*第十六話:裏話・叢時雨


 ――年季を感じさせる一件の民家の前で、エンジンの爆音を鳴らして車が停まる。彼方此方へこんでいるオープンカー仕様のその車は、ボンネットに『神衰懐』のロゴが描かれている。



「お前んちは確かここだったな」


 下っ端だった三人組を自宅に送って回ってる。こいつで最後か。


「ったく、メンドー掛けさせやがって」


 だからさっさと逃げろつったんだ。シートベルトを外して車から降ろす。


「ほれ、行くぞ」

「ヴヴヴ……」


 玄関まで誘導し、家の中に入れる。家族は――徘徊中か。まあ後は知らねぇ。


「じゃあな」

「ヴヴヴ……」


 最後の部下を送り届けて扉を閉める。車に戻り、ガスが底をついたメーターを見て舌打ちした。


「チッ……まあいい、この車は部下にくれてやる」


 あいつ欲しがってたしな。


 機動隊モドキとやり合ったあの後、俺達は新しいアジトの選定に都心まで足を延ばした。そこで、改造ガンやらボウガンで武装した軍隊みたいな奴等と出くわして、戦闘になった。

 俺は連中を蹴散らしてやったが、部下の三人はボウガンで撃たれて重傷を負った。しかも不死病の毒が塗ってあったらしく、三人とも翌朝には発症者になっちまってた。


「ふざけやがって」



 大分長い距離を歩いて自宅のアパートに戻って来た。途中で雨が降って来やがったが、別にどうって事はねぇ。

 雑草が生えた壁際で、近所のガキがぼーっと突っ立ってる。


「クソガキ、雨降ってんぞ」


 壁に向いたまま反応が無い。なんだ、猫でも居んのか?


「おい、なにやって――」

「ウウウ……」


 こいつがいつも落書きしてた階段前を見ると、発症者になった時の、身体中から体液が流れ出た痕跡が残ってやがった。


「……糞が」


 この前まで平気だったじゃねーか。なに今頃になって感染してんだ。アパートに入り、奥の貧乏一家の部屋に行く。扉は開いてんな。


「おいっ、ババァ、お前んとこのガキが感染してんぞ!」


 部屋の中では、天井からぶら下がったおっさんの傍で、ババァが徘徊していた。飯台の上には、食いかけの腐ったパンと缶詰が放置されてる。


「んだよ、お前ら」


 外に出て、クソガキを貧乏一家の部屋まで運ぶ。


「ウウウ……」

「うるせぇ」


 部屋まで運んだが、びしょ濡れのままってのもしっくり来ねぇ。


「糞が……タオルと着替えはどこだ」


 そういやこいつ、いつも同じ恰好だったな。

 押し入れや箪笥を調べたが、汚れたタオルと、着替えに使えそうに無いカビの生えた服しかなかった。


「ええい糞が、ちょっと待ってろ」


 俺の部屋からバスタオルを持って来て全身を拭き取り、身体に撒く。


「しばらくそうしてろ」

「ウウウ……」


 アパートを出て近所のブティックがあった建物に入る。確か、子供用の服も扱っていたはずだ。適当に見繕い、アパートに戻ってガキに着せる。


「……」


 おっさんの首吊り死体を見上げ、とりあえず悪態を吐いた。


「糞が、一人で吊ってんじゃねーよ」


 おっさんを降ろし、奥の敷きっぱなしになってる布団に寝かせた。死体の下の染みには、古新聞やらぼろ布を山盛り積んで隠した。

 流石に掃除までしてやる義理はねぇ。



 自分の部屋に戻り、溜め息を吐く。ここの住人も、これで全部居なくなった。また一人になっちまった。

 元々ずっと一人だったから、今更どうって事はねぇ。


「俺には適応者の力があるんだからな」


 自分の両手を見つめて、常人を超越した力を思い浮かべる。――だけど、誰も護れていない。


「いずれ俺が……俺達、適応者が世界を支配して――」


 自分に言い聞かせるように呟いた俺の脳裏に、あいつの言葉が浮かんで思考を遮る。

『不死病の方が沙汰されると思うぞ? 今俺が町の病院に配達して回ってるんだけど――』


(ススム……あいつ今、どこで何やってんだろう……?)


 アパートの外からは、雨足の強まったノイズみてぇな水音しか聞こえなかった。

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