【GRWM】さよなら、ゆるりんチャンネルっ!

一ノ瀬 水々

第1話 撮影開始っ!

 実家の小さな部屋の中、ベッドの真横にテレビ台を持ってきて、台の上におびただしい数の化粧品と、100円ショップで買ったミニ三脚を置いた。


 その三脚にスマホをセットする。これで準備完了、あっという間に私だけの撮影スタジオが出来上がった。スマホをタップしカメラアプリを起動して動画撮影モードにする。


 ここで手元の鏡を再度チェックし、ニッコリと口角を上げて口元に手を近づける。手がピースサインなのは、指を顔の輪郭に添わせて小顔効果を狙うためだ。


 小さく息を吸い込み、クワッと目を見開いた瞬間に録画開始ボタンを押した。


「みなさんどうも!ゆるりんテレヴィのゆるりだよ!今日も毎日メイク動画を撮影していきま~す!」


 私はゆるりこと、本名吉川ラナ。こんな感じで日常の様々な様子を撮影し、自分で編集した動画を動画投稿サイトMelodiaに毎日アップロードしている。


 いわゆる配信者、世間ではMelodiaに動画を投稿する配信者はメロディアーと呼ばれている。


「はい!まずは化粧下地つけていきま~す!」


 一通り動画冒頭で使用するあいさつシーンを撮り、続けて目の前の化粧品に手を伸ばす。チューブからクリームをニュルリと指先に出して、目の下、顎周り、鼻の下、鼻筋、そしておでこの順番にちょんちょんとつけていく。


 大学4年生の冬休み直前にもかかわらず、ここまで就職活動を全くせずに現在に至っている。


 さらにはこんな動画作りに勤しんでいるのだから親は頭が痛いだろうと思う。でもいいのだ、私の動画を楽しみに待ってくれているチャンネル登録者4万人+その他の人々のためにも頑張らねば。


 みんなのために今日もカメラに向かって一人で喋りまくる。


「化粧ノリ悪すぎて笑う。てかみんな聞いて!最近また顎にニキビすごいできてきてさ~、マジムリだわ~。というわけでニキビパッチつけていきま~す!」


 しかしながら私も少しずつだが、自分の将来に対してじわりと焦りを感じ始めている。


 動画が再生された回数や評価の高低などに応じて、Melodiaから収益を得ることができるのだが、現時点で私の収益金額はそれだけで生活が出来る水準にはそこそこ達していない。


「最近はエプサのファンデがお気に入りなの~、んで次はチーク塗っていきます。これはキャンチークのチークでホントにおススメなのでみんなも使ってみて~」


 口を動かしながらもテキパキとメイクの手順を進めていく。私は弱小メロディアーだけれど、弱小なりにも商品提供してくれる化粧品メーカーもいて、しっかり商品名の紹介も気をつけてやっていく。


「は~い、眉毛まで終わりっと!ていうかみんなに聞きたいんだけど、眉マスカラの買い替え時っていつ?ゆるりはホントにタイミングが分からなくていつも半年ぐらい使ってる!」


 私の動画の魅力は、分かりやすいメイクのやり方紹介はもちろん、合間にメイクあるあるや冗談を挟んだりして、フランクかつコミカルに楽しめるところだと思っている。


 あと、私以外のオシャレ女子系メロディアーと決定的に違う点がひとつある。むしろこの点を前面に打ち出してきたことがウケて今の立場にいられるのかもしれない。私の個性、特異な点。それは・・・


「あ~ぁ、こんだけ可愛くメイクしてるのにゆるり、未だに人生で彼氏できたことないのほんとに謎なんですけど!早く誰かもらって~、アハハ」


 これは、まぎれもない事実であり、私は人生で一度も男性と付き合ったことがない。いわゆる彼氏いない歴=年齢の人だ。


 少しずつチャンネル登録者も視聴回数も増えてきているし、きっと私にとってこの配信活動は天職なのだ。


 どこまでいけるか未来は全く分からないことだらけだけど、みんなに必要とされている、ここが私の居場所なんだ。


「メイク完成~、今日もバッチリゆるりんモード!ご視聴ありがとうございました!チャンネル登録と、SNSもやっておりますので動画概要欄もチェックしてね~、バイバイ!」


 しばらくスマホのカメラに笑顔を向けたまま静止する。そしていつもの無表情に戻り、黙ってスマホに手を伸ばし録画を停止させた。


 時間を確認する。深夜4時、我ながらよくこのテンションを保てるものだと苦笑しながら、メイク落としを開始した。



―――キーンコーンカーンコーン

 授業終わりのチャイムで目が覚めた。ここは・・・大学の教室か・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る