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「おい、お前、今日、学校が休みになったことは知っているだろう?保健の原田先生が」
「そんなことはとうに知っている。だからこそ、こうやって、われがお前の家にわざわざ来てやったのだろう?」
「お前は、先生はまだ死なないと言っていた。あれは、嘘だったのか?」
あやのを自分の家に招き入れた紫陽は、とりあえず彼女をリビングのソファに勧めた。母親は仕事に出かけ、妹のすみれも学校に行っている。父親も出張中のため、家にはあやのと紫陽の二人きりである。若い男女が家に二人きりだが、そんなことを気にする余裕は紫陽にはなかった。
「そう焦るな。そもそも、お前には彼が生きていようが、死んでいようが何も関係がないだろう?こやつの記憶をさかのぼっても、死んだ原田という男とお前は親しくない。お前の身内でも何でもない存在だ。なぜ、そこまで怒ったような顔をする?」
紫陽の質問に訳が分からないと言いたげに、首をかしげながら答える彼女に、さらに怒りが増していく。
「質問に答えろ」
紫陽の静かに怒りを込めた言葉に対して、あやのの言葉は簡潔だった。
「昨日の時点では死なないと予測されたからだ」
その後、彼女の言い訳のような説明が始まる。紫陽は黙って彼女の話を聞くことにした。
「我の情報によると、まだあの男のスマホは成長途中にあり、身体はその成長に耐えられると結果に至った。スマホは事実のみを伝えるだけだ。嘘を言うなど、人間のすることだ。そうだろう?」
「ということは、オレ達が保健室を離れた後に、何者かが、先生を死に追いやったということか?」
「はて、それはどうだろうな」
あやのの説明を聞いた紫陽が、先生の死因は他殺だと決めつけるが、それを彼女が否定するかのように言葉を続ける。
「われらが、おぬしら人間に寄生し、最後には宿主である人間とともに死んでいく。だが、誰も彼もが、スマホの成長に耐え切れず圧死するということはない。ただ、圧死する人間とスマホが多いだけで、他にも死因はいくらでも考えられる」
「死因はいろいろある……」
スマホの肥大化により、人間が圧死される。それ以外にスマホに寄生された人間の死因はどんなものがあるだろうか。紫陽は、思いついたことを口に出していく。
「お前が言うのが正しい情報だとするならば、栄養不足での餓死、スマホとの切断による、ショック死。スマホとの連動で気が狂っての人間の自殺。それから」
「簡単に思いつくものでもそれだけある。昨日の先生が死んだ理由も、そんなところではないのか」
「だったら、どうしてお前が家に来るんだよ」
「お前がわれたちのことをもっと詳しく知りたそうにしていたからな。それに、われもお主と話していると、人間への知識が増えて、さらに情報の処理能力が上がる。互いに良い話のはずだ」
紫陽は、彼女の言葉の意味について考える。彼らは人間ではない。人間の開発した人工知能が生み出した怪物みたいなものだ。知識を吸収することで、己の思考回路が増えていく。
「オレはただの高校生だ。そんなオレに何が聞きたい?お前が知らないことなんて、オレも知るはずがないのはわかっているはずだ。それなのに」
話の途中で、紫陽はあることに気が付いた。それは、目の前の彼女の生死に関することだった。一度頭に浮かんだ考えを無視することができず、思わずあやのに問いかける。
「そういえば、お前ももうすぐ亡くなるのか?」
これだけでは言葉が足りないと思ったのか、あやのにもわかるように、言葉を付け足していく。
「お前もいずれ、テレビや動画で見たような成長を遂げて、寄生したあやのと一緒に死ぬのか?だとしたら、今までの態度はおかしい。どうしてそんな悠長にことを構えていられるんだ?」
あやのが亡くなった原田について話すとき、どこか話し方が他人行儀だった。まるで、自分の成長によって、宿主の身体を圧死してしまうことがないかのように、平然と紫陽の学校の保健教師の死を口にする。
「誰も彼もがあのようになるとは思わない方がいい。あくまでそれらは、数ある現象の中の数例だ。あまたある情報の中の抜き取られた情報を人間どもが共有しようと流しているものだ」
「じゃあ、お前らに寄生された人間を助ける方法はあるということか?」
「助けるというのは、我たちと切り離すことができるということか?」
話を聞く限り、物理的に人間とスマホを切り離す、つまり手を切断するという方法以外に、寿命を早めない方法がありそうな気がした。しかし、彼女は思いもよらない質問を投げかける。
「当たり前だろう?それ以外に何を知りたいというんだ」
「だが、それはお前ら人間が望んだからだ。強く望んだからこそ、我らがお前ら人間たちの手によって生み出された人工知能が動き出したのだ。ずっと一緒に居たいという願いをかなえてやったのに、いざ、お前らに寄生すると、離したいという。身勝手なのはどちらだろうな」
しみじみと口にする彼女の言葉に、紫陽は返すことが見つからず、黙り込むしかなかった。
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