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「我もこんなところにこやつがいると知った時は驚いたな。とはいえ、こやつと悠長に話している時間はないみたいだぞ」
『本来なら、来客にはお茶でもふるまってもてなしたいところですが、あいにく、彼女の言う通り、時間がありません。本題に入ってもよろしいですか』
「どうやら、彼女は紫陽たちに頼みごとがあるらしい」
「頼み事、ですか」
世界が注目する動画の配信者が自分たちにどんな頼みごとがあるというのか。彼女が本題とやらを話す前に、あやのが彼女の代わりに口にする。
『そう、頼み事です。とはいっても、あまり難しいことを考える必要はありません。無理なお願いだとは思いますが、私の頼みを聞いてくれますか?』
スマホと人類との間の架け橋になってほしいのです。
彼女が口にした願いは、紫陽たちには荷が重すぎるものだった。驚きで言葉が出ない紫陽たち兄妹にあやのがため息を吐く。そして、紫陽たちをさらに驚かせるようなことを言いだした。
「我は所詮、スマホの人工知能の一つに過ぎない。言われたことは従うだけだ。それが、われわれを生み出した創造主ならなおさらだ」
創造主。
あやのはそう言った。紫陽とすみれは顔を見合わせて首をかしげる。創造主ということは、スマホの人工知能に携わった人間ということだろうか。
「疑問が顔に出ているぞ。仕方ない」
目の前の女性について、あやのは紫陽たちに説明することにした。女性の方も異論はないようで、紫陽たちに微笑んだ。
「話をする前に、こいつの手を見てみるといい」
あやのが目の前の女性の手に視線を向けるので、二人も恐る恐る女性の手を見つめる。そこには、スマホより大きくなったタブレットほどの大きさのものが寄生していた。動画の中で見た時よりも成長しているように見える。
「成長、している気がする」
「そうだな。そして、こいつの寿命はもうすでに残り少ない。あと、持って一週間ほどというところだな。早ければ、数時間のうちに」
『だから、時間がないということです』
「どういうことだ。この女性の手に寄生しているスマホはまだ、タブレットほどの大きさで」
『大きさは関係ありません。彼女の言っていることは本当です』
人間を押しつぶすほどの大きさには成長していない。
紫陽の言葉を遮ったのは、女性だった。その言葉に頷いて、あやのはようやく彼女についての説明を始めた。
彼女の名前は池谷ゆかり(いけやゆかり)。彼女は元々、スマホなどの人工知能についての研究をする会社に勤めていた。彼女はその第一責任者といってもいいほどの研究の中心メンバーとして研究に打ち込んでいた。もちろん、今のような事態を引き起こすとは思っておらず、人間の生活がより豊かになるように、人工知能がその役に立つようになればいいとの思いを胸に研究を続けていた。
「お前たちも聞いたことがあろう。世界でも有数の人工知能の研究を進めている日本の会社だ。IAI(アイアイ)システムズの名前は聞いたことがあるだろう?」
『IAIシステムズ』
二人はあやのが口にした会社名を反芻する。最近、人工知能の研究で目覚ましい成果を上げている会社だ。ニュースや広告でよく見かける会社だが、人間をスマホに寄生するなどと言う恐ろしいことができるまで、人工知能は進んでいないはずだ。
『疑問に思う気持ちはわかります。世間に公表しているのは、会社のごく一部の開発結果ですから。実際には、人工知能の研究はもっと進んでいました』
「自分が進めていた研究が、今回の事件を引き起こしてしまったことを彼女は後悔しているそうだ」
女性は申し訳なさそうにあやのの話に補足する。あやのはちらりと彼女を見たが、そのまま話を続ける。
研究は進み、スマホに人工知能を搭載しての実験も行われていた。そこで、彼女はあることを思いつく。それが、今回の悲劇を招いた。
「人間の手にスマホを組み込むことで、よりより生活を送ることができるのではという、浅はかな考えを思いついたらしい」
「スマホを人間の手に組み込む……」
「それって、今の私たちの状況に似ているよね……」
紫陽たち兄妹は、目の前の女性の思いつきに困惑してしまう。だとしたら、世界中を巻き込んだ今回の件に、彼女が責任を感じてしまうのは無理のないことかもしれなかった。
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