第3話帝国の2人と帰ります
深く息を吸い込んで、背筋を正す。
それはもう、体に染みついた癖だった。姿勢が乱れることは、心が乱れている証拠だ
私は静かに踵を返した。
その瞬間、教室に残ってる生徒の空気がわずかに動いた。
ああ、またか、という沈んだ気配と視線が、私の背中を撫でていく。
同情と、侮蔑。
わかっている。
殿下の態度に、いちいち取り乱すようでは、私の器が知れる。
私の努力が足りないのだわ。
殿下をこんなふうに見せてしまったのも、私の至らなさのせい。
きっと、
説明も、
気持ちも、
足りていない。
そうよ、レインの性格は昔から変わらないのだから、私の方がもっと上手く立ち回るべきだった。
私は、スティング・ヴェンツェル。
ヴェンツェル公爵家の令嬢であり、セクト王国第1王子、ガナッシュ殿下の正式な婚約者。
乳母の孫に怯えるなんて、愚かだわ。
馬鹿、だわ。
本当に、私ってば小さい人間だわ。
そう自分に言い聞かせながら、胸の奥に湧き上がる小さな惨めさを、必死に押し殺す。
帰ろう・・・なんだか疲れたわ。
大きな溜め息が喉元までこみ上げたが、それも飲み込んで、足を踏み出す。
だが、不意に。
ガン、と音を立てて、誰かの机に膝がぶつかった。
落ちた引き出しから、教科書や文房具が床に散らばった。
膝を折り、無言で拾い始める。
もう、ついてないなぁ。
ただそれだけのことが、なぜこんなにも心に刺さるのか。
「はい」
「どうぞ」
並んだ声が、すっと耳に届く。
顔を上げると、教科書を拾って私に渡してくれた。
「恐れ入ります。フィー皇子様、カレン皇女様」
ふたつの金色の瞳、ふたつの黒い瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
今年、ログリーニ帝国から留学に来た、双子の皇族だ。
小等部から毎年一年毎に色々な国を留学、という名目で監視していると噂されている。
彼らがこの国を訪れた意味、その背景は、誰よりも私たち公爵家が敏感に察していた。
表向きは友好。
だがその実、睨みを利かせるような圧力。
この小国に何があるというのかと、父も他の公爵たちも警戒していた。
運良く同年代で近くにいるのだから、帝国の動きを探らねばならないのに、私は殿下のことで頭がいっぱいだった。
本当なら、もっと気を配るべき存在なのだ。
私は微笑みながら教科書を受け取り、静かに礼を述べてそれを机に戻した。
その時だった。
「一緒にお茶行こう!」
明るく響く声と共に、カレン皇女様が私の腕をがしっと掴んだ。
「・・・は・・・い・・・?」
言葉が口を滑る。理解が追いつかない。
「今、はいって言ったよね、フィー!」
カレン皇女様が振り返り、隣に立つフィー皇子様にそう言う。
「言ったというより、驚いて漏れただけだろう? 無理やりこじつけてると思うがな」
ため息まじりの言葉と共に、フィー皇子様はカレン皇女様の鞄と、私の鞄を肩にかけた。
「スティング様、お茶。お茶行くよね!」
ずいと腕を掴んだまま、キツめの黒目と、威圧的な顔で私の顔に近づけてきた。
その距離と熱量に、私は思わずたじろいだ。
「・・・行きます」
逃げ場のない空気に、そう答えるしかなかった。
「よし!今度はちゃんと返事してくれた。さあ、いくよ。フィー、私たちの鞄持ってね」
「持ってるよ。ごめんな、スティング様」
「いいえ。構いません」
どうして私と?
という疑問は消えない。
けれど、腕から今度は手になった。引かれて歩くうちに、先ほどまで心を覆っていた灰色の気配が、すっと薄れていく。
カレン皇女様の手は思ったより温かくて、しっかりと私を掴んでいて。
その感触が、不思議と心を落ち着かせた。
自分の迎えの馭者には、お二人に送ってもらうと告げて屋敷に先に帰ってもらった。
お二人の乗ってこられた馬車は、外見は清楚な感じで煌びやかさはなかったが、内装はとても乗り心地よく、上質な作りだった。
馬車の中で、カレン皇女様は驚くほどとても気さくに声を掛けてこられ、話しやすそうな方だったが、軽率な態度も返事もするべきではないと、相槌だけ打った。
もしかしたら、試されているかもしれないもの。
フィー皇子様とカレン皇女様は双子ながら顔立ちは似ていても、雰囲気はまったく違っていた。
フィー皇子様は金色の髪に金色の瞳で、とても綺麗で優しい顔立ちだ。
カレン様は黒髪に黒い瞳の、キツめの綺麗な顔立ちだ。
説明的には似てないような感じに聞こえるだろうが、並ぶとよく似ていて、やはり双子だとよくわかった。
着いたところは、私もたまに行く貴族御用達の喫茶店だった。
学園の喫茶店にでも行くのかと思ったが、考えてみれば一度もその場所でお二人を見かけたことがない。
あえて外しているのかもしれない。
私もそうだが、学園の誰もが、教師さえも一線を置き、とくに親しい人がいなかったように思う。
当たり前か。
安易に声をかける方々ではないし、自分の一挙一動でこの国の不利になっては困る。
おのずと近寄り難い存在となり、距離を置く。
お互い今までそうだったが、恐らく私と殿下の間柄を可哀想に思ったのかもしれない。
殿下は憚りなくレインとあのように話し、私に対してもあの態度だ。
レインだけが違うクラスだが、さすがに二ヶ月も経てば、わかるわよね。
私だけでなく、陛下からも注意を受けているが、変わりはしない。
本当に、もう少し思慮深くなってくれたらいいのに、と思う。
いや、王妃様がもう少し注意して下されば、そう思うと、なんだか自分がますます惨めに思えた。
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