第23話 おっさん、檄を飛ばす

 ■中央ゴレムス暦1582年6月25日

  サナディア領 ウェダ


 無事にサナディア領へと帰還したおっさんはすぐに情報を集めた後、檄文を作成し、各地の有力者に送りつけた。


 内容は以下の通りである。


『アウレア大公国の貴族諸侯に告ぐ。


 先日、大公ホラリフェオ・エクス・アウレアウス陛下と、ご嫡男のロスタト・エクス・アウレアウス殿下が横死された。

 戦争での名誉の戦死などではない。

 卑怯にも不意打ちの奇襲によりその命は散らされた。


 敵の首謀者はネスタト領主のオゥル伯爵である。


 彼奴きゃつは大公陛下をイーグ狩に誘い出し、親大公派の貴族共々殺戮の限りを尽くした。何故か? それは正面から戦っても勝てないからだ。

 しかも臆病風に吹かれたオゥルはアウレア大公国に敵国バルト王国の兵を招き入れ、鬼哭関きこくかんを陥落させたばかりかアウレアス城までも落とした。

 何から何まで他力本願なオゥルは卑怯で卑劣であり何1つとして自力で為すことができない。必死で敗戦後の大公国を強国にすべく粉骨砕身していたホラリフェオ陛下を自身の利益のためだけにあやめたのである。


 オゥルはヨハネス伯爵家を継いだ元第2公子ネフェリタスを正当なアウレア大公国の大公だと喧伝しているがそれは大きな間違いである。ネフェリタスは公子ではない。自分勝手な都合で大公継承権を手中に収めるべく、ご嫡男のロスタト殿下を残虐な方法で処刑した。その方法は人間の肉体を少しずつ切り落とし、長時間にわたり激しい苦痛を与えて死に至らすと言うもの――グレイシン帝國に伝わる凌遅刑である。


 これのどこに正義があると言うのか?

 国家のため、ひいては誇りある公国民の名誉のために彼奴らは全て駆逐せねばならない。この歪みを正さんとする者、仇を討ちたい者、我こそはと思う者はすぐに武器を取れ! そしてサナディアへと集まるのだ!


 アルデ・ア・サナディア伯爵』


 おっさんは都合の悪いことは省いてただただオゥル卿らの不当を糾弾し、こちらの正当性を強調した。特にテラストラリス大陸へ行っている第3公子ホーネットのことなど一言も言及しない。


 情報が次々とおっさんの下に集まってくる。

 それと同時に人材や志願兵も集まって来た。


 おっさんはサナディア領の北で第1公女シルフィーナ、第2公女メッサーラ、第3公女ロッシーナを迎えた。大公妃のフランソアは3人の娘を逃がした後、落城と共に自害して果てた。立派な最期であったと言う。


 大義名分を得たおっさんは軍の再編成の時間がもったいないので、ドーガを隊長に先遣隊を派遣。虎の子の走竜騎兵五○○を投入した。本来はアウレア兵であるが、おっさんの意志に共感した彼らは、サナディア軍に編入されたのだ。

 続いてアド騎兵一○○○と軽歩兵一五○○をガイナスに任せて出立させる。

 これはアルデ将軍の名声と檄文に惹かれて士官を願い出た在野の将や兵士たちも交じっている。実は彼らが加わったことで、軍の規模がサナディア領の経済規模に見合わなくなり、経営を圧迫することになるだがこれは余談である。

 言ってしまえば、この一戦に勝てば良い話なのである。


 この時点でおっさんに味方する勢力は鬼哭関の守将を務めていたラムダーク・ド・テイン侯爵家、アウレア大公国の南の湖一帯を治めるノーランドのガラハド、その他アウレア平原で当主を殺された貴族たちである。ちなみにテイン家当主のラムダークはオゥルに捕らえられているらしいので救出の協力要請があった。


 カノッサスのレーベ侯爵は様子を見ているらしく中立を保っている。

 ここだけではなく、オゥル卿らに根回しを受けていると思われる貴族諸侯たちの中にも日和見を決め込んでいる者たちがいてそれが意外と多い。恐らくおっさんに味方する者が予想以上に多く、これはオゥル卿たちにとっても想定外であったと思われる。


 その他、おっさん、と言うよりアルデ将軍の対抗勢力であるジィーダバ伯爵家、ニワード子爵家はそれぞれガーランド、バルト王国の山岳地帯の勢力と睨み合って身動きが取れないようだ。


 おっさんがオゥル軍とネフェリタス率いるヨハネス軍、そしてバルト王国軍を破れば、アウレアの一大勢力へのし上がるだろう。


 ちなみに、ガーランドはバルト王国より更に北東に位置する国家で僅かながら国境を面している。覇権国家ではないが、アウレアを危険視しているらしく、その抑えとしてジィーダバ伯爵家が当たっている。

 ニワード子爵家はカノッスの西にあり山岳地帯と接しており度々たびたび山越えしてくるバルド王国軍と衝突している。


 しくも最初の衝突は、オーグ狩を行っていたアウレア平原で起こった。


 運命の歯車が回り始める。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年6月27日

  アウレア アウレアス城


 エストレア事変後にバルト王国軍によって陥落させられたアウレアス城にはオゥル伯爵の女婿じょせいであるイムカ将軍が八○○の兵を率いて占領し、城下街の治安維持に当たっていた。アウレアにはその他にバルト王国軍一二○○も駐屯している。


 エストレア事変でホラリフェオが死んだことを知ったアウレアス城の家臣たちの意見は見事に割れた。城に籠る兵士が近衛隊三○○だけだったこともあり、文官を中心とする降伏派と仇を討つべきだと主張する武官たちの抗戦派の対立は降伏派が徐々に勢いを強めたが、結局話し合いでは解決に至らず、城から逃亡する者や寝返る者が続出した。最終的には近衛隊の中でも意見が別れ、二○○が城を枕に討ち死に、およそ一○○が辛うじて脱出した。


「何の騒ぎだ? 女のようだが」


 そう警備兵に聞いたのはイムカ将軍であった。

 たまたま地下牢に捕らえていたアウレア貴族に会っていたところ、女のがなり声

が聞こえてきたのだ。とても女の出す声には思えなかったが、警備兵に詳細を聞き興味を持ったのである。


「街で兵士に盾突いた女がいたとのことです。アウレアの者ではないらしく……」


 イムカはすぐさま、その女の下へ案内させた。

 そこには困り顔で女を宥める警備兵が何人も集まっていた。

 まだ若く、美しい金髪にエメラルドグリーンの瞳を持った見目麗しい少女であった。しかしその口から飛び出す言葉はその姿とはマッチしていない。


「だからあたしはアウレアの国民じゃないって言ってんでしょーがよ! 他国民よ他国民ッ! セグウェイってヤツを呼びなさいよッ! あたしに手を出してただで済むと思ってんでしょーねぇ! オラッ! そこの××な顔をした野郎! お前だ×××! ××××××ッ!」


 とても聞くに堪えない言葉が聞こえてくる。

 見た目とは裏腹に大した性格をしているようだ。


「ご苦労。大変なようだな」


「大変っておま――しょ、将軍!? 失礼しました!」

「いや、構わん。誰だそいつは?」


 警備兵たちは一様に疲れた顔をしている。

 相手をするだけでも大変なのが窺えると言うものだ。


「それが……街で壁に挟まっていたと報告が……。しかも昼間から酒を呑んでいたらしく暴れました挙句、捕らえようとした警備兵に暴言を吐き、殺害したとのことでして……何とか説得に応じたところを縛り上げて牢にぶち込んだそうです」

「壁に? 暴れた? とんでもない女だな。将来が楽しみと言うかなんと言うか」

「楽しみとは……」


 イムカの言葉にツッコミ掛ける警備兵の言葉を遮ったのはその少女あばれるさんであった。


「聞いてんのかオラァ! あたしはトルナド都市長の娘よッ! あたしに手を出してレストリームが黙っていると思わないことねッ!」


 レストリーム都市国家連合はアウレア大公国の南西に位置する都市が集まってできた国家である。アウレアとは同盟国のはずである。


「ゲスだな(セグウェイの報告にあった女か)」

「はい」

「おいそこッ! 聞こえてんぞ! はいじゃねーんだよ!」


 全く物怖じしない小娘にイムカが近づく。

 警備兵に止められるが、そのまま牢の中で胡坐をかいている不遜な少女に問い掛ける。大体のことはセグウェイから聞いてはいたイムカであったが確認がてら質問してみることにしたのだ。


「お前はレストリームの国民なのか?」

「聞いてたんでしょーがよ! それよりあたしはゲスじゃないッ!」

「どこの都市だ?」

「聞きなさいよ!」

「どこの都市だと聞いている」


 警備兵とは明らかに違うイムカから発せられる威圧感に気圧されたのか、少女は少しひるんだ様子で答えた。


「……トルナドよ」

「トルナド都市長の娘が何故アウレアにいる?」

「どこにいようがあたしの勝手でしょ!」

「どうしてアウレアにいる?」


 少しも動じないイムカが同じ質問する度にビクッと体を震わせるが、少女は少女で虚勢を張ったように大声で怒鳴り返す。


「か、観光よ観光! 何よ文句あんの?」

「そうか、観光か。で、名前は何と言うのだ?」

「……」


 そっぽを向いた少女の代わりに警備兵が慌てて答える。


「レ、レガシー・カポネです」


 イムカの眼光が鋭くなる。

 そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべると後ろに控えていた側近に伝えた。


「セグウェイはお手柄だな。これは使えるかも知れん。義父上ちちうえに連絡だ」

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