15話 ユージンとスミレは、さらに進む


 ――俺は炎の神人族スミレの力を借りて、10階層の階層主ボスを撃破した



「ありがとう! ありがどうっ……これで我が国は救わっ……ううぅ……」

「よかったですよ、無事に倒せて」

 トーモア王国の探索者の隊長さんが泣き崩れている。


 この人は感情豊かだなぁ。


 帝国士官学校では、『感情と行動を切り離せ』と教わってきた。


 常にそれを心掛けている身としては、こんな風に人前で泣くことはできない。


 そもそも親父が「男の涙は人前で見せるもんじゃない!」という持論の主だった。

 

 精神論が多いんだよな、親父は。


 この映像も中継装置サテライトシステムを通して、色んな人に見られてるだろうし。


「ユージンさん、スミレさん。この御恩は忘れません。階層主ボスからの救助と、討伐の助力についての『謝礼金』は必ず支払わせていただきます。こちらが女神様の覚書おぼえがきです」

「わかりました」

 隊長と比べ冷静な副隊長さんが、サイン付きの紙を渡してきた。


 正義の女神アルテナ様の紋章が入ったその紙は、魔法による契約書だ。


 約束を違えると『神罰が下る』らしい。


 もっともこの調子では、代金を踏み倒す心配はなさそうだ。


「ねぇねぇ! ユージンくん。あっちに宝箱があるよ!」

「え?」

 スミレが指さす場所に、茶色い宝箱があった。

 あれは……。


宝物トレジャーを落としたのか」

 階層主ボスを倒すと稀に出現する宝物トレジャー


 自分が体験するのは初めてのことなので、ワクワクしながら中を確認した。

 中から出てきたのは、鈍い色を放つ巨大な金属塊だった。


「これ……なに?」

 スミレが首をかしげる。


「んー、魔法金属だと思うけど、俺は専門家じゃないからわからないな……」

 わかりやすい魔法武器とか、宝石類なら嬉しかったんだけど。


 10階層ならこんなもんか。

 重そうだし、二人じゃ運べないからこれはパスかな。


「じゃあ、スミレ。学園に戻ろうか?」

「え? 11階層を見ていかないの?」

「まだ進むの?」

「ユージンくんを見てて、もっと先を見てみたいなーって!」

 この子、イケイケだな。


「今日は疲れてない?」

「私、まだ一回も魔物の相手をしてないから……」

「む……」

 そういえばそうか。


 この一週間、魔物と出会った時の対処法などを繰り返し覚えてもらった。

 が、結局戦ったのは俺だけだ。


 せっかくの初探索。

 実践は経験してもらいたい。


「じゃあ、11階層を見に行こうか。ちょっとだけな?」

「うん!」

「き、君たちは、今から11階層に行くのかい?」

 俺が階段に足を向けると、副隊長さんに話しかけられた。


「ええ、そうですね」

「この宝物トレジャーはどうするんだ!? それに階層主ボスを倒した素材だってある。こちらを剥ぎ取ればそれなりの価値があると思うが……」

「両方、差し上げますよ」

「い、いいんですか!?」

「どうぞどうぞ」

 荷物が増えると移動が大変だし。 


 彼らから謝礼金ももらう予定だから、収支はプラスだ。



(ま、何よりの収穫は俺が階層主ボスと戦えるってわかったことだ……)



 勿論、炎の神人族スミレ魔力マナを借りる、という特殊な条件下のみであるが。

 

 得られたものはとてつもなく大きい。


 俺の方こそ、彼らに感謝していた。


 階層主の素材や、持ち運びに手間がかかる魔法金属くらいならまったく惜しくない。

 俺からの感謝の気持ちだ。


「ほ、本当に何から何まで……何と御礼を言えばいいのか」

 ついに副隊長さんまで泣き出した。


 どうやら泣くのを我慢していただけらしい。

 トーモア王国の人たちは、皆涙もろいのだろうか?


「あ」

 ここで俺は、借り物について思い出した。


「こちらの剣をお返ししますね。ありがとうございました」

「ユージンさん。もし探索に使うのであれば、差し上げますが……」

「いいんですか?」


「勿論です! 階層主ボスを倒してもらい、宝物トレジャーや素材までいただくんです! こちらから渡せるものはそれくらいしかないので……」

「ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね」

 俺は遠慮せず、貰っておくことにした。


 10階層の階層主ボスを倒した記念品だ。


 改めて剣を腰に差すと、ずしっとした重みが懐かしかった。



「じゃあ、皆さん。お元気で」

「おじさんたち、気を付けてー」

 俺とスミレは、トーモア王国の探索者たちに別れを告げた。


「ありがとう! ありがとう! この恩は決して忘れません!」

「蒼海連邦に来た時は、是非トーモア王国へ立ち寄ってください!」

「ユージンさん、スミレさん、どうかお気をつけて!」

「うぅぅっーーありがどうー!!」


 隊長はずっと泣いている。


 第一印象ほど悪い人じゃなかったな。


 他の隊員たちにも、大声で手を振りながら送り出された。

 少々気恥ずかしい。


「ねぇねぇ、ユージンくん。いい事をすると気持ちいいね!」

 スミレがニコニコして腕に絡みついてくる。


 少し照れる。

 が、ふと思い直す。


「あんまりお人好しなところを見せすぎるのは探索者としては良くないんだけどね」

「そうなの?」

 お人好しはつけこまれることもあるから。

 もっと打算的なほうがいい……と学園では教わっている。


「でも、確かに気分はいいかな」

「だよね!」

 ま、10階層程度じゃ、誰も見てないだろう。


 問題ない問題ない。


 俺たちは11階層に足を踏み入れた。




 ◇




 自分たちより背の高い木々が生い茂っている。


 最終迷宮『天頂の塔バベル』11階層――密林領域エリア


「ここが11階層……ごくり」

 隣のスミレの声が聞こえた。


 ごくり、とか口に出しているあたり、まだまだ余裕がありそうだ。


「ここからは木々が生い茂ってる。9階層までより視界が悪いから気を付けて」

 もっとも来るのは俺も初めてだ。


 あくまで中継装置サテライトシステムを通して、知識として知っているだけ。 


 ――ガサッ

 ――キェキェキェキェキェ

 ――クルルゥ、クルルゥ


 茂みが揺れる音と、奇妙な鳴き声が遠くから聞こえる。


 11階層は今までより、危険な魔物が出現し始める領域エリアである。

 空気感も、それを醸し出している。


 ぎゅっと、スミレに腕を掴まれる。

 俺はスミレを抱き寄せ、いつでも結界魔法を張れるように神経を集中させた。


 さあ、一体どんな魔物がでてくるか?


「……」

「……」

 しばらく待った。


「……魔物、来ないね」 

「……だなぁ」

 二人してしばらく緊張していたわけだが。


 俺とスミレは迷宮の真ん中でくっついているだけだった。


「適当に探索してみようか?」

「はーい」

 スミレは緊張が取れたのか、きょろきょろと周りを見回している。


 初めてきた階層だからって、気負い過ぎたかな?

 いや、迷宮探索は慎重過ぎることはない。


「ねぇ、ユージンくん」

 スミレが話しかけてきた。


「なに?」

「さっきユージンくんが階層主を魔法剣で倒したけどさ。凄かったね」

「ありがとう。一応、物心ついた時から親父にずっと教わってきたから」


「へぇ! ところで剣って何で魔法剣じゃなきゃいけないの? 別に私の魔力マナを使わなくても普通に切るだけじゃだめなの?」

「あぁ、それはね」

 スミレのような疑問は、剣を扱わない人たちからはよく聞かれる。


 でも、駄目なんだ。

 ただの剣だと。


「スミレは剣で、魔物を斬ったことはないんだよね?」

「な、ないよ! そもそも何も斬ったこと無いよ!」

 俺の質問に、スミレがぶんぶん首を横に振る。


 これは以前にも教えてもらった。

 スミレがいた世界というのは、魔物がおらず、剣や魔法を使うことも無い世界だったらしい。 


「剣ってさ。一度でも使用するとあっという間に切れ味は落ちていくんだ。特に魔物の骨を斬れば刃が痛むし、不死者アンデッドを斬ると刀身は腐食する。ゴブリンやオークは武器を持っている場合もあるし、そいつらと打ち合えば当然刃は潰れる。どんどん斬れなくなっていくんだ」

「そっかぁ……、なるほどー、確かにそうだね」


「探索ってさ。特にこの『天頂の塔バベル』は長丁場になることが多い。11階層程度の低い場所じゃまず起きないけど、上階に行けば100匹近い魔物が押し寄せる『集団暴走スタンピード』って現象もあるんだ。そんなとき、魔法で強化されていない剣は役に立たないよ」

「そうなんだね……、じゃあ最初から魔法がかかった剣って売ってないの?」

 スミレの質問は止まらない。


「あるよ。銘のある魔剣、もしくは聖剣なんて呼ばれる『永久付与』の魔法剣は存在する」

「それを使おうとは思わなかったの?」

「あぁ……それなんだが」

 

 俺の親父は、帝国でそれなりの地位にいる剣士で、魔法武器もいくつか所有している。


 俺の『才』が白魔力しかないとわかり、親父がお気に入りにしている魔法剣を借りて使ってみたのだが……。


 市場価格が300万Gもする魔法剣が、俺の白魔力によって『永久付与』の魔法がぶっ壊れてガラクタになってしまったのだ。



 ――あの時の親父の悲しそうな顔は忘れられない。


 

「気にするな、ユージン……」とは言ってくれたが。


 それ以来、俺は魔剣や聖剣を求めるのは止めた。

 300万Gの魔剣ですら俺の白魔力とは相容れなかった。

 

 『永久付与』の魔法剣は例外なく高額だ。

 ただの学生に過ぎない身で、そんなもんをポンポンと壊すなどできるはずがない。


「そんなことがあったんだね……。あれ? でもどうして私の魔力だと平気なの」

「それは炎の神人族の魔力だからだろ。特別なんだよ、きっと」

「へ、へぇー、私の魔力が特別……」

 スミレは不思議そうな顔をして、自分の手のひらを眺めている。


 俺はそれを微笑ましく見つつ、一つの仮説を立てていた。


 実際のところ、スミレの扱っているのはただの魔力マナではなく霊気エーテルに近いでのはないかと予想している。


 大気中にある魔素。


 それを精錬して、俺たちは魔力マナとして扱い、魔法を発動される。


 そのさらに上の力が、霊気エーテルだ。


 主に天界の天使たちが扱う力と言われているが、炎の神人族イフリートなら使えても不思議じゃ無い。


 霊気より上となると神気アニマとよばれる力だが、さすがにそれはないだろう。

 神気アニマを扱えるのは神様だけだというし。


 何にせよ、スミレの魔力は一般の人族とは異なっている、というのが一週間一緒に居て感じた結論だった。


 俺は専門家じゃないので、正確なところはわからない。

 

(今度、ユーサー学園長に聞いてみようかな)


 きっと喜んで答えてくれるだろう。

 問題は、あの学園長が忙しすぎて時間をとってもらえるかどうか、なのだが。


 そんなことを考えていた時。 



「ギャッ! ギャッ!」


 小柄な緑の肌を持った人型の魔物が現れた。


「スミレ、ゴブリンだ!」

「これがっ!?」

 ゴブリンは、手に錆びた手斧のようなものを持っている。


 9階層までの魔物は、獣ばかりだが11階層の魔物からは知能があがり、武器を扱ったり集団戦をしかけてくる。

 十分な注意が必要だ。

 

 俺はスミレを庇うように前へ出た。


「ギャッ! ギャッ! ギャッ!」

 威嚇するように、こちらへ歯を見せて叫ぶゴブリン。


(……ゴブリンは群れで狩りをする魔物だ。1体見たら10体はいると思え)


 迷宮探索の基本。

 俺はすぐにゴブリンに攻撃を仕掛けず、周りを警戒した。

 ゴブリンはこちらを威嚇するのみで、襲ってこない。


「…………ユージンくん?」

「スミレ、注意を怠るなよ」

「は、はい」

 しばらくして。



 ガサ、ガサ、ガサ、ガサ……


 

 予想通り周りの茂みに隠れていた5体のゴブリンが出てきた。

 数は思ったより少なかった。


 俺とスミレが離れるのを待っていたようだ。

 俺たちが離れないので、しびれを切らして出てきたのだろう。


 俺はスミレと位置を入れ替え、5体のゴブリンの正面に立った。

 代わりに後ろにいる1体のゴブリンは、スミレに任せる。


「スミレ、『赤魔力マナ』を少し貰うぞ。俺が倒すから、スミレは攻撃してきたゴブリンから身を護ることだけを考えろ!」

「はい!」

 俺はスミレの手を握る。

 


 ――魔力連結マナリンク



 魔力がスミレから流れてくる。


「魔法剣・炎刃フレイムブレイド!」

 俺の剣が赤く輝く。

 よし、これでゴブリン斬れる!


「ふふふ、ついに私も迷宮の戦闘デビューだね! 防ぐよー、超防ぐよー」

 スミレが張り切っている。

 学園支給の盾を構える。




 ――スミレの感情に反応をしたであろう『赤魔力マナ』が増大する。




 共鳴するように大気が震え、地面が揺れる。


(おや?)

 スミレの持つ盾が赤く輝き始めた。

 ……ジジジ、と地面が燃えている。

 ん? 


 焼けた地面に模様が……あれは魔法陣か?


 まだ、基礎魔法しか覚えてないスミレが術式が複雑な魔法陣を扱えるはずがないけど……。


「さぁ、かかってこい!!!」


 かけ声と共に、スミレの身体から巨大な火柱が発生した。 


「はっ!?」

 な、何だ!?


「ん?」

 スミレは自分が起こした現象に気付いていない。

 次の瞬間、巨大な火柱が四方に弾け、爆発を起こした。


(こ、これは……火の上級魔法・火の嵐ファイアストーム⁉)

 しかも威力がとんでもない。

 宮廷魔術師に引けをとらないものだった。


「「「「「ギャアアアアア!!!!!!」」」」」

 俺たちを取り囲んでいたゴブリン断末魔が響く。


「え? えっ? ええええっ!」

 ようやくスミレは、自分の身体から爆炎が広がっていることに気付いたらしい。

 炎が収まる頃には、ゴブリンたちはただの炭と化していた。


「「……………………」」

 残った俺たち二人は、気まずい空気になる。


「わ、私、何をしたのー!?」

 スミレが大声で叫んでいる。


(俺の方が聞きたいんだが……)


 スミレは感情が高ぶると、上級魔法が勝手に発動するらしい。

 そういえば出会った時は、無意識で5階層を火の海にしてたな……。


 駄目だ。

 スミレのことをわかった気になってたけど、全然まだまだだった。

 予想外のことだらけだったが、一つだけいいことがあった。


「とりあえず、スミレの服が無事でよかった」

「え? ……あっ! これって炎耐性の探索者服なんだっけ?」

「転生者の装備は、幾らでも予算が降りるから最高級のものにしておいたよ」

 早速役に立った。


 こんなところで衣類が無くなったら大変だ。


「ゆ、ユージンくんは平気? 火傷とか……」

「まあ、俺は結界士だから……」

 スミレの炎なら以前も防いでいる。


 他の奴が一緒だと危なかったかもしれない。

 スミレとパーティーを組める人って相当限られないか?


「……」

「……」

 俺たちは顔を見合わせた。


 俺の魔法剣が、心なし所在無さげに赤い光を放っている。


 俺は出番のなかった炎の魔法剣を解除した。

 刀身が赤色から銀色へと戻る。


「迷宮の魔物、初討伐だな。おめでとう」

「……そ、そうだね」

 俺の祝いの言葉が空々しい。

 スミレもなんとも言えない表情だ。


 俺は念のため、スミレの炎が11階層に火事を引き起こさないか確認したが、火の嵐ファイアストームの発動は短い間だったので、火事が起きることはなさそうだった。


「行くか」

「うん……」

 俺たちは迷宮を進むことにした。


 その後、再びゴブリンやコボルトといった小型の魔物が出てきたが、危なげなく突破した。


 そして、しばらく歩き回るうちに12階層への階段を発見した。


(……ここまでかな)


 俺はそろそろ戻った方がいいだろうと伝えた。

 スミレも同じ意見だった。


 初の迷宮探索としては大成功だ。

 これ以上進むメリットは無い。


 俺たちは、12階層には進まず迷宮ダンジョン昇降機エレベーターを目指した。


 慎重に密林領域を進む。


 昇降機エレベーターの位置は、長い柱のように突き出ているのですぐにわかる。


 迷宮ダンジョン昇降機エレベーターの近くは、魔物払いの結界が張られているため安全だ。

 そのため他の探索者と出会う可能性が最も高い場所である。


 徐々に迷宮昇降機エレベーターの扉が見えてきた。


(ん?)


 俺たちの前に、二十人近い探索者の集団が目に入った。


 彼らの服には、リュケイオン魔法学園の校章が入っている。

 つまり学園の生徒たちだ。


 彼らは幾つかのテントを張っており、焚火をして食事を作っている。

 どうやら、ここでキャンプをして一晩過ごすらしい。

 何名かがこちらに気付いたようで、こちらに視線を向けている。

 

 俺とスミレは軽く会釈だけして、横を通り過ぎようとした。


 その時だった。


「あれ? 君たち学園の生徒だよね! おーい!」


 キャンプをしている人の中から、一人の女子生徒がこちらへ近づいて来た。

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