重なる。


 こちらに突っ込んで来るのは、小型の竜ほどもある黒い鷲獅子グリフォンだった。


 珍しい。

 あのレベルの魔物なら、階層主でもおかしくない。


「スミレさん、下がって!」

「でも!」

「グリフォンは、一体ずつ獲物を攫っていく習性があるわ! もし攫われて喰われたら復活もできないわよ!」

「サラさんは大丈夫なの!?」

「……私は前に一度戦ったことがあるから」

 というサラの顔も緊張でこわばっている。


 鷲獅子グリフォンは、高い知能を持ち探索者から恐れられている。

 

 こちらに黒い風となり迫るグリフォンが、直前で急上昇した。


「聖剣魔法・光の刃!!」

 サラが魔法を放つ。

 しかし、鷲獅子グリフォンはそれを器用に躱し、サラを襲うと爪を振り下ろす。


「きゃあ!」

 ガキン! 

 俺はサラと鷲獅子グリフォンの間に割り込み、グリフォンの爪を弾く。


「ありがとう、ユージン!」

「ユージンくん、私の魔力を使って!」

 スミレがこちらに駆け寄ってくる。

 確かに剣に付与した魔力は、心もとなくなっている。


 俺は少し考えた末、二人に言った。


「ここは俺が引き受けるよ。二人は下がってて」

「ユージン! 一人で戦うなんて無茶よ!」

「ユージンくん! みんなで戦おうよ!」

「大丈夫」

 心配する二人を背に、俺はこちらを襲うと真上で旋回しているグリフォンに視線を向けた。


 どうやら相手も、俺を最初に排除すべき獲物と思っているようだ。

 

(試すにはちょうどいいな)

 俺は、剣を構え心の中でつぶやく。




 ――魔法剣・闇刃ダークブレイド




 炎の神人族スミレから借りていた赤い魔力マナを、魔王エリーの黒い魔力が上書きする。

 

(……結界魔法・心鋼)


 そして、魔王エリーの魔力に溺れないよう結界魔法で精神を守る。


「……」

 こちらに突撃してくる鷲獅子グリフォンが、一瞬戸惑った様子を見せる。

 が、遅い。


 

(弐天円鳴流・『風の型』空歩)

 グリフォンとの距離を、一瞬でゼロにする。


「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 間合いに入られたグリフォンが吠え、こちらに爪を振り下ろす。




 ――弐天円鳴流・『山の型』十文字斬り



 

 次の瞬間グリフォンの頭と胴体が離れ、片方の翼は切り裂かれた。

 グリフォンの巨体が、どさりと地面に倒れる。


(やっぱり凄いな……、魔王エリーの魔力は)

 俺は魔法剣を解除する。


 すると刀身がボロボロと崩れ落ちた。


(神獣と戦った時程の疲労感はないけど……、今回は神獣に比べれば格段に相手が弱かった。それに一度使うと武器がもたないのも課題だな)

 

「ユージン!」

「ユージンくん!」

 先程の戦いの振り返りをしていると、スミレとサラが抱きついてきた。


「今のはなに!?」

「ユージンくん、さっきのって私の魔力じゃないよね!?」

「そうなの、スミレさん?」

「うん、わかるもん」

「確かに……、スミレさんの魔力とは違った……何か恐ろしい力だったような……」

 スミレは勘が鋭い。

 そして、サラはカルディア聖国の聖職者シスターなので、違和感に気づいたかもしれない。


「最近、覚えた新しい魔法剣だよ。神獣ケルベロスと戦った時に、一度だけ使えたんだけどそれ以来試してなかったんだ。あまり使いこなせてなくて」

 俺は正直に話した。

 ただし、魔王エリーとの契約の部分のみ隠す。


 魔王エリー曰く、「私の隠蔽能力は完璧だから☆」と言われているので大丈夫だと思うが……。


「へぇ! ……あれ? そうしたら私の魔力って要らなくなっちゃうんじゃ……?」

 スミレが不安そうな顔になる。


「そんなことないって。ほら、一回使うと剣が駄目になるし、使ったあとは疲労で動きが鈍くなるから。あくまで切り札としての技だよ」

「そ、そっかー」

「……ねぇ、ユージン。無理してない? 身体は平気なの?」

「そ、そうだよ! 少し顔色が悪いよ」

「大丈夫……だけど今日の探索は、ここまでにしよう」

 俺は二人に告げた。


 そして、迷宮昇降機で天頂の塔を降り、その日は解散した。




 ◇翌日◇




 今日は探索を休みにした。

 ここ最近は、連日迷宮探索だったので身体を休めるためだ。

 そして、俺は別の目的もあった。


「剣をまとめて買っておくか……」

 昨日の魔王エリーの魔力を使って、剣は駄目になった。

 今後も同様の事象が発生しそうだ。


 10本くらい予備があったほうがいいかもしれない。

 本当は、ずっと同じ剣を使いたいが……。

 魔王エリーの魔力を纏っても壊れない武器なんてあるんだろうか?


 俺は自室を出て、街に繰り出そうと思っていたら。


「ユージンくんー!」

「ユージン!」

「スミレとサラ?」

 二人がこちらにやってきた。


 迷宮に行くわけでもないのに、一緒ってのは珍しい。

 仲良くなったんだろうか?


「スミレさん、私がユージンに話しかけてるんだけど」

「私が先に声かけたもん!」

「見つけたのは私が先よ!」

 全然仲良くなかった。


「で、どうしたんだ? 二人とも」

「ユージンくんと二人で出かけたかったんだけど……」

「私がユージンと二人で街に行きたかったんだけど……」

 二人して同じような目的だった。


 いや、違うか。

 どうやら出かけられない理由があるようだ。 

 

「迷宮職員さんが呼んでたよ、ユージンくん」

「迷宮組合本部に来るように、ですって。ユージン」

「……へぇ? なんだろう?」

 探索者は、原則迷宮組合からの呼び出しには応じないといけない。


「わかった。行ってみるよ」 

 剣を買いに行くのは、少しあとになりそうだ。

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