第47話 戦いの理由

 ■中央ゴレムス暦1582年9月10日

  ラルノルド オズ城


 多種族国家ガーランドとの戦いは激化の一途を辿っていた。

 エルフ、ハイエルフ、ドワーフ、その他の亜人族などが共存している国家ガーランド。


 エストレア事変があってガーランドの攻勢が強まったのである。


 ラルノルド領主、ジィーダバ伯爵軍は、ガーランド軍が領内に入り込んだのを聞いて、国境近くにあるオズ城に攻め込んでいた。

 ここはガーランド領に入るための要所である。


「かかれッ! ここを落とせば領内のガーランド軍は袋のモゥスネズミよッ!」


 オズ城はかつてより激戦地となっており、エストレア事変が起こった頃もジィーダバ伯爵はこの城を攻めていた。


「申し上げます! ネルザス将軍が『鉄騎騎士団スティール・オーダー』を率いて正面大手門を突破致しましたッ!」


「良しッ! 余勢を駆って雪崩れ込めッ!」


 ジィーダバは歓喜の声を上げながらもすぐさま指示を飛ばす。

 そして、領内に入り込んだガーランド軍について思案する。


「(侵攻したガーランド軍は三○○○ほど。守備は頼むぞラッセル将軍……)」


 その時、床几に座っていたジィーダバ伯爵は突然地面に押し倒された。


「何を――」

「エルフによる弓の攻撃のようですッ! 本陣を下げるべきかとッ!」


 顔を上げてみると、風を纏った矢が次々と本陣に降り注いでいた。


「ここまで届くのかッ!?」


「ジィーダバ様、ここは危険ですッ! お退き下さいッ!」


 雨霰と降り注ぐ矢に兵士たちが貫かれる中、ジィーダバ伯爵は立ち上がると大音声で言い放った。


「攻めるは今ぞッ! 総員オズ城へ攻勢をかけろッ!」


 ここで退いては、城内のネルザス将軍が孤立してしまう。

 そう判断したジィーダバ伯爵は突攻することを選んだ。


「わしに続けッ! 今一歩で城は落ちるぞッ!」

「危険ですッ! お戻りを!」


 近習の制止も聞かずジィーダバ伯爵は全軍を鼓舞すると自ら先頭に立って突撃を開始した。それを見た近習たちも覚悟を決める。


「ええい! 俺たちも突っ込むぞッ! 触れを出せ!」


 アドに乗ったジィーダバ伯爵は燃える大手門を通り城内へと侵入する。

 その顔は鬼神の如き表情に染まっていた。


「(わしは総大将なのだッ!)」


※※※


 オズ城は防御に特化した防衛施設である。

 一応城下に街も存在するものの、その規模は小さい。

 一種の砦とも言えるかも知れない。


 城壁は幾つも存在し、城内は石垣や土塁で固められている

 本丸にたどり着くまでには多くの障害があるのだ。


「一気に攻めるぞッ! 敵に考える隙を与えるなッ!」


 大手門を突破したネルザス将軍が吠える。


 ネルザスたちが第2門に取りついた時、どこからともなく銃声が木霊する。

 その轟音にアドが驚いて何人もの兵士が振り落とされていた。

 そこへエルフの風魔法を使った矢が飛来する。


 あちこちから悲鳴が上がる中、ネルザス将軍は城門を攻撃しつつ弓兵には相手に負けじと矢を撃ち返させていた。矢の応酬が続く。


 ガーランドは高い魔力を持つエルフを中心に魔法兵団を組織していた。

 とは言え、エルフが使うのは精霊に働きかける精霊魔法である。

 精霊の中でも火精霊は扱いが難しく、炎による爆裂魔法を使える者は非常に少なかった。そこで出番なのがドワーフが作る銃であった。

 その名もガーランド銃と言い、連射も3発まで可能な新式銃であった。


 タッタッタッ!


 軽い3連の音が響く。

 隠れながら攻撃するガーランド軍に対して、遮蔽物がないジィーダバ伯爵軍は攻撃を受けて次々と兵士が倒れ伏していく。


 オズ城にいる兵力は五○○。しかしアウレア大公国にはない魔法の力と銃火器によって攻めきれないでいたのだ。


「くそくそくそがぁぁぁぁ!! 退けぃ! 一旦下がるぞッ!」


 こうして第2城門から離れたネルザス将軍は突撃してきたジィーダバ伯爵を合流し、なおも攻撃を仕掛けようとする彼を説得して城の外へと逃れたのであった。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年9月10日

  ラルノルド ジィーダバ伯爵軍本陣


「おのれ……飛び道具で戦うとは卑怯極まりないわ」


 ジィーダバ伯爵が勇ましいこと負け惜しみを言っているのをネルザス将軍が黙って聞いている。彼も野戦でなら負けるつもりはなかったが、ああも籠られては手の出し様がない。


「ガーランド銃は厄介ですな。あのように連射されると瞬く間に殲滅されてしまう」

「事変がなければ、今頃オズ城は我が手にあったものを……」


 ジィーダバ伯爵の表情は悔しそうだ。

 事実、事変が起こった頃、彼は軍を率いてオズ城を攻め立てていた。

 凄まじいまでの猛攻にさらされていたガーランド兵たちは落城は必至だと覚悟したに違いない。

 そこへ飛び込んできたのがホラリフェオ横死の報である。

 ジィーダバ伯爵は茫然自失となり、撤退した。


 それがあだとなった。

 改めてオズ城を攻めた時、それは起こった。

 タッタッタッと言う軽快な音と共に兵士たちがバタバタと倒れ伏していくのだ。

 それがガーランド銃と言う最新式の銃だと言うことが判明するまで、兵士の間では死の足音と呼ばれて恐れられたものである。


 あの時、落としておけばと誰もが思っていた。

 最初は配備された数こそ少なかったが、それは十二分じゅうにぶんに効果を発揮した。それこそ、出した被害は目も覆いたくなるほどのものであった。


「閣下、あの城は落とせませぬ。ここには抑えを置いて侵入したガーランド軍を叩きましょうぞ。ラッセル将軍と示し合わせて、前後から挟み撃ちにすれば勝負は決します」

「仕方あるまい。ここはロンネルに任せる。わしとネルザスは入り込んだ賊徒共を叩く。頼んだぞ」

「はッ!」


「我が『鉄騎騎士団スティール・オーダー』で蹴散らしてくれるわッ!」


 ジィーダバ伯爵は三○○○の兵をまとめると領都ラル方面へと退却していった。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年9月10日 夜

  ラルノルド オズ城


「報告! 敵軍は備えを置いて兵を退いた模様であります!」


「分かった。ご苦労。やはり蛮族は野蛮だから蛮族と言うんだな」

「そりゃそうだ。あいつらが今まで野蛮じゃなかったことなんてないだろうがよ」


 オズ城の守将であるエラルダ将軍の言葉に、寄騎よりきのドレッドが吠える。

 エラルダは薄い緑がかった長髪のハイエルフの女、ドレッドは筋骨隆々とした髭面のドワーフで男である。


「歴史のある国だと聞くんだけどなぁ……人間は皆なのか?」

「いや、ちげぇだろ! 人間だったらガーレ帝國人の方がナンボかマシだぜ!」

「うるせーな。外まで聞こえるぞドレッド。もう攻めてこねぇから兵たちを早めに休ませっぞ」


 そう言いながら城の最上階に酒を持って現れたのは獣人のバースである。

 体中がモフモフの毛に覆われており、狼のような容姿だ。

 軽装鎧に身を包み座り込んだ。

 3人が車座になっている感じである。


「あー休める時に休ませとけ。っておめぇも呑む気で来たんじゃねぇか!」

「なーんかアウレア兵は手応えなくってなぁ、あんまり疲れた気がしねーのよ」

「そりゃ装備からして違うからね。兵器開発の人たちに感謝しなさい」


 エラルダも余裕があるのはガーランド銃があるお陰だと思っている。

 ハイエルフの魔法もあるにはあるが、その威力は圧倒的に銃の方が上だ。


「で? 人間が何だって?」


 持参した酒を手酌でりながらバースが問うた。


「人間……? ああ、アウレア人は野蛮だな~って話よ」

「そーいやまともな人間ってあんまり見ねーな。確かヘルシア半島の国も差別的だって聞いたわ」


 バースは催促してきたドレッドに酒を注いでいる。


「ガーランドに住む人間はまともじゃねぇか?」

「そらそうよ。あの人たちは人間より亜人が好きなんでしょ? そう言う趣味趣向ってヤツ? まぁ私たちからすれば上手くやれればいいじゃないの」


 エラルダの指摘はかねがね正しい。

 所謂いわゆる、ケモナーが多いのも事実である。


「つか何であいつらガーランドに固執してんだ?」

「むかーし昔、アウレア大公国が成立する前からり合ってんだから固執するでしょうよ。その頃はガーランドじゃなかったけれど」


 ハイエルフである彼女はもう結構なお年永遠の17歳である。

 それなりに歴史に関しては詳しいうるさいのだ


「レーベテイン王国時代にとある宗教が流行ったのよね。確かベヒムス教だったかしら。そいつらの教義が人間至上主義だったのよ。アウレア大公国が独立した時にも影響下にあってね。でも今はそんなこと誰も覚えてなさそう」

「あーあるわー。きっかけが何か忘れられたまま、確執と因縁のみが残るパターン」


 ドレッドはカップの酒を一気呑みをして、こんなんじゃ酔えねぇよとばかりに酒瓶をひったくる。バースもドレッドに負けじと酒を呷りながらも同意の声を上げる。


「そんな感じで悪感情だけが肥大しちゃったのかも。ま、歴史ってそんなものよね」


「戦いはいつまで続くんだろうな」

「それなー」


 酔っ払い共の夜は更けていく。

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