適応者達の挽歌3


 適応特科が特別非常警戒態勢に入って十数日。懸念された『ヴィルト』の目立った動きも無く、時々海岸線で密入国の適応者が摘発される今日この頃。

 警戒態勢にありながらも平穏な日常が過ぎていく。そんなある日の夜。ススムと美比呂は電話で近況の報告がてら、雑談を楽しんでいた。

 ここ数日、忙しくて顔を合わせていないが、美比呂には今の任務の事も少し話してあった。


「そんな感じで、明日はテレビ局の施設周りを警備に行く予定なんだ」

『そっかー、休まなくても良い身体って、便利だけど不便だよねー』


 緊急時には休み無しの年中無休。24時間勤務で24時間労働という、重度の適応者だからこそこなせるアルティメットスケジュール。

 一昔前に流行ったジャパニーズビジネスマンにも不可能な、労働法の外にある勤労事情である。


『何かあったらテレビに映るかも?』

「うーん、どうだろうね」


 普通なら、危険な任務に就いている恋人の身を案じるところだが、ススムの事を色々と、本当に色々と(お互いに)よく知っている美比呂は、あまり心配はしていなかった。

 ススムなら大丈夫と分かっているからだ。


「じゃあまた明日」

『うん、一段落ついたらまたデートしようね』


 通話を終えて一息吐いているススムに、本部長が声を掛ける。


「例の恋人か? 大木」

「ええ、まあ」


 来年辺り彼女が入職すれば、職場デートが見られそうだな等とからかう本部長。ススムは苦笑しながら肩を竦めるばかりである。


「しかし実際、お前と篠口には随分と負担を掛けているな。纏まった休日を取らせてやりたいところだが……」

「まあ仕方ないですよ。やれる人がやれる事をしないと」


 人類滅亡の危機という未曽有の大災害から復興したとはいえ、まだまだ不死病に絡む問題は多く残っている。

 単に不死病を封じ、ウィルスの拡散を抑え込んで終われば良かったのだが、適応者の存在が世界に新たな社会問題を発生させ、事態をややこしい方向へと進めてしまった。


「俺達の世代が、基本的な枠組みを作っておく必要がありますもんね」

「ああ。この先も――人類……健常者と共存していく為にも、必要ないしずえだ」


 本部長は、『旧人類』と言い掛けて言葉を繕うと、今この時代に存在する全ての適応者の未来にも関わる重要な使命だと語る。

 不死病の存在する世界の最初期世代として、適応者の社会的立場を固める。

 この先、何十年か経った頃、現在の適応者達がどうなるのか。突然寿命で亡くなるのか、あるいは不死の存在として生き続けるのか。

 それが明らかになる頃には、またそれらに絡んだ新たな問題が浮かび上がってくるだろう。


「とりあえず、適応者の評判下げる奴らは叩かないとですね」

「はははっ まあ、そう言う事だな」


 少し深刻な空気になったが、最後は笑い話のように流して席を立ったススムは、今夜の警備対象施設へと出掛けて行った。




 深夜でも多くの観光客で賑わう都心の繁華街。とある外国人観光客向けネットカフェの個室にて。数人の白人男性がスマホ片手にテーブルを囲い、密談を交わしていた。

 テーブル上のPCでは人気のネットゲームがプレイされていたが、それはカモフラージュだ。


「全ての準備は整った。明日の早朝、各施設の出勤後を狙って決行するぞ」

「メインの学校は、それぞれ囮の現場に鎮圧部隊が動き始めてから、ボス達が向かう」


 スマホ画面に了解を伝えるメールが届く。

 ネットゲームの音声チャットやスマホの匿名メール等を駆使して、都内各所に分かれて潜伏している『ヴィルト』の同志達と連絡を取り合い、作戦決行のタイミングが伝えられた。



「しかし、ボス達は三人だけで大丈夫なのか?」

「ああ、問題無い。少数の方が目立たず動き易いし、ちゃんと現地で手下の確保もしてるらしい」


 明日の決行に備えて、二人一組で移動を始めた『ヴィルト』の構成員が、そんな会話を交わす。ボスのランセントを中心とした幹部チームは、世界的に見ても無敵だという。


「参謀のテリオは、世界でも数えるほどしか確認されてないランク8だし、ランク6のスナップは格闘術がずば抜けてる。そして何よりも、ボスのランセント――」


 そう語る彼は、ヴィルト構成員の中でも初期からのメンバーで、組織が特殊部隊の突入で壊滅した時も、本部施設で同志達と立て籠もりをしていた。

 彼はそこで、脱出の際に特殊部隊を殲滅するランセントの、真の力を見た事があるという。


「――ボスは、本物のモンスターだ」




 一夜明けた都心の街並み。ビルの隙間を朝日が昇り、早朝から出勤する会社員が、歩道に車道に、駅のホームに列をなす。

 今日も変わり映えのない平穏な日常が訪れる――はずだった。


『西区雑居ビルで適応者グループの立て籠もり事件発生!』

「近くのランク4チーム班を回せ!」


『中央区本町エクスタワーにて立て籠もり事件! 巡回中のランク3チーム2班が壊滅状態!』

「ランク5チーム班を向かわせる、周辺の避難誘導を優先しろ!』


 午前10時を回った頃に、都心の彼方此方から緊急連絡が飛び込み始めた。

 特別非常警戒態勢を取っていた適応特科はすぐさま動いたが、流石に十数ヵ所を越える同時多発立て籠もり事件には、十分に対応しきれない状態だ。


『エクスタワー地下街にて新たな立て籠もり発生です!』

「便乗か?」

『いえ、ヴィルトを名乗っているので、同じ組織の別動隊かと』

「ちぃ……同じビルの別フロアで占拠とは、厄介な事をしてくれる」


『東町区から救援要請! 警官隊に適応者捜査員が居ない為、突入出来ないとの事です』

「手が回らん! 包囲しての時間稼ぎを打診しろ! 東区と南区の支部に人員は?」

『全員、出払っています』


 たった一人か二人による小規模な立て籠もり事件でも、十数人からの人員を向かわせる事になる。犯人が適応者なので通常の警官隊は迂闊に手が出せず、逮捕制圧の際に必要な適応者捜査員の数が足りない。その為、多くの捜査員を応援に集めていた適応特科も、人手不足に陥っていた。



 一方で、事件を起こしているヴィルト側も、当初の計画通りとはいかず戸惑っていた。


「なんだこりゃ、もっと混乱しろよ」


 人通りの多い繁華街の通りに面した、雑居ビルの一つを占拠するヴィルトの工作員グループは、想定していた混乱が一向に起きない様子に困惑していた。

 人々は一応「わー!」とか「きゃー!」とか騒ぎながら逃げ惑っているが、足腰の不自由な人や転んで逃げ遅れた人が居ると、直ぐに手を貸す人が駆け付ける。

 騒ぎに乗じて略奪など暴徒化する者も現れず、緊急車両の通り道を開けて通行の邪魔にならないよう整然と逃げ惑う群衆の姿は、ヴィルトの工作員達にとって実に異様な光景だった。

 結局、立て籠もり事件を起こして五分もしない内に警察の対策チームが駆け付け、包囲網を形成してしまった。適応特科らしき特殊部隊も見える。


Shitシィット! どうなってんだこの国の奴等は、ゾンビかよっ」

「とにかく敵戦力は引きつけた。ボスに連絡だ」



 ヴィルトが一斉活動を始めてから20分足らずで、重要警戒施設リストからは外されていた各学校施設も直ちに警備態勢が強化されていた。


「まさかこんなに早く護りを固められるとは……」

「タキ達を同志に招いておいて正解だったな」


 霧ヶ淵高校の正門前に伸びる坂の途中。民家の入り組んだ路地の一角から学校警備の様子を覗うランセント達は、囮グループから敵戦力を引き付けたという連絡が届いて直ぐ、正門にバリケードが設置されるのを見て、その迅速さに驚くやら呆れるやらで感心する。


「早いとこ突入して、構成員候補を集めよう」

「それがいいですね」


 滝の携帯に突入開始の合図を入れたランセント達は、学校の裏手に回るべく移動を始めた。ここ数日の下見で、学校周辺の地理は完璧に把握している。

 狭い路地の隙間を高ランク適応者の身体能力で飛ぶように駆け抜け、警備の死角から校舎に接近すると、二階の廊下の窓が開いたところへジャンプして飛び込む。


「パーフェクトなタイミングだな、タキ」

「ったく……あんた等マジモンのテロリストだったのかよ」


 校舎の窓を開いて彼等を招き入れた滝は、サムズアップなどしているランセントに緊張した面持ちでそう零すと、全校生徒が避難している場所へと誘導を始めた。


「中庭の第二体育館にある格技場だ。適応者も健常者も皆そこに集まってる」

「ナイス。選考が捗りそうだな」


 滝の案内で廊下を行くランセント達。所々に配置されている防火扉や防犯シャッターをテリオが確認している。


「人材を確保した後は混乱に乗じて脱出するから、その時は速やかに付いて来られるよう準備しておくようにな」

「ああ、分かってる」


 テリオの指示に、頷いて応える滝。彼はヴィルトと共に日本を離れる覚悟が出来ているようだ。やがて、一行は格技場の前に辿り着く。


「ん?」


 滝が格技場の扉を開けようとしたが、鍵が掛かっているらしく開かない。扉周辺は自分の部下達が確保していたはずだと、滝は扉の向こうに声を掛ける。


「おい、俺だ、開けろっ」


 しかし、部下達から返って来た言葉は、滝にとって想定外のものだった。


「た、滝さんっ、スンマセン!」

「俺ら、やっぱりテロリストになるなんてムリっす!」

「勘弁してくださいっ!」


「あぁ? ふざけんなっ! お前ら今さら何言ってんだ!」


 直前で怖じ気づいた彼等は、滝がランセント達を招き入れに向かった後、学校関係者に全てをぶちまけ、格技場の扉を封鎖して立て籠もったのだ。

 滝達のやり取りを聞いたランセント達は、顔を見合わせると『やれやれ』と肩を竦めて苦笑する。一応、起こりうる事態として想定していたので、特に慌てる事もなく対応に出た。


「仕方ない、蹴破るか。どけ、タキ」


 そう言って扉の前に立ったスナップは、スッと腰を落として狙いを定めると、強烈な前蹴りを放った。ズシーーンという衝突音が響いて壁や床が振動し、天井から埃が落ちる。

 しかし、扉は少しへこんだだけで、その衝撃に耐えた。


「ああん? 随分と丈夫な扉だな」

「全校生徒の避難場所だからな、対爆処理もされた扉らしい。下がっていろ、俺がやる」


 スナップに代わって扉の前に立ったテリオはそう解説すると、少し大きな動作で勢いを付けて、後ろ回し蹴りを放った。

 バァーーンという爆発の如く轟音と共に、扉は後ろにいた滝の部下達を巻き込んで吹き飛んだ。


「ヒュ~、流石ランク8。技は実戦的じゃなくても威力はスゲェもんだな」


 参謀テリオの破壊力を称えたスナップは、最初の衝撃音で異変に気付いて校内の様子を見に来た学校警備隊の迎撃に駆け出した。

 そして、ランセントは悠々と格技場に足を踏み入れる。


「来た! あれが例のテロリストか」


 格技場の中では、健常者の生徒や教師達を一番後ろに配置して、机を並べたバリケードを築き、その前方に適応者の生徒達の中でもランクの低い者を後方に、高い者を前方に配置。さらに彼等を護るように、適応者の教師と、戦闘経験のある一部の生徒が陣取っていた。


 ランセントは、そんな教師や生徒達に向かって両手を広げながら挨拶をする。


「やあ、世界の未来を担うボーイズ&ガールズ! 俺と一緒に次のステージに行かないか?」




 ――その頃。都内のとある事件現場。ヴィルトの工作員が立て籠もるオフィスビルの一室にて。出入り口の封鎖に積み上げられた机やロッカーによるバリケードが、一瞬にして吹き飛ぶ。


「おらぁ!」

「ぐふっ」


 突入と同時に篠口がジャンピングストレートで相手の懐に飛び込み、跳び膝蹴りに繋いで一人を制圧。バリケードを粉砕したススムは、そのまま瓦礫を相手にぶつけて制圧した。


「よし、ここは片付いた」

「あっけねーな、もっと手応えのある奴はいねーのかよ」


「この仕事で強敵求めるのやめれ」


 篠口の不謹慎発言を宥めるススムは、しかし『確かに脆過ぎるかな?』と気にしつつ次に向かう場所を思案していると、本部から『霧ヶ淵高校にテロリストの襲撃』との緊急連絡が入った。


「霧ヶ淵? ススムの女が通ってるところか」

ススムの女って、もうちょい言い方をだな……」


 明け透け過ぎる篠口にツッコミつつ、美比呂が心配なススム。

 適応特科の作戦では、ススムと篠口には都内のヴィルト工作員による立て籠もり現場の中でも、立地的に厄介な場所の制圧に尽力してもらう方針なので、適応者犯罪対策のしてある学校のような、護り易く攻め難い場所には他のチームが出向く事になる。


 その時、本部長から直接指令が下った。


『大木と篠口は至急、霧ヶ渕高校の応援に向かってくれ』

「え、良いんですか?」


『現在、近くの高ランクチームが向かっているが、今し方入った情報によると、ヴィルトの首謀者、ランセント容疑者とその周囲の幹部が確認されたようだ』


 校内の生徒や教師からによる複数の通報が入ったらしく、生徒達の避難場所になっている格技場に侵入されたとの情報も届いているとか。


『奴等の狙いは分からんが、このままでは大勢の犠牲者が出るかもしれん。急いでくれ!』

「了解しました!」

「推定ランク20とかいうテロリスト共の親玉か! ぶっ飛ばしてやんぜっ」


 ススムと篠口は、この場から大急ぎで霧ヶ渕高校に向かって駆け出した。

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