第49話 おっさん、貿易船を出す

 ■中央ゴレムス暦1582年9月21日

  サナディア領ハーネス(旧ヨハネス子爵領)


 このハーネスと言う街は入り組んだ地形ながら大型船が停泊できる良港である。

 おっさんは自分の正体を穏便に明かすため、グレイシン帝國と貿易を行い、秘薬を手に入れたことにして病気が快癒したと嘘を言うつもりであった。

 今後ずっと頭巾を被ったまま顔を隠して生きていくのは嫌なのだ。


 おっさんがそれとなく聞き込みを行ったところ、病気に掛かったのは31歳の頃らしい。それだとノックスが元の顔を覚えていそうである。その他にも屋敷の古株は見知っていると思っても良い。


 以前、鏡で顔を見てみたところ、おっさんはおっさんであった。

 つまりおっさんは異世界に来てもおっさんだったと言うことだ。

 おっさんおっさんうるせぇな。


 流石に秘薬で顔が変化したと言うのも苦しいので長いこと顔を隠して生活してきたせいにすることにした。こればかりはどうにもならないので、もし不審がられて敵対するようなことになれば、ノックスには遠くに旅立ってもらうつもりである。


 輸出するものがないので港に掛けた通行税、関税とレイカルドにある銅山から採れた銅を積んで行くことにした。アウレア銅貨の交換比率は結構高いらしいので、おっさんは期待に胸を膨らませていた。


 取り敢えず輸入する物は特に決めないことにした。

 とにかく人を送り込んで宝珠を探すことを最優先とし、同時にアウレアに来てくれる職人を探すよう申し渡した。鍛冶職人と色々な分野の専門家などの人材を得たいところだ。なので貿易と言うより、人、物探しと言った方が良いかも知れない。


 本当はおっさん自ら足を運びたいところだが、この危うい時期にアウレアから離れることは流石に出来ない。貿易船は南東のグレイシン帝國、それから北上してイアーポニア、そして最後に更に北のヘルシア半島を回って帰港する予定である。


「海賊対策に水軍も作りてぇなぁ……」

「海賊ですか?」

「そりゃ海を手に入れたんだからな。強い水軍を持っていて損はないだろ?」

「今回の航海はどうするおつもりで?」

「まぁ仕方ないから護衛船団を雇うことにした。ま、少し意味は違うが私掠船しりゃくせんってとこか?」

「しりゃくせんですか……? それは一体なんなんですか?」

「言ってみりゃ国公認の海賊みたいなモンだ。平たく言えばね」

「なるほど」


 さすドーガである。理解が速い。

 おっさんがただただ感心していると、ベアトリスが走ってきた。

 この街は旧ヨハネス伯爵領である。

 なので取り敢えず今はネフェリタスに使えていたベアトリスに任せているのだ。


「はぁはぁ……閣下……」

「どうしたん? 大丈夫か?」


 急ぎの用事でもあったのかベアトリスの息は上がっている。

 彼女は大きく深呼吸して息を整えると切り出した。


「実は……真に申し上げにくいのですが……」


 正式におっさんに仕えることになって口調は丁寧なものに変わっている。


「まぁとにかく言ってみ?」

「私事なのですが……私の妹が閣下にお会いしたいと言って聞かないのです」

「妹?」

「はい。私には齢の離れた妹がいるのですが、閣下にお仕えすることになって話題に上ったところお会いしたいと……」


 いつもはハキハキと話すベアトリスなのでこんな言いにくそうにしているのは珍しいことである。


「おいおい。齢の離れたっていくつなんだ?」


 ドーガも困惑して問い質している。


「それが……12歳なので――」

「おいおいおい、閣下も暇じゃないんだぜ?」

「そえは分かっておりますが、妹は魔法の素養がありまして、もしかしたらお役に立てるかも知れません」

「おお、魔法が使えるのか?」

「はい多少ですが」

「分かった。会おう。時間はいつでもいい」

「閣下!?」


 ドーガが驚いているがおっさんは新たなる可能性を見い出していた。

 【個技ファンタジスタ】や【戦法タクティクス】に関してだが、特に【戦法タクティクス】では兵種が関係してくる。

 例えば《騎兵突撃》なら騎兵にしか効果はないし、おっさんの《軍神の加護》のように全兵種に効果を及ぼすものもある。以前はこの世界に魔法があるとは思ってもみなかったが、魔法があるなら魔法兵のような兵種があってもおかしくはない。しかも魔術はともかく、魔法は使える者が少ないと言う。それならば確保して唾をつけておいて損はないと踏んだのである。


※※※


 領主館の応接室のソファーにおっさんは座っていた。

 ドーガも結局は会うつもりなのかおっさんの背後に立っている。


「ベアトリス様が参られました」


 ノックの音と共に執事の声が聞こえてくる。

 おっさんが中に入るように言うと扉が勢いよく開かれた。

 1人の女の子がこれまた勢いよく飛び込んで来ておっさんの目の前で止まった。


「こらッ! クリス!」

「閣下! お会いできて光栄です!」


 ベアトリスをそのまま幼くしたような顔をしている。

 ただ彼女よりも活発なようだ。短いスカートの裾をちょこんと摘みカーテシーをキメている。それが何とも様になっていておっさんは思わず見とれてしまった。


 別に変な意味で見とれた訳ではない。

 おっさんにそんな趣味はない。

 ないったらないのだ。


 おっさんは誰にするでもなく言い訳すると久しぶりにボードを出現させる。


名前ネームド:クリス

称号インペラトル:魔法少女

指揮コマンド:☆

所属アフィリエ:-

個技ファンタジスタ:炎弾(弐)

戦法タクティクス:-

等級オーダー:現地人(N)

 

 魔法少女クリス☆マジか!とおっさんは思わず心の中で叫んでしまった。

 クリスは【戦法タクティクス】がないので兵種が分からないが、何とか宝珠を見つけたいところである。


「クリス、魔法ってのを見てみたいんだけどいいかな?」

「はい! いいですよ!」


 元気の良い返事におっさんたちは館を出て芝生になっている庭園に出た。

 到着するまでに幾つか質問したが、ハキハキとして良い子である。

 炎弾は庭園に燃え移って手に負えなくなるほどの威力はないらしい。


「いっきまーす!」


《炎弾(弐)》


 クリスが【個技ファンタジスタ】を叫ぶと、虚空からサッカーボールくらいの炎の球が4つ出現した。それは地面に着弾すると派手な音を立てて辺りに爆風と炎を撒き散らす。そこまで広範囲と言う訳ではないが、人間が喰らってただで済むとは思えなかった。死にはしないが火傷を負うのは間違いない。


「(これが魔法か。魔術はどんなのだろうな……ただ体系が違うだけか? 威力も違う? 敵に魔法が使えるヤツがいたら厄介だ)」


 おっさんは目の前の奇跡に動じることなく考え続ける。


「見ました? どうですかッ!? 調子が良ければ6つくらいは出ますよ?」

「うーん。採用!」

「やたー!!」

「ベアトリス、しばらく危険なことはさせないから我が軍に加入してもらってもいいか?」

「はッ! よろしくお願い申し上げます……ってクリスも挨拶しなさい」

「はーい。将軍閣下よろしくお願いします!」


 ここに魔法少女が仲間に加わったのであった。


 これから忙しくなりそうである。

 それに【個技ファンタジスタ】のランクが弐だが、試してみたいこともある。

 これは今後の戦いを乗り切るためにも必要な作業でもある。


 おっさんは力を与える相手を見極めるべく思考を巡らせ始めた。

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