第100話 フケン要塞攻略戦 ①

■中央ゴレムス暦1583年6月19日

アルタイナ フケン要塞


 フケン要塞はアルタイナの護りの要である。

 今まで落とされたことがないと言う程の堅固さである。


「なぁーにがだよ。アルタイナ南部の要塞をわざわざ落としに来る必要がなかっただけじゃねぇの……」


 この要塞を攻める必要性があるとしたら、地理的にヘルシアかガーランドだろう。

 ヘルシアでは無理だが、ガーランドなら軽く落としてしまいそうである。

 おっさんがレーベ侯爵から聞いた話では難攻不落と言うことらしい。

 リョクコウでおっさんが戦っていた頃、レーベ侯爵とキングストン伯爵も遊んでいた訳ではない。威力偵察、小競り合い、挑発を始めフケン要塞に色々とちょっかいを出していた。


 おっさんは主だった者を集めると、すぐに作戦会議が始めた。

 皆がおっさんの言葉に傾聴する。


「まずは罵声を浴びせて挑発するついでにリョクコウでアルタイナ軍が全滅したことを教えてやろう。籠城戦は士気が重要だからな。いくら堅固と言ってもつけいる隙はあるはずだ」


「全滅ですと? 流石は元帥閣下!」

「かなり捕虜をとっていたようですな」


 貴族諸侯がおっさんを褒め称えるが、おっさんのテンションは上がらない。

 少し沈んだ様子でいつもより真剣な面持ちをしている。


「ああ、敵指揮官は無駄な犠牲は出したくなかったようだ。良い指揮官だな。まぁこちらにとっては好都合だったけどね」

「好都合ですか……?」

「ああ、敵さんも困るだろうさ」


 貴族諸侯はおっさんの言いたいところが見えずに困惑しているものもいるようだ。

 お互いに顔を見合わせて、首を傾げている者もいる。


「そう言えば閣下、先日は督戦部隊を作ると言っておられましたが」


 ドーガが思い出したようでおっさんに聞いてくる。


「ああ、督戦だ」


「閣下、それはいかようなものなのですか?」

「リョクコウで生け捕った捕虜に要塞を攻撃させる」

「なんと、しかしせっかくの捕虜が逃げて――」


 キングストン伯爵が何か言い掛けたのをおっさんの言葉が遮った。


「まぁ最後まで聞こうか。捕虜が戦わないようなら戦うように督促してやればいい。つまり第一陣で捕虜に要塞を攻めさせ、その背後に督戦隊を置く。逃げる奴や戦わない奴は後ろから銃火器で殺す」


 集まった一同の息をのむ声が聞こえてくる。

 大抵は味方の部隊に対してやるのが督戦だが、今回は敵の捕虜に対して行う。

 真面目に戦わないようなら後ろだまである。


「閣下、それは外道の戦法ではありませんか?」


 いつもは黙っているベアトリスがおっさんに問い質す。

 その顔は真剣だ。


「そうだな。だが、俺はアウレア兵に損害を出したくないんだ」


 これから隣国や列強国クラスの国家と戦っていかねばならないのだ。

 一平卒とて無駄にはできない。

 それに同盟国もおっさんの戦いを見ている。

 おっさんは勝ち続けることがアウレア大公国、ひいては自分のためになると思っていた。


 それ以上、何か言おうとする者はいなかった。

 おっさんは陣触れと戦い方を決めて明日を迎えることになったのである。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年6月20日 早朝

 アルタイナ フケン要塞


「よし。戦闘開始だッアルタイナ捕虜部隊を突撃させろッ!」


 おっさんはアルタイナ兵の捕虜たちに味方を殺して戦功をあげれば、自由の身にすると言う約束をして送り出した。


 もちろん彼らの背後には銃火器部隊が彼らに狙いを定めている。


 東側の璧面から捕虜部隊が要塞へと突撃を敢行する。


「くそッ なんだって敵に味方しなきゃならねぇんだッ」

「なッお前らアルタイナ人かッ!? 何をやっているッ!」

「くそう。やるしかないのか……」

「何故俺たちに向かって来るッ! お前ら仲間に手を挙げるのかッ!」


 要塞の壁を梯子を使って昇りながら捕虜たちは戦うことを止めない。


「嫌だぁ……俺は死にたくねぇ」

「あッおい!」


 1人の捕虜が逃げ出した。

 そこへ命を刈り取る音がする。


 タッタッタッ


「ひぃぃぃぃ」


 逃げ出した捕虜だけでなく周辺にいた者たちも巻き込まれる。


「おい逃げんじゃねぇ! 俺らも巻き込まれるだろうがッ!」


 要塞内に入り込むための戦いが行われている中、フケン要塞を護る守将のカントは歯ぎしりしながらその様子を食い入るように見つめていた。


「おのれ……督戦かッ」


 アルタイナは普通に戦略として督戦を使う国家である。

 前衛の後方から脅して無理やりにでも戦わせるのだ。

 おっさんがやっているのは敵捕虜に対してだが、アルタイナがやる督戦は味方に対してのものである。


 アルタイナ軍もまさか自分たちが仕掛けられるとは思ってもみなかったようで、前線は大混乱に陥っていた。


「ひッこっちくんなお前らぁ!」

「中に入れて助けてくれよ!」

「何を言ってるッ信用できるかよ!」


 アルタイナ軍と捕虜たちは自国の同胞の言葉を信じることもできぬまま、その命を散らせていった。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年6月20日

 アルタイナ 首都アルス


 リョクコウの戦いでアルタイナ軍が大敗した報せはようやく、首都アルスに届いていた。リョクコウでは大量の人間が戦死または捕虜となったせいで伝令が送れていなかったのだ。


 おっさん率いる軍がフケン要塞に到着してやっとことの成り行きが判明したのである。


「兵力ほぼ同数で大敗だと!? ええい、シュウヨウ将軍は何をしていたッ!」


 最近は碌な報告を受けていないと、アルタイナ皇帝は持っていた銀製のカップを放り投げた。プライドが肥大した国家の皇帝ともなれば、こんなものである。


「陛下、落ち着きなさいませ。まだフケン要塞は落ちておりませぬ。あそこは難攻不落。蛮族アウレア軍はあそこを突破するなど不可能でしょう」


「その言葉相違ないなッ!?」

「カント将軍は優秀です。必ずや守り切るでしょう」

「それはシュウヨウ将軍の時にも言っておらんかったか?」


 皇帝と家臣たちが喧々囂々とやかましい中、革新派はそそくさと玉座の間を後にしていた。


「何とか講和へ持っていきたいが無理か?」

「フケン要塞が落ちたらアルスまですぐじゃ。首都に雪崩れ込まれたらどうにもならんぞ」

「無条件降伏だけは避けねばならん。要塞が落ちる前に渡りを付ける必要がある」

「陛下はどうする?」

「退位して頂くしかなかろう」

「クーデターか……我らの兵だけでは無理だ……」


 おっさんとレオーネの考えでは適当なところでエレギス連合王国が講和の仲介に入る予定なのだが、彼らがそれを知る由もない。


 アルタイナの革新派はこれ以上祖国を蹂躙されぬよう走り回るのであった。


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