避難所助っ人編
第九話:ショッピングモールと大学病院
相手が横暴だったとはいえ、大勢の人が見ている前で殺戮ショーをやらかしてしまったのだ。不安を抱く人も居る以上、長居は出来ない。なるべく早く、速やかにここを立ち去るべきだろう。
「とか思ってたのに……居心地よくて長居してしまった」
一人呟きながらスマホの画面で日付を確認すると、電源を落とす。ススムがこの里羽田院長の病院にやって来て、今日で二週間になる。
季節は秋も深まる11月。ススムは病院の為に食料集めや機材集めをして、この町の中心部周辺を探索して回る日々を送っていた。
その中で太陽光発電機の使い方を教わったり、家庭用電源として使える蓄電池の入手など、帰宅後の生活環境を向上させる為のノウハウを学んでいった。
実は色々と特殊な事情を抱えたススムの為に、心のケアを模索した里羽田院長の目論見でもある。
そんなある日、隣町の避難所からヘルプ要請が届いた。
ススムがやって来た南地区とは反対方向の橋を渡った先、北の都心にあるショッピングモールと併設されている大学病院から、使者が訪ねて来たのだ。
この近辺一帯にある避難所の中では最大規模を誇る。
ショッピングモールの豊富な物資と、大学病院の適切な管理運営。そして充実した医療体制によって非常に質の高い環境を維持している人気の避難所である。
しかし最近、他所の地区からの避難民流入で物資が足りなくなって来たという。
都心だけあって、まだ手付かずの企業倉庫などに大量の物資が眠っている可能性が高いのだが、またこれも都心だけあって、外を徘徊する発症者の数も多い。
大人数で移動すると徘徊する発症者を大量に呼び寄せてしまう危険がある。しかしながら少人数では運べる物資も微々たるもので、しかもリスクは高い。
「里羽田先生の病院は、多くの患者を抱えながら安定した運営をしているとお聞きしまして」
「是非我々の物資調達に協力頂けないかと思い、今日伺った次第で」
使者達の話によると、この病院のように食料や衣料品のみならず、設備まで不足する事無く揃えているところは他に類を見ないという。
「ふむ。確かにうちは過不足無くやっとるが、そもそもが避難民を受け入れておらんからなぁ」
必要な物資も最低限で済むという部分はある。
他所に割けるほどの人手は余っていないが、このところ特に物資の供給を安定させている人物を紹介すると言って、里羽田院長はススムに話を振った。
「大木君、どうかね。行って貰えんかね?」
「え、俺っすか」
ススムは、手伝いに行く事はやぶさかではないのだが、自分が行っても大丈夫なんだろうかと戸惑う。
「なあに、やる事は変わらんだろ」
あれからススムの状態に関する問題も起きていないのだから、適当に荷物運びでもしてやれば良いと言って笑う。
「気分転換にもなるじゃろ」
「そう、ですかね……」
そんなわけで、協力要請にはススムが出向く事になった。
里羽田院長からは『特殊な感染状態にある者』と事情を説明する内容が書かれた自筆の紹介状を預かり、対不死病血清のアンプルも何本か持って行く。
「それじゃあ行ってきます」
「気い付けてなぁ」
移動には消音処置の施された電気自動車が使われる。ショッピングモールと大学病院の避難所には30分ほどで着くそうだ。
「大木 進君だっけ、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしく」
「それで、早々で悪いけど向こうに着いたら直ぐに倉庫の探索に出て貰いたいんだ。何か必要な物はあるかい?」
「そうですね……優先して確保したい物資のリストとか、後は工具類ですかね」
そうして移動中の車内で段取りを決めていく。
彼等は物資の調達に出る際、探索役と運搬役にチーム分けされていて、それぞれ適切な装備を整えて安全かつ効率的に回っているらしい。ススムは先行する探索チームに臨時編入される予定だ。
橋を渡って都心に入ると、高速道路に上がって町の中心部を目指す。
小回りの利く小型の電気自動車とはいえ、一般道は事故車と放置車で埋まっている場所が多く、直ぐに身動きが取れなくなるそうな。
「避難所の周りは、そこそこ片付けてはあるんだけどね、乗り物を使うには障害物が多いんだ」
「だから物資の運搬も、基本的に担いで運ぶ事になるんだよ」
「なるほど」
大きな町にはそれだけ多くの物資も残っているものの、時間が経つにつれて近場の物資は取り尽くされ、新たな調達には遠出が必要になる。しかし、道中は障害物も多く発症者だらけ。
避難所の規模が大きい分、維持する為に必要な物資の調達も困難になって行く。
「何かジリ貧な気が……」
「それは言わないお約束だよ……」
「まあ、我々も分かってはいるんだけどねぇ……」
ススムのもっともなツッコミに、使者の二人は同意しながら溜め息を吐いた。
やがてススム達を乗せた車は、高速道路を降りた直ぐ近くにあるショッピングモールと、併設された大学病院の避難所に到着した。
広々とした敷地内には運搬用のトラックやらリアカー、台車なども纏められていて、さながら運送会社のトラックターミナルのようであった。
周囲は工事現場で見かけるガードフェンスとコンテナ、広い歩道によく置かれている大きな石のプランターなどが並べられ、かなりしっかりと造られたバリケードで囲まれている。
「何かあんまり避難所って感じしませんね」
「ははは、こっち側は主に物資の搬入に使うエリアだからね」
「避難所の住居区画はモールの方だから、向こうは人多くて驚くよ?」
今いる場所はショッピングモールの駐車場で、調達した物資の他、使えそうな乗り物などもまずここに集められる。
それらは専門のチームが仕分けして、避難所と病院にそれぞれ運ばれるのだ。ススムは居住区画に行く予定は無かったが、一応ここの構造に関する説明を聞いておいた。
「さ、着いたよ」
車はプレハブの建物の近くに停車した。建物の前には5人ほどの若い男女が、いかにも『これから探索に出る!』という雰囲気の動き易そうな作業服と装備で屯していた。
「おかえりー、協力は得られそうだった?」
彼等の内の一人、腕捲りをしている活発そうな女性が、使者の二人に声を掛ける。
「ああ、彼が探索に協力してくれる事になったよ」
「今から院長のところまで挨拶に行って来るんで、君達は出発準備を整えておいてくれ」
使者の二人は、そう言ってススムを探索チームに紹介した。「あ、どうも」とお辞儀するススム。
「えっ、一人だけ?」
目を丸くしながら戸惑った様子を見せるその女性に、苦笑した使者の二人は、里羽田院長から聞いたススムの事について説明した。
「彼一人で数人分の働きをするらしいよ」
「特殊な感染状態にあるという話でね」
そう話す使者の二人から視線を向けられたススムは、自身の持つ特徴を一言で説明した。
「発症者に反応されないんですよ」
それを聞いた5人は、様々な反応を見せる。
「へぇー……(じぃ~)」
「それなら確かに、スカウト役としては最適だろう」
「大きなアドヴァンテージになりますね」
「でも、感染の進行には気を付けないと」
「凄えッス」
素直に感心する者。早速ススムの役回りを模索する者。感染者である部分を心配する声も聞かれたが、適切な処置を行っていれば然程感染の危険は無い事は周知されているようだ。
彼等との挨拶はまた後でという事で、ススムは使者の二人に連れられて大学病院の建物に向かった。
ここも電気は通っており、廊下にも最低限の照明が灯っている。
ショッピングモールと大学病院の屋上に設置されている太陽電池パネルや、近くに風力発電の施設があり、そこから電気を引いているとの事だった。
病院内は多くの関係者が忙しなく行き来していて、その様子はこれまでに繰り返されて来た日常の風景とほとんど変わりなく、今が不死病蔓延による崩壊した世界である事を忘れそうになる。
「生きた文明って、いいですね」
「お? なかなか哲学的な事を言うね」
「こういう人間の日常は、しっかり守って行かないとな」
ススムの呟きに、使者の二人も頷いて同意した。
大学病院内では業務用のエレベーターが一基だけ動いており、ススムは久しぶりに文明の利器を利用した気分になったりする。
そんなこんなで、最上階にある院長室までやって来た。
「やあ、よく来てくれたね」
「大木 進です」
この大学病院の責任者である
ススムは、里羽田院長から預かって来た紹介状と、対不死病血清アンプルの収められた箱を関根院長に渡す。
紹介状をふむふむと読んだ関根院長は、重厚な執務机の上に置かれたアンプル入りの箱をスライドして中身を確かめる。
「なるほど、これがAtlas科学研究所の……うむ、分かった。これの扱いについては、うちでも研究チームを立ち上げよう」
大量生産も視野に入れつつ、誰にでも簡単に扱えるよう工夫も考えていくという。
確かに現在は、専門の知識や技術を持った人の手による注射器のような器具を使っての投与法しかないので、これをエピペン(アドレナリン自己注射薬)のような携帯型のモノに出来れば、不死病対策も捗るだろう。
滞在中の宿舎なども病院内に用意される事になったススムは、院長室に呼ばれて来た調達部の責任者から必要物資リストなどを受け取り、先程の搬入エリアである駐車場に向かう。
「関根院長、良い感じの人ですね」
「そうだろう? 結構なエリート層の人らしいけど、偉ぶる事も無くて人当たりも良いんだよね」
「院長の采配のお陰で、避難所と病院の関係も円滑になってるって皆が思ってるよ」
関根院長は相当に人望もあるらしく、ススムの院長に対する肯定的な言葉に、使者の二人は嬉しそうな反応を見せたのだった。
駐車場に降りて来ると、出発準備を整えた探索チームが、偵察専用車の前で待っていた。案内役だった使者の二人とは、ここで別れる。
「それじゃあ、よろしくね」
「後の事は彼等に聞いてくれれば大丈夫だから」
「はい、お世話になりました」
病院施設の方へ戻って行く二人を見送り、ススムは探索チームの5人のところへ向かった。
「待ってたよ、大木君だっけ?」
「ええ、よろしくお願いします」
最初に声を掛けて来た活発そうな印象の女性に挨拶すると、彼女はにっこり笑ってチームメンバーを振り返りながら言った。
「じゃあ軽く自己紹介しよっか。あたしは
すると、精悍な雰囲気の男性が自己紹介に続く。
「
次に、眼鏡と黒髪ロングが特徴的で、大人しそうな雰囲気の女性がお辞儀をしながら名乗る。
「
その次に名乗ったのは、
「
そして最後は、一人飛びぬけて大柄な体躯をした若者。
「
リーダーでチームの方針を決める浅川。サブリーダーで怪我人に対応する小丹枝。無線で避難所や他のチームと連絡を取る八重田。そして作業員の古山と岩倉。
以上の5人が、今後ススムと行動を共にする探索チームのメンバーである。
「よし、自己紹介も終わった事だし、さっそく出発しようか」
リーダー浅川の指示の下、全員が偵察専用車両に乗り込む。ちなみに、この車も彼方此方改造の施された電気自動車である。
「それじゃあ、今日の目的地に向かってしゅっぱーつ」
こうして、避難所の調達部に属する探索チームに入ったススムは、チームメイトと共に車に揺られながら駐車場を後にした。
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