27話 ユージンは、学園長と語る
「ユージン、魔王エリーニュスと契約したな?」
ユーサー学園長にずばりと指摘された。
俺を見る眼光が鋭い。
さっきまでつまらなそうに本を読んでいた時と全く違う。
「……え、えっと、それは色々理由がありまして……」
俺が言い淀んでいると。
「ふっ……、そう怯えるな。誰にも言いはしないさ。特に『神聖同盟』の盟主カルディア聖国には知られないほうがいいだろうな。あそこの民は魔王エリーニュスを毛嫌いしている」
「そう……ですね」
聞いたことがある。
『神聖同盟』連合国内で、魔王を信仰していることがばれると即『
魔王なんて信仰するやつなんているわけない! と言いたいところだが実は南の大陸には魔王信仰が根付いている。
理由は、千年前の魔王エリーニュスの統治方針にある。
当時の魔王の政策は『怠惰』であること。
可能なかぎり怠け、自分勝手に生きればいいというのが当時の
人族を虐殺したりもせず、魔王としては異例のかなり『ぬるい』統治だったそうだ。
ただし、逆らう者には容赦しなかったそうだが。
歴史書に書かれているし、俺は
ちなみに、南の大陸でもっとも広く信仰されている聖神様の教えは『秩序』と『精進』。
要するに真逆だ。
しかし、それが息苦しいという人々から密かに
あとは魔王エリーニュスが『この世のものとは思えぬ美しさである』という伝説も関係しているのだろう。
そして、そっちは
あの美貌なら……信仰されるのは理解できる気がする。
俺は
カルディア聖国の異端審問官の取り調べは、執念深く残虐なことで有名だ。
……大丈夫かな?
その表情が出たのだろう。
「そう悲観する必要はない。諸外国には『魔王』エリーニュスは、封印によって眠りについていることになっている。彼女が目を覚ましていることを知ってるのは、私とユージンだけだ」
「隠すのは……迷宮都市の住民に無用な不安を与えないため、ですね」
「うむ、魔王が起きていると知っていいことは無いからな。それに大地下牢の封印は厳重だ。逃げられる心配は無いさ」
「……本当ですか?」
地下の封印の厳重さは知っているが、それでも魔王を身近に知っている身としては心配が勝る。
「なぁに、この都市の治安の責任者は私だ。ユージンが気に病むことはない」
ユーサー学園長は、いつも通りの自信に満ちた表情でにやりと笑った。
「もしかすると魔王と一緒に大地下牢にぶちこまれるかも、と思ってました」
「はっはっは! 面白いことを言うな。まぁ、ユージンが
そう言うユーサー学園長の瞳が、銀色に輝いている。
――賢者の真眼
学園長の持つ魔眼の名だ。
あれに視られると、どんな隠し事もできない。
スミレが異世界人であることをいち早く見抜いたのも、ユーサー学園長の魔眼の力なのだろう。
「私の用件は終わりだ。魔王と契約したユージンに異常がないか、直接確認しておきたかった。問題はなさそうだ。もっとも、魔王はユージンを気に入っているから命にかかわるようなことはしないと思っていたがな」
その言葉に俺は、はっとなった。
「……心配してくださったんですか?」
「当たり前だろう? 学園の生徒は私の家族も同然だ」
「ありがとうございます」
素直に頭を下げる。
「気にするな。それよりユージンも私に聞きたいことがあるんじゃないか?」
「なんでもお見通しですね」
やはり学園長に隠し事などできそうにない。
一番聞きたいのは、やはりあの件だ。
「……なんで20階層に『神獣』が出るんですか?」
「あれはな……調査中だ」
俺の質問に、学園長が表情を険しくした。
いつも飄々としているユーサー学園長にしては珍しい。
「もしかして、
俺は自分の仮説を口にした。
本人には言わなかったが、5階層を火の海にした
20階層を蹂躙した神獣ケルベロス。
どちらも低層階で起きた異常事態だ。
何か関連があるんじゃないかと懸念したのだが。
「いや、おそらくそれは別件だ」
あっさりと学園長は俺の意見を否定した。
「そうなんですか?」
「ああ、スミレくんだがな……。おそらく西の大陸で起きた『異世界人の大量召喚』に巻き込まれたと予想している」
「い、異世界人の大量召喚……?」
なんだそれ!?
異世界人って数百年に一人いるだけでも珍しいはずじゃなかったのか?
「あちらの大陸は、南の大陸よりも天界の女神たちの影響が強いからな。どうやらこれから復活する大魔王に向けて、手を打ってきたらしい。強力な
「……千年前の世界を支配したという伝説の大魔王ですか。本当に復活するんですか?」
人々の間で噂されれいるが、いまいち現実味がない。
「ああ、それは
「学園長は王様ですよね……?」
「だから、私は気にしているさ。ちゃんと情報収集しているだろう。それで……神獣が20階層に現れた原因だが……。まだ、私の中でも仮説の域を出ない。だから、ここで説明はできぬな」
「そうですか」
俺は大人しく引き下がった。
学園長がわからないなら、誰もわからないだろう。
ここでふと気づく。
「西の大陸に『異世界人の大量召喚』って、もしかしたらスミレの知り合いが居るんじゃ……?」
「ああ、そう思ってスミレくんにもこの話をしたんだが」
「会いに行きたいんじゃないですかね」
もし知り合いに出会えれば、スミレにとっては一番だろう。
しかし、スミレはさっきそんな話は何も言ってなかった。
「西の大陸の異世界人には会いに行かないそうだ」
「……なぜです?」
知り合いに会えるかもしれないチャンスなのに。
「彼女は記憶を失っているからな」
「……確かに。でも、知り合いに会えば記憶を取り戻すかも」
「だが、今のスミレくんは
「……なるほど」
スミレは人族ではない。
炎の神人族に転生している。
姿が、生前とどの程度類似しているかわからないが、もしかしたら全然違っている可能性もある。
「少なくとも自分が人族でなく、記憶も戻っていない状態で会うのは怖いそうだ。ま、気持ちはわかる。西の大陸に移動するだけで十数日はかかる。それが無駄足になるのは嫌だろう」
「…………そう、ですね」
スミレの立場は、俺が考えているよりずっと辛いものなのだろう。
俺で何か力になれればいいけど……。
「ちなみに、スミレくんから聞いたのだが」
ここで学園長がニヤリとする。
「最近はユージンやレオナくんが居るからあまり寂しくないそうだ。リュケイオン魔法学園は楽しいと言っていたよ。保護者としての務めは果たせているようだな」
学園長の言葉に、むずがゆい気持ちになった。
スミレがそんなことを?
「それは、よかった」
「特にユージンの話をする時は、スミレくんの顔はキラキラしているぞ? 随分と好かれているじゃないか」
「…………えぇ、まあ」
スミレは感情表現がストレートでわかりやすい。
多少は好意を持たれているだろう、という自覚はある。
「手を出さないのか?」
とんでもないことを言われた。
「出しませんよ! 俺はスミレの保護者ですよ!」
言うに事欠いて、何てことを。
「ユージンの真面目さは、私もよく知っている。だから保護者を任せた」
「……それはどうも」
「しかし、失恋のせいで留学してきて、折角魔法学園に入ったのに手を出した女は魔王エリーニュスだけとはな。いい感じだった、
「そもそもサラとは付き合ってませんって」
話が、盛大に脱線している。
何だこれは。
なんで学園長兼国王陛下と恋愛話をしているんだ。
「ふーむ、これからユージンは女性関係で苦労するだろうな」
「……なんですか、急に」
「なに、ただの勘だ。気にするな」
くくく、と学園長が意地悪く笑う。
魔眼は、相変わらず銀色に輝いている。
(確か学園長の魔眼って未来予知もできたような……)
何かを視られたんだろうか。
すこし薄ら寒い。
「そ、それでは失礼します」
「うむ、呼び出して悪かったな」
「いえ、色々と教えていただきありがとうございました」
俺は頭を下げ、学園長室を出ようとした。
その時。
「ユージンは500階層を目指すのだな」
ドアを開く直前に、声をかけられた。
振り返るとユーサー学園長は、さっきとは別の魔導書を読んでいる。
「はい、スミレと一緒に」
「頑張り給え。100階層をクリアした暁には、私の冒険譚を聞かせてやろう」
「……それは、有り難いですね。頑張ります」
ユーサー学園長は歴代2位である『451階層』の記録保持者だ。
その話が直接聞ける機会など、めったとない。
今の俺とスミレの記録は『20階層』。
比べるのもおこがましい。
しかし、その俺たちに応援の言葉を送ってくれた。
ならばその期待に応えねば。
俺はもう一度一礼し、学園長室を後にした。
◇翌日◇
「よっ! ほっ! こうかな? レオナちゃん」
「そうそう! 筋が良いよー! スミレちゃん」
リュケイオン魔法学園の第五訓練場広場。
そこでスミレがレオナに、体術を習っている。
ちなみにレオナに強引に勧誘される形で、スミレは体術部に入部した。
体術部は女子部員も多いし、皆気さくだ。
知り合いの少ないスミレにはいい環境だと思う。
「わるいな、レオナ。スミレの指導を個別でしてもらって」
俺はスミレの相棒として、礼を言った。
「何言ってるのよ。ユージンさんが『復活の雫』の代金を立て替えてくれなきゃ、私は借金地獄だったんだから……。今の私はユージンさんには逆らえません。何ならユージン様って呼ぼうかしら」
「それは勘弁してくれ」
「あはは、冗談」
レオナが笑う。
しばらくスミレとレオナの練習をながめつつ、俺は木剣で型の確認をしていた。
ある時。
「ほいっ!」
スミレが空中で回し蹴りを放つ。
チリ、と空中に火花が舞った。
(ん?)
次の瞬間「ぶわっ!!!」と空中に巨大な炎の軌跡が描かれる。
「わわっ!?」
レオナは少し慌てて避ける。
俺は当たっても結界魔法で防げるのだが一応躱しておいた。
「ごめんー! レオナちゃん、ユージンくん」
スミレが慌ててこっちに来る。
「さっきのは?」
「何か勝手に炎が出ちゃうの……」
「凄いわよね~。身体を動かすだけで火魔法が発動するとか」
レオナが感心したように腕組みしている。
反対にスミレは、しょんぼりした顔だ。
迷惑をかけたと思ったようだ。
「多分、
「は、はい!」
俺の言葉に、スミレが力強く頷く。
彼女は俺の探索の
そのために頑張っている。
けど。
「あんまり無理するなよ」
「大丈夫。早くユージンくんと一緒に探索したいし!」
「わー、お熱いねー。二人とも見せつけてきちゃって」
「ち、違うよ。レオナちゃん!」
たまにレオナは、こうやってからかってくる。
少し俺も照れてしまう。
決して、スミレに変な気持ちを抱いているわけじゃないが、学園長が変なことを言うから……。
その時だった。
「お、ユージンか? 訓練場で会うなんて珍しいな」
誰かが俺の名前を呼んだ。
馴染みの声だ。
「クロード、お前も訓練か?」
「ああ、天気がいいからな。身体は毎日動かさないと鈍る」
声の主は、クロード・パーシヴァル。
リュケイオン魔法学園『英雄科』に所属する職業『勇者』のエリートだ。
「お、そっちの子が噂の異世界からの女の子かな。はじめまして、俺はクロード・パーシヴァル。ユージンとは一年からの親友なんだ。仲良くしてくれると嬉しい」
キラリと歯を光らせて、キザに笑うクロード。
相変わらず軽薄な男だ。
口説いているのかと勘違いしそうになるが、これがこの男の女の子に対する
「えっと、私は指扇スミレと言います。ユージンくんとは探索者の
初対面のスミレが少し緊張したように、挨拶をしていると。
「あらあら。さっそく女の子を口説いてるの? 相変わらずねー、クロード」
氷のように冷たい声が遮った。
その声で、クロードの表情が固まる。
「れ、レオナ……?」
「お久しぶりね」
冷たい声とは裏腹に、レオナはニッコリと微笑む。
クロードからは、スミレと俺の身体で隠れて見えなかったらしい。
「「……」」
ただならぬ空気に、俺とスミレは顔を見合わせる。
「あ、ああ。元気にしてたか?」
「私のことなんて忘れて、色んな女の子と楽しいことをしてたのはクロードでしょ?」
「それは誤解だ。本当はもっと早くレオナに会いに行きたかったんだよ。だけど俺は今『体術部』を出禁になってるからさ」
「あんたは『剣術部』も『弓術部』も出禁でしょ!」
クロード……、おまえ何をやったんだ?
いや、ろくでもないことなのは何となく察した。
レオナの詰問を、クロードが笑顔でかわしている。
もっともその頬には汗が伝っているが。
「「……」」
俺とスミレは、その二人のピリピリした様子を黙ってみているしかない。
しばらく、二人の会話が続いた。
そして、クロードはこの場に居るのは諦めたらしい。
「悪いな、ユージン。噂の神獣との戦いについて聞きたかったんだが……今度にするよ。スミレちゃん、邪魔しちゃって悪いね」
「早くどっか、行きなさいよ」
レオナはどこまでもクロードに厳しい。
が、クロードはめげなかった。
「レオナ」
「な、なによ」
「また会いに来る」
「……うそつき」
「本当だって、じゃあな」
ひらひらと、手を振ってクロードは去っていった。
あいつ、どんな心臓してるんだ?
「「「…………」」」
残された俺たち三人は、しばらく気まずい空気になる。
他人の恋愛には疎い俺でも、レオナとクロードが過去に何かあった、くらいはわかる。
でも、無遠慮に聞けないよなーと思っていると。
「ねーねー、ユージンくん。さっきの人ってユージンくんの親友なの?」
スミレに話を振られた。
「ああ、入学の時からの友人だよ。あいつが竜騎士で、その騎竜を生物部で世話してるんだ」
「へぇー、竜騎士! なんか凄そうだね!」
「……全然、すごくないわよ」
レオナが会話に割り込んできた。
「レオナちゃんは、さっきの人のことよく知ってるの?」
「そ、それは……」
おお!
凄いぞ、スミレ。
ちょっと強引だけど、レオナとクロードの関係に話題を持っていった。
「…………昔、付き合ってたの。少しだけね……。もう別れたけど」
「ええっー! そうなんだ! あー……、でもそれじゃあ、……あんまり聞いちゃ悪いね」
「ううん、別にもう気にしてないから! 聞いてよ、スミレちゃん」
そう言ってレオナが、クロードとの馴れ初めやその後の話をしだす。
どうやら誰かに聞いてもらいたかったらしい。
女子二人が盛り上がっているのを邪魔しては悪いので、俺は少し離れたところで剣の素振りでもすることにした。
「……本当にあいつ最悪でさ!」
「でも、かっこよかったし、レオナちゃんとお似合いに見えたなー」
「やめてよね! ……まぁ、でも。かっこいいわよ」
「……まだ好き?」
「全然!」
「本当?」
「…………」
離れた位置でも、二人の会話は聞こえてくる。
女の子って恋愛話が好きだよなー、と思い出す。
そういえば、
どこに行ってもそれは変わらないのかもしれない。
その日の練習は、なかなか再開されなかった。
◇さらに七日後◇
俺たちは最終迷宮『天頂の塔』への入り口へとやってきていた。
スミレがそれなりに体術の基礎を身に付けた。
魔力の制御は、まだ不安があるが……。
だが、500階層を目指すのに準備ばかりに時間を取られてはいられない。
「戻ってきたな、スミレ」
「うん! 21階層からだね!」
以前、20階層の階層主を倒したから迷宮昇降機でそこまで上がれる。
――俺たちは『天頂の塔』への挑戦を再開した。
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