第50話 越前朝倉氏
050 越前朝倉氏
1566年(永禄9年)
越前朝倉氏は不幸に見舞われることになる。
越前は、朝倉義景(あさくら よしかげ)により統治されている。
先代孝景のころ、朝倉宗滴の無双の活躍で大きく発展していた。
そのおかげで良い生活を送ることができるのだが、その代わり、それが当たり前になり、人間は堕落するのである。
朝倉義景は、結局戦国大名に必要な闘争心の薄い人間になり、小京都と呼ばれる一乗谷で貴族的な暮らしを好むことになる。
そんなころ、足利義昭が、越前を訪問することになる。
何でも、近江の六角氏の所にいたが、山城に紀伊の鈴木家が猛然と攻め込んできたので逃げたのだという(彼らは戦略的撤退といった)。
義昭は、三好三人衆(兄の仇)と争い近江にいたのである。
そして、開口一番、山城へと帰還するための兵を出せという。
全く迷惑な事である。
しかし、家柄的には家臣(将軍家の)であるため直接に断ることはためらわれたのである。
その後、鈴木家は山城で三好をほぼ壊滅させ、統治を行っているという報告が届く。
そこで、義昭自身の家来である、細川藤孝を鈴木家へと遣わすことが決定した。
朝倉の武力と自身の家柄を強調し、迎えに来るように命令させたのである。
だが、この命令が朝倉家を大きく揺るがすことになるとは、義景は考えもしなかった。
そもそも、政務をするのも面倒であったのだが。
早馬は、幕府の家臣細川藤孝と鈴木家の行列がやってきた事を知らせる。
この時、六角氏、浅井氏はなにもせず、簡単にとうしたので、彼らはかなり速い速度でやってきた。
騎馬武者(すでに第1種礼装武者鎧姿に着替えている)隊が一乗谷にはいってくる。
その後ろには、鉄砲隊である。
近ごろ鈴木家の鉄砲隊は
よく見れば、このあたりで使われる火縄銃と形が違うことに気づいたであろうが、そのようなものはいなかった。
其れよりも、細川と一緒にいった明智なる者が早速、鈴木家の家臣(実は九十九の家臣)に早変わり(調略された)したという。
何とも、節操のない者でござるな!と悪口を早速する者たち。
しかし、明智の乗る馬は、明らかに日本の通常の馬とは違う巨大な馬であった。
しかも、鉄砲も背負っている。(見せるために背中に背負っている)
因みに、吊り用の紐は革製ベルトである。
銃全体を入れる革ケースもあるが、見せるように出しているのである。
節操のない男がすぐに何とも羨ましい男に早変わりすることになる。
しかもである。
明智の妻は病弱で伏せっていたのだが、鈴木が見舞ったところ、立ちどころに元気になったという噂が流れたのであった。
明智光秀は涙を流しながら、自分の殿(この場合九十九)に感謝し
・・・・
謁見の場が設けられる。
朝倉は自慢の家臣を呼び出して、紀伊の田舎者に見せつけんとこの場を設けたのである。
そこに登場したのは、先に義昭がやってきたときに、驚かせたという、朝倉随一の豪将、真柄一門であった。
真柄直隆は無双の大男で怪力であった。
長大な太刀(刃長150cm越え)をやすやすと振るう、義昭もその様に驚いて腰をぬかさんばかりになった。
そして、其の双子の弟、真柄直澄も同じく大男で長大な太刀(刃長150cm越え)を振るう。
まさしく、阿吽のごとき様相である。
「天晴である。」鈴木九十九は声を上げ、銭10貫をこの兄弟に贈る。
ただの示威行為に簡単に金を出す男だった。
「某も刀を少し打ちますが、見事な刀ですな」と長大な太刀を賞賛する田舎武者。
「某にも、振らせてくだされ」そこに現れたのは、真柄兄弟に引けをとらない大男の前田慶次郎であった。
「儂もじゃ」これは、宝蔵院。彼は身長こそ低いが全身を筋肉で覆った、戦士となっていた。
彼らは、軽々と大太刀を振るい、「さすがは真柄殿、参りました。某は、やはり方天画戟の方が向いている」
「そうじゃな、儂も青龍偃月刀の方が向いているようじゃ」と宝蔵院。
あんたは十文字槍ではなかったか?
誰もが唖然とするパフォーマンスを軽く演じてみせて、見ている者の度肝を抜く。
真柄の息子、真柄隆基が丸い大石(推定100kg)を持ち上げるパフォーマンスを行うと。
「天晴なり、」九十九がまたして、銭10貫を与える。彼の中では、10貫は小遣い程度になっているのである。凄いインフレが彼の中で進んでいるのであった。
「では某が参りましょう」今度は島左近である。
「いや、儂が」若い本多忠勝が声を上げる。
「馬鹿者、先達をたてるのが道であろう」と九十九が義息子の忠勝を叱る。
島左近が顔を真っ赤にして、しかし見事持ち上げる。
彼らは、パフォーマンス対決を自分たちにもしてみせろと言われたと勘違いしているようだった。
彼もまた、近ごろ筋力トレーニングを欠かさず、食事も高たんぱく質を考えてとっているので、身体は筋肉鎧のようになっている。
相手方が唖然とする中、「見事な所業にござる、痛く感銘しましたぞ」と九十九が頭を下げると家臣たちが皆同じように頭を下げるのであった。
座敷に奇妙な静寂が生まれ、微妙な空気感が漂う。
座敷に場所を替えて、謁見が始まる。
「殿、久方ぶりにございます。」
それは、かつて、朝倉家家臣の戸田勢源であった。
視力を失いかけ、家を譲ったのである。
「何、五郎左衛門か!」義景はびっくりした。
さすがに澄んだ綺麗な眼という訳には行かなかったが、眼光の鋭さが見えている事を証明している。
「眼が治ったのか?」
「はい、九十九様の御かげを持ちまして、何とか見えるようになり申した」
「一体何が起こっているのだ」
「上様のおなり」
此処で、皆が背筋を伸ばし、出座を待つ姿勢に変わる。
「うん、面をあげよ」義昭は少しキーの高い声で命じる。
「は」一同が顔を上げる。
「鈴木よ、はるばるごくろうであった。麿を京まで送り届けよ」
「は」
一方的な命令が発せられ、それを受ける。
其れだけであった。
後は、細川藤孝に任せられた。
居並ぶ、九十九軍の将達に、怒気がこもる。
彼らはほとんど信者に近いので、自分の信仰する対象を軽んじられたように感じたのである。
主な将の宿舎は用意され、それ以外の兵は宿屋あるいは野宿である。
その夜、戸田家では、かつての主人、戸田勢源(出家した時の名、法名)が訪れていた。
「兄上、視力が戻られて
弟は、世継ぎ問題をどうしようか内心苦々しく思っていた。
視力をなくしたために、家を出たのである。視力が戻れば、自分が跡継ぎと言われても、仕方がない。
しかし、それでは、家の中があれるであろう。というか自分の肩身が狭くなるではないか。
「景政、心配はいらん、儂はすでに九十九様の家臣じゃ、この家を継ぎたいなどとは思っておらん」ズバリ一番気にしている所をつかれる。
顔にでていたのであろうか?
「しかし、兄上がこの家を継ぐ方が?」
なんといっても、剣術の腕は、兄の方がはるかに上である。
戸田家は剣術の家なのである。
「景政、はっきりいう、九十九様に仕えよ!九十九様は神の化身の使いである、我らは兄弟で、仕えるべきじゃ」
眼はよくなったが、頭がいかれたようだ!景政は
兄の眼には、教信者特有の熱に浮かされたような表情があった。
このような目をする者たちは、すぐ横に一杯いた。越前一向門徒である。
「兄上、兄上もご存じの通り、我らは、この地にて知行を得ておりますれば、離れる訳には参りますまい」何を当たり前の事を言っているのか!と景政はいう。
「我が家は、剣術の家、それを忘れたのか!」と勢源はあらぬ方に向けて怒り始める。
しかし、兄であるため真っ向から反論するわけにも行かず・・・。
「景政、今、金鵄城には、新陰流の上泉武蔵守様がおられる、そして、大和の柳生、宝蔵院がいる、また、上泉様が塚原卜伝先生を呼ぼうと文を出しておられる。すなわち我が中条流を極め、さらに上を目指すためには、金鵄城に来るしかないという状況なのだ、貴様もいっぱしの兵法者なら、そのようなことを言って恥ずかしくないのか!」と唾を飛ばして激高する勢源。
塚原卜伝は現在、甲斐辺りで剣術を教えているという。
上泉は、卜伝に金鵄城に来るように文を出している。主に美味い酒と美味いもの(今までに喰った事のない料理)を食べにこいと誘っているのである。
剣術は二の次だが、彼ら剣聖にとっては、もう剣術の限界域を越えているので、楽しみをそれ以外に求めているのである。
「ですが、年貢がなければ剣も振るっている、いとまもございません」
「わが殿は、自分の領地をも、子供達に分け与える高徳のお方、勿論、この戸田家も一万石で遇しようとお答えいただいている、そのような事もわからんのか!」とさらに興奮する勢源。
勿論、今聞いたばかりで知る由もないが、異常な興奮状態の勢源に逆らえる者此処にはいなかったのである。
「本当なのですか」一万石という言葉に、景政は反応した。
「わが殿は嘘をつかん、但し、条件があって、門人の山崎景邦の家の者は必ず全員同行させるべしとの事じゃ、まあ、意味はわからんが、殿はご神託を得られるお方、ご神託があったに違いないのじゃ、ゆえに、景政は山崎の家を説得するのじゃ!」すでに景政の一家の引っ越しは確定しているようだった。
こうして、朝倉家家臣戸田家は、一族が大名となるべく、越前を離れることになってしまったのである。
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