25話 閑話 幼馴染

 ◇グレンフレア帝国にて◇



 ――帝都の中央に位置するエインヘヤル宮殿。


 

 南の大陸における最大規模の建造物であり、帝国繁栄の象徴。


 宮殿の正面奥にあるのは皇帝との『謁見の広間』。

 その前にある大きな扉から一人の女騎士が出てきた。


 胸に輝くのは、二対の翼を持つ黄金の獅子の紋章。

 帝国において、最高位の騎士『天騎士』であることを示す証だ。




 ――アイリ・アレウス・グレンフレア皇女。

 



 さきほど帝国の属国領地で起きた小さな反乱を鎮圧してきたことを父――皇帝陛下に報告してきたところだ。


(本当に父上ってば娘使いが荒いんだから!)

 アイリは嘆息する。


「俺は有能な者を休ませるつもりはないからな? よくやったアイリ。あとで褒美をとらせよう」

 年齢よりもずいぶん若く見られる皇帝陛下父上からのありがたい御言葉だ。


 評価をしてもらっているのは間違いない。

 皇帝を目指すアイリとしては、必要なことだ。

 しかし、兎に角忙しい。

 

(明日はゆっくり休も……)


 部下たちの反乱鎮圧の手際は、見事だった。

 彼らにも十分に休養を取らせよう。


 そんなことを考えながら、宮殿内をまっすぐ伸びる広い回廊を進む。

 すれ違うのは諸侯の貴族や上級騎士たち。

 皆が、アイリを見ている。



「見ろよ、アイリ皇女殿下だ」

「いつみても凛々しくお美しい」

「恋人のベルトルド将軍と共に、次期皇帝を窺われているとか」 


「七番目の帝位継承者なれど、その『才』は随一だからな」

「ああ! アイリ様が皇帝になれば帝国も安泰だ!」

 そのような声が囁かれる。 



(聞こえてるっての……。もっと声を潜めなさいよ)

 だが、いちいち指摘はしない。


 キリがないからだ。

 アイリにとってはただの日常。


(まったく皇族の宿命とは言え、どこに行っても注目されるのは……)

 未だに慣れない。


 皇帝陛下父上くらいになると、「小鳥のさえずりをいちいち気にするのか?」などと言われた。

 あそこまでの図太さは、まだない。


が居たらな……)

 思い出すのは幼馴染の存在。

 隣に彼が居た時は、もっと心穏やかに過ごせていた気がする。


 だけど、それはないものねだりだ。


 アイリは、雑音を気にしないように早足で宮殿の出口へ向かった。

 

 その時、気になる言葉が聞こえてきた。



「おい、聞いたか。最終迷宮ラストダンジョンの『試練の獣ディシプリンビースト』を単独ソロで突破したやつが居るらしいぞ!」


「へぇ、そりゃどこのどいつだ。神聖同盟の聖騎士か? それとも蒼海連邦の竜騎士あたりか?」

「それが帝国民の剣士だってよ」


「ほう! そいつは素晴らしいな!」

「じゃあ、『試練の獣ディシプリンビースト』を倒したのって誰だ? 有名なやつか?」


「帝国民で探索者になるなんて変わり者、名声を求めた名もなき平民だろ?」

「それが驚け、あの『サンタフィールド家』の嫡男だ」


「例の『白魔力マナ』のみのあいつか?」

「そうそう、帝国士官学校で首席を取りながらリュケイオン魔法学園に留学した変わり者だ」


「『結界士』か『回復士』を極めれば、帝国随一の使い手になるとも噂されてたらしいな」

「まぁ、本人は剣士になりたがっていたからなぁ」


「親父殿が帝国の誇る『帝の剣インペリアルソード』だぞ。そりゃ同じ道を進みたかったのだろう」

「だが、『試練の獣ディシプリンビースト』を倒したとなれば立派な実績だ。これで親父殿も一安心だろう」

「違いない」


 その会話を耳にした時、皇女アイリは立ち話をしている騎士たちにつかつかと近づいた。


「今の話、詳しく聞かせなさい」


「「「あ、アイリ様!」」」

 騎士たちは、姿勢を正し皇女に敬礼した。




 ◇帝国軍 諜報部◇




「邪魔するわ」

「これはこれはアイリ皇女殿下。いかがなされました?」

 アイリが訪れたのは、大陸中の情報を探る帝国軍・諜報部の部屋。


 今回の反乱鎮圧等も含め、普段からよく来る場所だ。


最終迷宮ラストダンジョンで、何か事件はあったかしら?」

 アイリの質問に、部屋に居た男がにやりとした。

 彼は諜報部の責任者を務める者だった。


「噂を耳にされましたか。皇女殿下の幼馴染殿は迷宮都市で名を上げようと頑張られていますよ」

「映像を見たいわ」


「どうぞ、こちらへ」

 諜報部では、24時間最終迷宮ラストダンジョン中継装置サテライトシステムから送られる探索映像を記録魔法で保持している。


 もし優秀な探索者がいれば、すぐに帝国軍へ声掛けスカウトするためだ。

 そのため迷宮都市に派遣している帝国軍所属の探索者とは、密にやり取りをしている。


 映像には、天頂の塔バベルの20階層の様子が映し出された。



 最初、ユージンは巨大な三つ頭の怪物――冥府の番犬ケルベロスから逃げるのみだった。


 同行者の女の子を抱え、大樹の空洞に逃げ込む姿は少々見苦しいものだった。


 その後、冥府の番犬ケルベロスにたった一人で立ち向かうユージンの姿が映っていた。


 赤い炎刃を携え、冥府の番犬ケルベロスに挑む姿は勇ましい。


 そして、アイリには気になる点があった。 


「あの魔法剣は……?」

 ユージンには『白魔力マナ』以外は使えないはず。


 しかしユージンの持つ剣は、煌々と赤く輝いている。


「おそらく同行者である炎の神人族イフリートの肉体へ転生した『スミレ』という少女の魔力マナでしょう。10階層にて、同様の魔法剣で階層主ボスを撃破しています」

 諜報部の長が、アイリへ補足する。


 ――炎の神人族イフリートの転生者。


 そのような者がいることを、アイリは初めて知った。


 その後、一度は劣勢になったが、最後には見事冥府の番犬ケルベロスを撃退した。

 見事な一撃だった。



(弐天円鳴流の奥義『麒麟の太刀』……)



 懐かしい剣だ。

 共に剣を学んだが、アイリは結局ユージンの域には達しなかった。


 皇女であるアイリには、剣以外にも学ぶことが多かったのも理由のひとつだが、やはりユージンの剣の腕は帝国士官学校の同級生の中で、際立っていた。


 その腕は魔法学園に留学しても鈍っていないようだ。

 そして、気になったのが。



「最後の魔法剣は何かしら? 一見するとただの『黒魔力マナ』の魔法剣のように見えるけど……」


「仮にも『神の獣』の首を落とした魔法剣です。何かしらの秘密があるとみて、調査をしています。おそらくは迷宮都市のユーサー王が関与しているものと思われますが……。かの王は秘密主義者ですからなぁ」

 諜報部の男は、困った顔でひげを撫でている。


 アイリは少し考える仕草をして口を開いた。


「帝国の諜報部として、さっきの戦いについて意見はある?」

 アイリは、諜報部の長に問いかけた。


「素晴らしい、とコメントします。ただし、今回の『試練の獣ディシプリンビースト』は100階層でなくイレギュラーな登場でした。純粋に100階層を突破したとは言えないですが、彼ならいずれ100階層を突破するでしょう」


「……そう」

 アイリの声は穏やかだった。




 ――画面内は、ユージンと転生者の女の子が何か会話している。




「では映像を切りますね」

「ちょっと待って。彼らの会話は拾える?」

「ええ、できますよ」

 映像内の音量が上がる。

  

 映像内では、泣きじゃくる少女――炎の神人族イフリートを、ユージンが慰めている。


 そして、泣きやんだ少女は笑顔に変わった。



 ――スミレ。俺の『相棒パートナー』になってくれ。そして一緒に500階層へ行こう!



 ――うん! 一緒に行こう!


 

 ユージンと炎の神人族イフリートの女の子が握手をした。


 アイリはその様子を眺めていた。


「500階層とは大きく出ましたな、ユージン殿。もしそれを達すれば、帝国史に輝く偉業となりましょう」

 ほっほっほ、と諜報部の長は笑っている。


 ユージンの言葉を現実的とは考えていないようだ。



 画面の中では、その後神獣ケルベロスに殺された者たちが、『復活の雫』で復活している。

 そして、転生者の少女はそれに大げさな様子で驚いていた。


 画面内ではがやがやと、探索者たちが騒いでいる。


『復活の雫』の代金が幾らとか、借金がどうなど、皇女殿下に有益な情報とは思えない。

 

 諜報部の長は「映像を切りましょうか?」と言おうとしてやめた。



 アイリ皇女殿下の表情が、あまりに真剣だったからだ。 



(久しぶりの幼馴染殿の元気な姿を見て、安心したのかもしれませんな)

 諜報部の長は、そう思うことにした。



 アイリは、『天頂の塔』20階層の映像をじっと見つめ続けていた。

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