第1話 悪女になってしまったようです
ゆっくりと目を開ければ、真っ赤に輝く天井が目に飛び込んできて、あまりの眩しさに目が痛くなる。
「わっ……まぶし……」
何度か瞬きをして目を慣らせば、ベッドの真上の天井には赤や緑の宝石で、薔薇が描かれていた。
こんなにも豪華で悪趣味なもの、生まれて初めて見たと思いながら、身体を起こす。
「えっ? な、なにこの服!?」
やけにふかふかなベッドで寝ていた私は、肌触りの良い真っ赤なキャミソールのようなものを着ていた。
痴女かと突っ込みたくなるほどの露出の多さと派手な色合いに驚き、慌てて隠すように布団を身体にかける。
「な、なに、ここ……」
そして顔を上げれば視界には、広くて豪華な外国の貴族のような部屋が広がっていた。全体に赤と黒で纏められており、部屋中に薔薇が飾られている。
なぜ私はこんな格好をしてこんな悪趣味な部屋で寝ていたのだろうと、困惑していた時だった。
「お嬢様、目を覚まされたんですね!」
「……えっ? うわあ!?」
声を掛けられて初めて、部屋の隅で半裸で立っている男性の存在に気が付き、悲鳴に似た声が漏れる。
腰からは剣のようなものが下げられていて、余計に恐怖が増していく。夢なら早く覚めてほしい。
深い海のような青い髪にグレーの瞳をした男性は、驚くほどの美形だった。鍛え上げられた身体から慌てて目を逸らした私は、両手で顔を覆う。
「あ、ああ、あなた、誰ですか!?」
「えっ?」
「ここ、どこですか!? ど、どうして、は、半裸で立っているんですか……!?」
捲し立てるように、半ば叫びながらそう尋ねると、男性からは間の抜けた声が漏れた。
悪趣味な部屋に、半裸に近い姿をした痴女(私)と半裸男性がいるこの状況、さっぱり訳がわからない。
「まさかあの男に襲われたショックで、記憶が……?」
「襲われ……?」
やはりよく分からないけれど、とにかく服を着て欲しいと言えば、男性はすぐに側に畳んで置いてあった服を身に付けてくれた。
その服装はまさに騎士という感じで、気合の入ったコスプレイヤーなのだろうかと思っていると、男性はこちらへやってきて目の前で跪いた。
「グレースお嬢様、俺のことは分かりますか?」
「いいえ、まったく」
なぜグレースお嬢様と呼ばれているのかも分からず、首を左右に振る。すると男性は驚いたように、形の良い両目を大きく見開いた。
「やはり記憶喪失……? ええと、俺の名前はエヴァンで、あなたの専属護衛騎士です」
「ごえいきし」
「はい。ここはセンツベリー侯爵邸で、グレースお嬢様の部屋です。俺が半裸だったのは、以前お嬢様が『バカでクズなお前は見た目と剣の腕くらいしか取り柄がないんだから、少しでも私を楽しませるために暇な時は半裸で立っていなさい』と仰ったからです。いつお目覚めになってもいいように、今朝から待機していました」
「??????」
私の理解を超えた話に、頭の中は「?」でいっぱいになったけれど、それよりも引っかかることがあった。
「グレース・センツベリー……?」
その名前には、覚えがある。少し前に読んだ「運命の騎士と聖なる乙女」という小説に出てくる、とんでもない悪女キャラクターと同じだ。
そうだ、確かグレースはちょうどこの髪みたいに、淡いピンク色の長い髪で──…
「えっ? えええ?」
そこで私はようやく背中に流れている自分の髪が、長く美しいピンク色になっていることに気が付いた。
よくよく見ると身体だって、本来の私のものよりもずっと白くて細くて、スタイルがいい。明らかに自分のものではない身体に、ぞわりと鳥肌が立つ。
「鏡とかってあります……?」
「はい。こちらに」
私は近くにあったローブを羽織ると、エヴァンさんが指し示した全身鏡の前へと移動し、言葉を失った。
鏡に映っていたのは、息を呑むほどの美女──まさに小説に出てくるグレース・センツベリーそのものだったからだ。
「ど、どうして……わあ、肌まできれい……」
ぺたぺたと自分の頬を触ってみても、引っ張ってみても、鏡に映る美女は同じ動きをする。そして痛い。
そんなことを数分間続けた末、私はようやく自分が漫画や小説でよくある異世界転生をし、グレース・センツベリーになってしまったのではないかと思い当たった。
「……うそ、でしょ」
必死に思い出してみると、最後の記憶は特売のあった隣町の激安スーパーからの帰り道、歩道に乗り上げてきた車に跳ねられる瞬間だった。
元々の私はきっと、死んだのだろう。
私は小さく深呼吸をすると、改めて鏡越しに心配げにこちらの様子を窺っている男性を見つめた。
イラストはなかったけれど、グレースにはいつも虐げていたエヴァンという護衛騎士がいたことも思い出す。きっと彼こそ、その人なのだろう。
驚きや信じられない気持ちで眩暈がするものの、医者を呼んでくるというエヴァンさんを慌てて引き止めた。
新たな人間と会う前に、少し状況を整理したい。
少し質問をしていいかと尋ねれば、エヴァンさんはいくらでもと微笑んでくれた。いつも半裸で立たされていたというのに、いい人すぎる。
たくさん聞きたいことはあるけれど、まずはこの世界が本当に小説の中の世界なのか確かめることにした。
「ええと、ゼイン・ウィンズレットを知ってますか?」
「はい、もちろん。このシーウェル王国の筆頭公爵家の主であるゼイン様を知らない者など、どこを探してもいませんよ」
その返事を聞いた瞬間、確信してしまう。
ここは間違いなくゼイン・ウィンズレットが主人公の小説の世界で、私は当て馬以下の端役──男好きで強欲悪女のグレース・センツベリーになってしまったということを。
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