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入学式は退屈だった。校長が話をして、新入生代表が挨拶する。その後、上級生による校歌斉唱があったが、中学の時とほとんど変わらない内容だった。ただし、一年生代表で挨拶を行った生徒は印象に残った。
その生徒は
「この学校に入学できたことを誇りに思い、三年間しっかり勉学に取り組みます」
彼女の声は体育館に響き渡った。決して大声を出しているわけでもないのに、その声は良く通る澄み切った声だった。長い黒髪を一つにまとめ、スカートの長さも他の生徒よりも長く、ひざ下くらいの長さであり、真面目そうな印象を受けた。壇上から降りるときに顔を一瞬見ることができたが、入学式というめでたい日というのに険しい顔をしていた。
教室に戻ると、担任は生徒たち自己紹介をするよう指示した。
「自己紹介といっても、それだけだと何を話していいのかわからないと思うから、話す内容は僕が指示しようか。とりあえず、自分の名前はもちろんだけど、他に自分の住んでいる地域、趣味は最低限話すことにしよう。後は入りたい部活とか、高校で頑張りたいことも言ってくれるといいかな」
担任は、生徒たちが自己紹介をしやすいように、話す内容を指示した。自己紹介は、名簿順で、男子から始まった。
「
自己紹介する際には、席を立ち教室を見渡しながら話し、話し終えたら席に着く。最初の男子が自己紹介を終えると、次の男子が席を立って話し出す。終わったら席に着く。その繰り返しでどんどん自己紹介は進んでいく。
「
紫陽の前の席に座っている生徒が席に着く。いよいよ、自己紹介の番が回ってきた。今までの男子たちと同じように席を立ち、自己紹介を始める。
「
一瞬、言葉に詰まってしまった。趣味は何を言えばいいだろうか。他の男子生徒の自己紹介を聞きながら、自分の趣味を考えていたが、周囲の反応がよさそうなものが思い浮かばず、自分の番がきてしまった。読書は好きだが、それではあまりにも普通すぎる。それにオタクだと思われかねない。
「趣味は、人間観察です。僕も部活は特に決めていません。よろしくお願いします」
どこぞの誰か言いそうな、中二病丸出しの発言をしてしまった。あながち嘘でもない自分の発言に紫陽は苦笑してしまう。他人を観察するのは案外楽しくて、暇な時やぼうっとしているときはついつい他人を眺めてしまう。
紫陽の発言に反応するものはいなかった。高校生にもなると、他人の自己紹介にいちいち一喜一憂することもないようだ。
自己紹介が終わり、紫陽は席に着く。すぐに次の男子の自己紹介が始まった。席に着いてこっそり周囲を見渡すと、生徒たちは皆、顔を俯かせて机の下を見ている。その一人に注目すると、机に隠してスマホをいじっていた。
もう一度、周囲をよく確認すると、クラスメイトの大半は下を向き、机の下でスマホを操作していた。隣の席の男子はSNSアプリ「コネクト」を開いて、誰かと連絡を取っていた。指が高速に動いて、メッセージが表示される。後ろをふり向くと、音声こそ聞こえないが、派手なアクションゲームをしている男子がいた。やっていることは一人一人違えど、スマホを操作していることに変わりはない。
スマホを操作していない生徒が何をしているかといえば、机に伏して寝ていた。入学式当日から寝ていることに紫陽は驚いた。スマホをこっそりと机の下で操作する者、寝ている者がいることに、担任はどう思っているのだろうか、担任の様子をうかがうと、特に何とも思わないのか、そのまま自己紹介の様子を眺めているだけだった。
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