第72話 神様とミレイユとディアネット

「うーむ……」


 ディアネットの部屋で机に向かって唸り声を上げる私。目の前には分厚い古臭い本が広げられている。魔法理論に書かれた本なのだが……記述に間違いばかりで、いまいち読む気になれない。


 ディアネットに精霊の愛し子と勘違いされてから、定期的にディアネットの部屋で魔法について学んでいるのだが……私にとっては辛い時間になりつつある。だって間違った知識を覚えなきゃいけないんだもん。ディアネットが期待しているからがんばっているけど、正直もう辞めてしまいたい。


 魔法の仕組みは簡単だ。魔力を精霊に渡し、精霊に望む現象を起こしてもらう。ただそれだけの簡単なことなのに、人間は何にでも理屈を付けたがって、余計に難しくして、魔法の本質を曇らせている。何だ?パスパル値って?ゲノーフの方程式とか初めて聞いたぞ?ガルフリフト理論なんて見当違いの理論が、さも常識のように書いてあって頭が痛くなりそうだ。


「はぁ……」


 こんな間違いだらけの教本で勉強しているから、人間の魔法使いは、他種族に比べて魔法が下手なのだろうか?そんな考えまで浮かんでくる。


「どう、したの…?」


 ディアネットが、私の横から本を覗き込む。ディアネットの美しい細面の顔が真横に来て、少しドキドキする。ふわりと花のように甘い香りがした。


「分からない…?」

「いや……」


 間違った理論を学ぶ意義が見つからず、やる気が上がらないだけだ。


 しかし、このシチュエーション。家庭教師が美人で巨乳のお姉さんみたいで滾ってきたな。私の中でムラムラした気持が沸き上がってくる。


「ディア、服を脱いでくれ」


 気が付けば、そんなことを口走っていた。


「なぜ…?」


 当然の疑問だ。いきなり「服を脱いでくれ」なんて言われて脱ぐ奴なんて居ない。居るとしたら、ちょっと特殊な性癖の持ち主くらいだろう。残念なのか、ホッとする事実なのか、ディアネットにそういった特殊な性癖はないようだ。


「ディアが服を脱ぐと、私のやる気が上がる」


 どうしてもディアネットに脱いでもらいたくて、無理やり理由をこね繰り出す。我ながらちょっと苦しい理由だ。


「分かった…」


 え!?分かっちゃうの!?


 私の驚きを他所に、ディアネットが服を脱ぎだす。戸惑いも無く服を脱ぎ捨て、下着姿になるディアネット。黒い下着と白い肌とのコントラストが素晴らしい。


「これで、上がる…?」

「あぁ…上がったよ」


 やる気じゃなくて、ヤる気だけどね。


「ここは……」


 下着姿のディアネットが、私の横から本を覗き込み、本に書かれた理論の解説をしてくれる。しかし、全く頭に入ってこない。当たり前だ。すぐ横に下着姿のディアネットが居るのだ。これで勉強に集中できる奴なんていないだろう。


 どたぷん。


 そう音が聴こえそうなほど、近くにディアネットの胸がある。腕にむにゅっと押し当てられて、形を変えるディアネットの胸から目が離せない。もうカビ臭い本なんて見ている場合じゃない。


 服を脱いだからか、甘いディアネットの香りを強く感じて、頭がクラクラする。


 もう勉強どころじゃない。


 私は、我慢できずにディアネットの胸に手を伸ばした。


「ルー…?」

「ちょっと休憩しようディア」


 そう言って、ディアネットに抱きついて、彼女の胸に飛び込むと、ぽよんと程好い弾力で受け止められる。ディアネットの香りがいっそう強く感じられた。


「ディア、ベッドに行こう」

「なぜ…?」

「ディアと休憩したいんだ」

「分かった…」


 休憩は休憩でも、ご休憩の方だけどね。



 ◇



 夜。


 真っ暗な廊下を燭台片手に進む。向かうはディアネットの部屋だ。


 もうすぐでディアネットの部屋に着くという所で、手を後ろに引かれた。振り返ると、私の手を握ったミレイユが、俯いていた。


 私はミレイユに声を掛ける。


「どうしたんだ?」


 ミレイユがおずおずとした様子で顔を上げる。ミレイユの顔は、今にも泣きだしてしまうのではないかと思うほど不安げだった。


「怖いの…」


 そうポツリと呟くミレイユ。


「何が怖いんだ?」

「ディアが本当に私を受け入れてくれるか。もしかしたら拒絶されるんじゃないかって」

「ディアはそんなことしないよ」

「分かってる。分かってるけど、どうしても不安になっちゃうの。それに……」

「それに?」


 蝋燭ろうそくの仄かな明かりに照らされたミレイユの顔にサッと朱が走る。


「恥ずかしいのよ。今からディアとその……するんでしょ?私にとって、こういうことは普通1対1でする秘め事っていうか……3人でする作法とか知らないし……1対1の作法も知らないけど……」


 ミレイユは緊張してナーバスになっているらしい。私は、ミレイユの緊張をほぐすように彼女の手を握り返す。


「作法なんて決まり事は無いよ。楽しむことが一番大事だよ」

「楽しむ……」

「そうそう。リードは私に任せておきたまえ。ミレイユは楽しむことに集中するんだ」


 そう言って、私はミレイユの唇を奪う。


「んっ」


 唇がちょんと触れるだけのライトキス。


「あっ……」


 唇が離れると、ミレイユは切なげな声を小さく漏らした。


「お楽しみは後に取っておこう。あまりディアを待たせるのも可哀想だ」

「分かったわよ……」


 ミレイユの手を引いてディアの部屋の前までやって来た。コンコンコンとノックをすると、すぐにガチャリと扉が開く。まるで扉の前で待機していたかのような早さだ。本当に扉の前で待っていたのかもしれないな。ディアネットならやりかねない。


「待ってた…」


 いつものように黒い夜着を着たディアネットが、私たちを出迎える。


「待たせて悪かったね」

「こんばんは、ディア。その……よろしくね?」


 ミレイユがおずおずとディアネットに挨拶した。


「私もよろしく。入って…」


 ディアネットに誘われて、私たちは部屋の中へと入っていった。

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