第18話 間違いだらけ探し 1


 公爵邸を訪れた数日後、私はゼイン様から早速届いた手紙を読み返しながら、なんとか軌道修正できたことを実感していた。


 次は私の行きたい場所に一緒に出掛けよう、またいつでも公爵邸に来てほしいといったことが綴られている。


 これから一週間半ほど仕事のため、領地で過ごすといった予定も丁寧に書かれていた。


「こ、恋人っぽい……」


 きっと真面目で責任感の強いゼイン様は、私へのお礼として恋人らしく振舞おうとしてくれているのだろう。


 とは言え、こちらとしては彼に好きになってもらいたいというのに、義務感から恋人を演じていただく状況というのは果たして正しいのだろうか。


「公爵様もやはり、お嬢様の素敵さに気が付かれたんでしょうね。これからもっと沼に落ちていくと思います」

「沼……? でも、ヤナの天才的なアドバイスのお蔭だよ。いつも本当にありがとう」


 まあまだ時間はあるし、一緒に過ごすチャンスが増えるのだとポジティブに捉えることにした。


 ひとまず「とても嬉しい」「帰ってきたらすぐに会いたい」という返事を書き、ヤナに送るようお願いする。


「あ、お嬢様。土地、買ってきましたよ〜」

「エヴァン、ありがとう! 絶対にお礼はするから」


 そんな中、私の部屋を訪れたエヴァンは、ちょっとしたお使いのノリでそう言うと、ひらひらと証明書を見せてくれた。


 そう、以前話した通りにエヴァンの名義で、今後地価が上昇する予定の土地を買ってもらったのだ。


「……よしよし、数ヶ月以内には跳ね上がるはず」


 ゼイン様との交流も深めつつ、ここからの1年間で自分の将来に向けた準備もしていかなければ。


 やはり悪女として定評のあるグレースとして、この国の社交界で生きていくのは大変そうだし、のんびりお店を経営しながら平和に暮らしたい。

 

 まずは土地の値段が上がるまでの間に、店を開く場所なんかも決め、探す必要がある。忙しくなりそうだ。


「この後、お店を借りる場所の土地もエヴァンの名義でお願いしたいんだけど……いろいろごめんね」

「それは全く気にしないでください。今回もついでに自分の分も買ってみましたし。でも、どうしてご自分のお名前で購入されないんですか?」

グレースのお店ってバレたくないんだ。悪女が子どもに無料で食事を振る舞うなんて、みんな何か裏があるんじゃないかと警戒するに決まってるし」

「確かに。子どもを集めて売り飛ばしそうですよね」


 かなり納得してくれたらしい遠慮のないエヴァンは、今後も協力してくれると言ってくれてほっとする。彼にはそのうち、一度きちんとお礼をしたい。


「……それにしても、やることも多いし難しいなあ。誰かサポートしてくれる人がいたらいいんだけど」


 子どもとは別に、普通に食堂としてお客さんを入れたいと思っている。だからこそ勉強を始めているけれど、経営についてはド素人なのだ。


 やはり、お父様に相談するしかないのだろうか。なんだか大事になってしまいそうで、少し気が引けている。


「お嬢様、招待状がたくさん届いていますよ」


 そうして頭を悩ませていると、手紙を出してきてくれたヤナが、どっさりと招待状を抱えて戻ってきた。


 中身を見ていくと、夜会やガーデンパーティー、舞踏会など様々だ。春の現在は社交シーズンが始まったばかりらしく、これからどんどんこういった招待状が届くようになるんだとか。


 ド派手なグレースは社交の場に出るのが好きで、自ら集まりを開くことも少なくなかったという。


 気は重いもののグレースになりきる以上、たまには顔を出して悪女ムーブしておく必要があるだろう。そう思った私は、ひとまず何か参加しようと決める。


 そう話せば、エヴァンがひとつの封筒を指差した。


「それなら、ガードナー侯爵家主催の夜会なんて良いんじゃないですか? プリシラ様もとても良い方なので」

「私と仲が良かったとか?」

「いえ、大変おっとりした方なので、お嬢様の暴言もポジティブに解釈されていて『グレースとは仲良しさんなの!』と仰っていました」

「な、なるほど……」


 それなら少しは気が楽だと思いながら、招待状に目を通していく。二週間後のようで、準備も余裕そうだ。


「それにしても、エヴァンって色々詳しいよね」

「まあ、俺も元々貴族ですから。それにお嬢様と社交の場に出ることもありましたし」

「えっ?」


 彼が貴族だということについて尋ねてみたものの「ナイショです」と口元に人差し指をあて、誤魔化されてしまった。顔が良いせいで絵になりすぎている。


 誰にでも話したくないことはあるだろうと、それ以上は触れないでおく。


「あ、でもランハート様には気を付けてくださいね。全盛期のお嬢様くらい、異性関係が奔放な方なので」

「ランハート様?」

「プリシラ様のお兄様で、次期ガードナー侯爵です」

「そうなんだ。ランハート……ランハート……?」


 なんだか聞いたことがある名前な気がしてならない。


 どこでだっけ、としばらく考えたものの結局思い出せず、ひとまず参加するという返事を送っておいた。



 ◇◇◇



「気安く話しかけないで、目障りだわ」

「も、申し訳ありません……!」


 冷ややかな視線を向けてそう告げれば、声を掛けてきた男性は慌てたようにその場を去っていく。


 ガードナー侯爵家主催の夜会へとやって来た私は、ずっと唇を引き結び、真顔でいることに早速疲れていた。


 ちなみに今日は深い紫のドレスを着て濃い化粧を施し、しっかりと悪女スタイルで臨んでいる。


 過去にグレースと親しくしていたらしい男性から話しかけられたり、グレースの取り巻きらしい令嬢達に媚を売られたりと常に忙しい。


 初めての社交の場はやはり落ち着かず、一人だということもあって常に不安も付き纏う。とりあえず、少し端で休もうかと思っていたのだけれど。


「グレース様、来てくださったんですね!」


 そんな中、声をかけて来たのは、美しい金髪が眩しい同い年くらいの令嬢だった。その特徴や様子から、彼女がプリシラ様なのだと気付く。


 可愛らしいおっとりとした雰囲気を纏った彼女は、嬉しそうに私の手を取り、ふわりと微笑んだ。


「お兄様もグレース様がいらっしゃると知って、楽しみにされていたんですよ」

「……そうなの?」

「ええ。今はあちらにいらっしゃるわ。良かったら、お話してあげてくださいね」


 そしてプリシラ様の視線を辿った先にいた男性を見た私の口からは、「──あ」という声が漏れる。


 プリシラ様と同じ金髪とアメジストのような瞳には、見覚えがあったからだ。


 先日のゼイン様との劇場デートの際、文句を言ってきた女性から助けてくれた男性で間違いない。


『ベラ、君の美しい声が廊下に響いてしまっているよ』

『ラ、ランハート様……!』


 エヴァンの『全盛期のお嬢様くらい、異性関係が奔放な方なので』という言葉にも、なんとなく納得した。


「それでは私はまだ挨拶回りがあるので、またあとでゆっくりお話ししましょうね」

「ええ」


 プリシラ様と別れた後も、じっとその場でランハート様の様子を観察する。


 超絶イケメンである彼の周りには沢山の美しい女性がいて、かなり人気なことが窺える。その上、女性達へのボディタッチもすごく多い。やはり軽薄そうだ。


「……あ、そうだ」


 ランハート様の整いすぎた顔を見つめ続けていた私は、ふと名案を思いついてしまう。


 私には一年後、ゼイン様をこっぴどく振る際、浮気をするという過酷な任務が待っているのだ。そのことを考えるたび、どうしようと頭を抱えていたのだけれど。


 先日助けてくれた優しげな彼なら、頼み込めば浮気相手のフリをしてくれるかもしれない。グレースの相手としてもぴったりな気がするし、色々と説得力がある。


 理由は分からないものの、私が来ることを喜んでいたとプリシラ様も言っていたし、ひとまず友人程度になっておくのは良いかもしれない。


 そう思い、彼に向かって足を踏み出した時だった。


「──グレース」


 聞き覚えのある声に振り向けば、そこには見間違えるはずもないゼイン様の姿があり、私は息を呑んだ。

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