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「沖田さん!」
「おー!やっぱりくわちゃんも来たか」
「だから、くわちゃんはやめてくださいよ」
「君の名前は長いからね。くわちゃんの方が呼びやすい」
「………あんまり変わんないと思うんですけど」
「隊長がそう言ってるんだから、それでいいんだ」
「そういう時だけ隊長とか言わないでください」
「はいはい。くわちゃんも稽古に来たんでしょう。さっさと始めよう。今日は調子がいいから、少し相手をしてあげられるかもよ」
「しっかり体をほぐしてからじゃないと怪我しますからね」
「はいはい」
普通に会話出来ただろうか。
数日ぶりに見る沖田の顔は、真っ青で頬の肉がなくなり痩けていた。元から体格的には痩せ型であった沖田だが、今は横から見たら紙のように薄い。風が吹いたら何処かに飛んでいなくなってしまうのではないか。そんな風に思ってしまうぐらいに、儚い存在感であった。
そんな衝撃的な姿を見た金秋はもう何回もその姿を思い出しているのに、胸が締め付けられた。
夢だとわかっているのに、尚も。
稽古を一緒にしていても、沖田が握る木刀が小さく震えている。木刀さえ握る体力がなくなってきてるのだろう。病気を治るために体は必死に戦っている。だから、体の中以外は戦わなくていいんだ。それはわかっている。
だけれど、沖田本人は戦いたいのだ。刀を使って。
「……悪い。ちょっと、………休憩」
「水持って来ますか?」
「………だ、大丈夫。体を冷やすだけだ………」
そう言うと、沖田は境内にある庭石に腰を下ろす。寄り添うように置かれた石があり、金秋も沖田に倣って隣に座る。気がつくと、京の町は夜の帳が落ちていた。太陽の光りがなくなり、火照った体を冷やすにはちょうど良い涼しい風が2人を通り過ぎる。そして、沖田が勝手に飾った青空色の風鈴を鳴らす。
チリンッと小鳥が鳴いたように可愛らしい音を木刀を持った無骨な武士が並んで聞き、それに視線を向ける。そんな光景を滑稽だなと周りは思うかもしれない。けれど、言葉もないふとした瞬間が、かけがいのない瞬間なのだと、金秋は知っていた。
「………この国は動いている。寝て起きた時には、いつも何かが変わっているんだ」
「そうらしいですね。でも、俺には関係ありません。何があっても命令に従い、刀で叩くだけです」
「君らしい答えだ」
クスクスと笑うと同時に、沖田の体が揺れる。
咳が出そうになるのを堪えてているのだ。沖田は、自分が弱っている姿を人に見せることを恐れれていた。昼間に彼が部屋から出てくることはなく、下っ端の隊員が沖田の食事や服を準備し扉の前に置いておくのだ。そして、人がいなくなったのを確認してから、それを部屋に引き入れていた。厠や風呂などは、気配を消して部屋から出ていくのを知っていた。元から、気配を消して暗躍する仕事を行なっていた沖田にとっては簡単な事だろう。
その気持ちを察して、金秋は何も言わずに立ち上がりその場から離れようとした。
が、くぐもった苦しそうな声で、沖田は金秋の足を止めた。
「………くわちゃん、………ちょっと待って、よ………」
「え………」
どうして引き留められたられたのかはわからない。
沖田がゴホゴホと重い咳をし続けている。それを、金秋は月明かりで光る風鈴を見つめながら待った。風鈴の音がもう少し大きくなってくれ、と願いながら。
普通の人ならば、苦しんでいる沖田の背中をさすりながら優しい言葉をかけるのだろう。けれど、もし逆の立場であったら、金秋は絶対にして欲しくなかった。
この男は自分と似ている。だから、黙って待つのがいいのだと思えたのだ。
どれぐらいの時間が過ぎただろか。
風鈴が10回ぐらい鳴り、数えるのを止めてすばらくした頃。
乾いた声で、沖田は小さく聞いてきた。
「近藤さんは元気?」
苦しんでいる姿を他人に見せてまでも聞きたかった事。
それは、新選組隊長である#近藤勇__こんどういさみ__#の近況であった。沖田は、近藤のことを強く慕っていた。新選組となるずっと昔。試衛館で天然理心流という流派を習い、沖田は10歳の頃に近藤周助の内弟子となっている。その近藤の養子になったのが勇である。近藤勇と沖田は幼い頃から剣術を高めあってきた、ライバルであり同士でもある。そして、優しく懐の熱い近藤を、沖田は兄のように慕い、新選組となっても同じ道を歩んで行こうと決めたのだろう。
実際に彼は幼い頃から強すぎる剣士として有名であった。人の噂は真実より大袈裟に伝えられると金秋も思っていたが、彼の剣術を一目見ればただの噂でも嘘でもないとすぐに理解する事が出来た。それが自分のために強くなったというよりも、近藤のために、が大きかった。幼い頃から世話になった近藤周助や勇に恩返しをしたいという想いが多かったのだろう。そのためには、強くなり試衛館を有名にさせて、人を集めるのが一番だと考えるのが普通だ。結果として浪士組として江戸から京へと移り住むことになり、近藤たちは試衛館から離れる事となった。だが、試衛館のメンバーである隊士の活躍により、新選組に入隊希望をする者が増えたのだ。やはり、剣を磨いてきた意味はあるというものだ。
そんな中で、沖田は肺結核により倒れてしまう。どんなに体や剣を鍛えていても病魔には勝てないとうのは、何とも悔しい。だが、それは本人が一番苦しんでいるはずだ。
近藤に恩返しが出来ない。それをきっと悔やんでいるのだろう。
金秋は、そう思っていた。
「近藤局長は元気でいらっしゃいます。大丈夫です。今は忙しいようで沖田さんの所になかなか顔を出せないようですが、安心してください」
「それはいいんだ。けど、それを聞いて安心したよ」
先ほどまであんなに苦しんでいた沖田だったが、そう言った時の彼の表情はとても穏やかであった。けれど、そんな微笑みは長くは続かなかった。
「………でも、俺はもう一緒に戦えないんだろうか」
「………沖田さん」
そこの言葉は、金秋の予想とは全く違うものであった。それに、金秋は驚いた
沖田は近藤や土方の役立ちたい。だから、刀を抜き命を懸けて戦っているのだとばかり考えていたのだ。剣術もそのためだと思っていた。だが、違った。
この人は、近藤と肩を並べて戦いたかったのだ。時勢はよくわからず「僕はよくわかりませんので、剣術だけ磨きます」と言っていたのは、役に立ちたいから、だけではなかったのだ。むしろ、共に新選組を大きいものにしよう、壬生浪士ではなく本当の意味での武士になろうと奮闘していたのだ。
ずっと背中を追いかけていたり、背中を守ろうとしているだけではなかった。
沖田の本当の気持ちを知り、金秋は胸が熱くなるのを感じていた。
ただ強くなりたいと、この人に勝ちたいと思い続けていた自分が少し恥ずかしくなった。が、それと同時に自分はそのままでもいいのではないかとも思えたのだ。強くなりたい理由など人それぞれなのだから。
沖田は皆と共に戦いたいから。
金秋は沖田と同じように強くありたいから。
だから、新選組にいる。
それで十分である。
「沖田さん。一試合しませんか?」
「………君、僕の話聞いてた?」
「次の仕事、一緒に行きましょう。ある男を調べるんですが、不審な動きがあれば斬っていいと言われてるんです」
「………くわちゃん」
先ほどの沖田への返事はこうだ。「戦えないわけがない」、そんなはずがないのだ。
自分が勝ちたいと思い追いかけている男の弱音なんて、聞きたくもなかった。
「………そうだね。その仕事、俺も参加しよう。手柄は渡さないよ」
苦笑気味であった沖田だったが、最後は屈託のない彼らしい笑顔を見る事が出来た。
それだけで、金秋は安心した。
けれど、金秋が沖田と共に剣を抜いて戦う機会は、もう訪れない事を今の金秋は知っていた。
そして、この秋にこの国を大きく揺るがず出来事が起きる。
慶応3年10月。15代徳川慶喜が大政奉還を行なったのだ。
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