90話「話」
お風呂を済ませた俺は、楓花の部屋をノックする。
コンコン――。
「は、はーい!」
どこかぎこちない返事と共に、楓花は扉を開けて迎え入れてくれた。
こんなこと、これまで一緒に生活してきたけれど一度もなかったことだし、あの楓花が改まって話がある様子に俺も緊張感を増していく……。
「と、とりあえず、ここ座って」
そう言って楓花は、へんてこなキャラクターの座布団を敷いてポンポンと叩く。
久々に入った楓花の部屋は、やっぱりアニメグッズで囲まれており、とても年頃の――ましてや、四大美女と呼ばれる美少女の自室とはとても思えない圧をしていた。
俺は言われるままそこに座り、話があるなら聞くぞという姿勢を取る。
すると、楓花は目を泳がせながら、話を切り出しづらそうにする。
――自分から呼んでおいて、なんなんだよ……。
呆れつつも、やはり緊張感が増していく。
つまり、これから楓花がしようとしている話は、それだけ楓花にとって意味があることだということだから――。
一体どんな話をされるのか、俺は固唾を飲んで話を待つしかなかった――。
「あー、えーっと……」
「な、なんだよ?」
「そのー、何と申しますか……」
あの楓花が敬語を使っている時点で、ことの重大さを物語っていた。
「……プ、プレゼントって、どうしたらいいのかな?」
「え?」
「だから、その、プレゼントをあげたいの!」
改まって、一体何を言われるのかと思えば、なんてことはないプレゼントの話だった。
しかし、思えばこの妹は、いつも貰う一方であげたことなんてないことに気が付く。
そしてもう一つ、そんな楓花が誰にプレゼントをあげようと悩んでいるのかという話だ。
――ま、まさか、男とかじゃないよな?
一瞬、そんな不安が過るも、それはないだろうとすぐに変な考えをかき消す。
仮に楓花が異性にプレゼントをあげたいというなら、それは応援……したくはないというのが正直なところだった。
どこの馬の骨かも分からん男に、うちの妹はやらん! って感じだ。
そもそも、物事には順序というものがあってだな――。
「あげたい相手ってのは、麗華ちゃんなんだけどね」
「あ、ああ、柊さんね。――あーそっか、もうすぐ誕生日なんだっけ?」
「うん、そう――」
恥ずかしそうに、小さく頷く楓花。
しかし、あの干物の極みを尽くしたような妹が、こうして友達のためにプレゼントをあげようとしているのだ。
兄として、そんな妹の成長は手放しに嬉しかった。
「そうか、柊さんにプレゼントをあげたいと。分かった、俺も協力するよ!」
「ほ、本当に!?」
「ああ、俺だって友達だからな! ――となると、俺も何かあげた方がいいよな」
こうして俺は楓花と二人で、それから柊さんへのプレゼントをどうするかについて相談した。
改めて手紙で呼び出された理由は謎だったが、今日は何だかしおらしい楓花との打ち合わせはスムーズに話が進んだ。
そしてその結果、楓花のお願いでさっそく明日そのプレゼントを買いに二人で出掛けることとなった。
しかし話をしている間、楓花は楽しそうにプレゼントの案を話しながらも、時折どこか思いつめているような表情を浮かべていたような気がしたのは気のせいだろうか――。
◇
次の日、俺は身支度を済ませて楓花の部屋をノックする。
「おーい、そろそろ行くぞー」
「はーい」
俺の呼びかけに、素直に応じる楓花。
こういう時、いつもなら「もうちょっとー」と返事が来るか、最悪の場合まだ寝ているのだが、今日の楓花はちゃんと起きて、しかもちゃんと身支度を済ませているようだ。
「おまたせ」
「おう、やればでき――」
「お兄ちゃん?」
「――いや、なんでもない! い、行くぞ!」
首を傾げる楓花に、俺はドギマギしながら返事をする。
そしてもう一度、楓花の方へ目を向ける。
するとそこには、やっぱり楓花だけど楓花じゃない女の子の姿があった。
黒のトップスの上にデニムシャツを羽織り、下は白いレースのタイト目なスカート。
すらりと伸びたスカートからのぞく生足も綺麗で、その元々モデルのような体系がより強調されているようだった。
そして髪型もいつもの簡単にセットしたものではなく、サイドアップにまとめてお洒落さを増している。
とどめに、唇に塗った赤いリップの効果も相まって、その姿は普段よりグンと大人っぽく、どこか色気すら感じられるのであった――。
そんな、この間まで中学生だったなんてとても思えないような、大人なコーデも完璧に着こなし、イメチェンなんてレベルでは片付けられないほどキレイになった楓花の姿に、俺は思わず目を奪われてしまう――。
俗的な言い方になってしまうが、俺は今からこんな良い女と二人で出かけるのかと、緊張すらしてきてしまうほどに――。
「……その、今のわたし、ど、どうかな?」
「へっ? ど、どうって?」
「これ、この前お母さんと一緒に買ってきたんだ。今日初めて着てみたんだけど、へ、変じゃない?」
「変どころか、その……か、可愛いと思うぞ?」
変どころか、街で一番のベッピンさんが既に確定しているレベルだ。
だから俺は、緊張してしまいながらも素直に可愛いと答えたところ、楓花は嬉しそうにニッと微笑む。
「そっか、じゃあ大成功だね」
「成功?」
「こっちの話! じゃ、はやく行こ! 良太くん!」
そう言って楓花は、嬉しそうに俺の手を引いて駆け出す。
その仕草はやっぱり楓花で、俺は脳がバグりそうになりながらもそんな楓花と一緒に出掛けるのであった。
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