第95話帝国へ(帝国に到着3)

「ノワール、私の前を歩いて道案内をして下さる?」

「恐れ入りますが、道案内はジャイルがします故、私は公爵令嬢の側に控えます」

ノワールは軽く微笑むと、変わらず私の少し後ろに付き、ジャイルと呼んだ若いメイドに合図をした。

だが、ジャイロも私の前には立たず、ノワール程では無いが、私の後ろに付いた。

「わかったわ」

ふん。

そんな子供だましの手に引っかからないわ。

私を前に歩かせて姑息な意地悪をしよう、という魂胆が見え見えよ。

背後からそこを右です、左です、と道案内と称して指示するつもりだろうが、宮殿内を知りもしない私が理解出来る訳が無い。

結果、その場所は入れませんよ、とか、ご理解頂けないのでしょうか、とか笑いながら小馬鹿にする気なのだ。

だいたいの貴族は偉そうに1番前を歩きたがるのよね。でも、これがまた貴族は、馬鹿にされる布石だと気づいていない。

ふん、残念ね。

このスティングは、あの王妃派とレインに散々虐められてきたのよ。

そんな手には乗らないわ。

「私の前を歩いてとお願いしたわよね、ノワール。あなた、説明が足りていないわよ。それとも、あなた方は、前と後ろの区別がつかないのかしら?」

ほら、思ってもいな事を言われ、少し驚いた顔になった。皆が微妙な空気で、ノワールを一瞬皆が見たが、ノワールの張り付いた頬笑みを見て、それで察したようた。

「申し訳ございません、ヴェンツェル公爵令嬢」

ジャイルがにっこりと笑うと、私の1歩前に出た。

「ありがとう。わかり易く説明をお願いするわ。私は帝国宮殿に足を踏み入れたのは始めてなのです。それを踏まえてお願い致します」

ふんわりと甘めの声で、あえて、分かり易くお願いね、と念を押すと、ひくりと頬が上がり、またジャイルはノワールを見た。

「ヴェンツェル公爵令嬢は、皇太子と皇女と親しいとお聞きしました。いつもどの様な話をされているのですか?」

ノワールが声を掛けてきた。

フィーとカレンに田舎臭い話をして、珍しく気に入られたのでしょう、と言いう、お情け的な感情が聞こえた。

流れを変える気だ。

ジャイルは逃げるように顔を背け歩き出した。

「他愛のない事ばかりです。たまにカレン皇女が楽しんで下さる悪戯等をしているのです」

国の事は言いません。どこで揚げ足取られるか分からないもの。

「それは、興味深いですね。どの様な悪戯ですか?」

悪戯内容で、私を知能指数を知ろうとしているか、性格の悪さを確認しようとしているか、どちらにしても馬鹿にしている。

「カレン皇女様がお好きそうな悪戯ですわ。私よりも、ノワールの方が詳しいでしょう?私よりも付き合いが長そうだから」

「私は、差程長くはありません。是非話を聞きたいですわ」

よく言うわ。

他のメイド達がのノワールに対する態度にしても、すれ違う人達もノワールに必ず視線を向け、軽く会釈する。

「そうかしら?ノワールしか話をしないからそうかと思ったわ」

どこの世界も、立場が上の人間が初めに口を開く。暗黙の了解だ。

「この中では年長だからでございます」

ノワールは穏やかに微笑みながら答えた。

そこで切るか。

年長とは、歳のことか、それとも宮殿での勤続年数なのか曖昧で終わらせたか。

ふーん。

つまり、あえて私に突っ込んでこい、と言う事ね。

そうして、単純に突っ込んで聞いたら、ノワールの思う壺だ。

浅はかな考え

「それは良い事よ。年長者は色々な知識と経験を持ち、出し惜しみをしない事が信頼を得られるわ。実際ノワールが話をしても誰も反論も返事もしないという事は、ノワールは信頼されてるのね。だから、周りの方々から1目置かれた態度を取られているのでしょう?ですから、あなたの年長というのは、どちらの年長なのでしょう?」

残念ながら突っ込みませんし、逆に突っ込んであげた。

歳だけで、誰も従わないわ。ましてやここは帝国の要塞。

何処よりも、上下関係は厳しい筈だわ。ギスギスした感じは見えないから、ある程度親しくしているのか、上手く手網を握っているのか、どちらにしても、ノワールは並の召使いの立場では無い。

「・・・恐れ入ります」

軽く目を伏せ、感情が分からない曖昧な返事で、言葉を詰まらていた。

居心地悪いな。明らかに良く思われてない。

「噂でお聞きしましたが、帝国に入る前に従者達襲われた為、お1人で参ったと聞きました」

また、話を変えてきた。

噂、か。

「ヴェンツェル公爵令嬢がご無事で何よりです」

ノワールのその一言で、すう、と血の気が引いた。

「噂、という割にはよく存知ですね」

パンと扇子を閉める。

己が思っていた以上に音が響いた。

内情を知りもしないで、簡単に口にしないで。誰もが悲劇のヒロインのように扱われて喜ぶと思ったら大間違いだ。

自分の声が優しくなくも、上から踏みつける様な威圧を与えているのがわかったが、

感情を抑えられない。

「そもそも皇宮で働くあなた方が噂を信じて宜しいはずがありません。かなり信憑性のある話でなければ、口に出さない。それもと、帝国では、軽々しく噂を広め、あることない事を広げて楽しまれるのですか?」

やんやりと、それでいて射抜くうにノワールを見た瞬間、息が飲むのが周りから聞こえ、足が止まった。

ノワールは青ざめたが、そこは帝国のメイドだ。直ぐに穏やかな顔になり、私の2歩前に行き、頭を下げた。次の瞬間他のメイド達も足を止め、頭を下げた。

「申し訳ありません。言葉が違っておりました。噂ではなく、宰相様より報告を受け、ヴェンツェル公爵令嬢は心身ともに心労がおありでしょうから、気遣いをするよう言いつけられておりして、つい、噂、と曖昧な言葉で誤魔化そうしておりました」

「お気遣い感謝致します。ただ、私の従者に関しての惨状を、ターニャよりお聞きになってから、もう一度触れてください」

「分かりました」

「今、分かりました、と返事しましね」

「は、はい?」

私の確認の意図がわからずノワールは、怪訝に眉を寄せた。

「では、お待ちしております。1つ忠告しておきます。下手に返事はしない方が懸命ですよ。よくよく思案し、返事をなさいませ。また、宰相様の言葉とは言え、全てを鵜呑みにし安易に口するのもどうかと思います。あなたの頭の中身はその程度なのですね」

触れれるものなら触れてみなさいよ。何でもかんでも、報告と、噂だけの曖昧なもので、この感情を、片付けさせない。

ギリっ、と睨んだ。

「そ、それは・・・」

私の顔を恐ろしそうに見ながら、先程の落ち着いた顔ではなく、酷く狼狽えていた。

「案内して下さい」

言葉に隠れた意味を計算し話をしなければ、自分の言葉に足を引っ張られる。

噂話は特にそうだ。

「は、はい」

私の顔が不機嫌に変わったのをノワールは、何度も私の顔を伺うように見た。

だが、それ以上誰も無駄に言葉を発しなかった。

ジャイルは、丁寧に道案内をしてくれ、宮殿に来ている方々をすれ違う前に、何処の国の誰なのかも説明してくれた。

おかげで丁寧に挨拶出来、言葉も交わせる方もいた。

庭園は確かに美しく、綺麗で広大だった。

フィーとカレンが遊んだという遊具も見たが、ざわついてしまった心は落ち着かず、楽しめる気持ちにはならなかった。

クルリ、

リューナイト。

お願いだから、生きていて。

燃え尽きた馬車が脳裏にうかび、とても辛い気持ちになった。

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