運命は変えられず

 血溜まりの中にオレは居た。黒竜の力を使おうとしたが、これ以上は使えなかった。これ以上使えば……ウィンディム王国の結界が外れてしまう。


 黒竜も光の鳥も具現化できないほど力を使ってしまい、今は眠っている。


 でもセイラの命と比べようもがない。彼女を抱きしめている手が……体が震える。オレはあの亡霊となんら変わりないのかもしれない。こうやって、目の前で愛する人が死ぬならたとえ世界中の人を敵に回したとしても救いたい……思わず、黒竜の力を使おうとした瞬間、ヨイチとアサヒが叫ぶ声が降ってきた。


「リヴィオ!セイラさんは僕らが治すから!」


「力を使うな!待てっ!」


 双子が慌てて、筆で文字を書き出す。白銀の狼の力はセイラの傷を塞いでいく。


「嫌な呪いも込められているけど……白銀の狼の力の前じゃなんてことはないよ!リヴィオ!落ち着いてよ!」


 ヨイチはオレがしようとしたことに気づいていた。思わず目を逸らした。


 黒龍の力をすべて使えば、魔物に馴染んでいないあの国は滅ぶ。例え魔物の数が少なくても……国土は荒れ、混乱が起き、民が死ぬ。 


 セイラの願いはそんなことではないとわかってる……頭ではオレもわかってる。きっと彼女なら……みんなを今まで出会ってきた人々を守って欲しいと言う。だけど……オレは……。


「とりあえず傷や呪いは治したけどな……駄目だな」


 アサヒが残酷な現実を伝える。腕の中にいるセイラは起きない。生きている気配がしない。


 パタパタと溢れる涙がセイラの上に落ちる。自分の涙だと気づいたのはだいぶ後のことだった。


 神様の力を使って治しても、無理だったという場合は本人がその時に死ぬ運命だったということだと……ヨイチとアサヒとシンヤがフェンディム王国で村や街を助けて行った時、嫌というほど無力感を味わってきた。


 だけど……まさかセイラにこんな運命が待ってるなんて思いもしなかった。


 寒々とした心をすり抜けていく感情を静かに感じていた。現実を受け入れ難い。ヨイチとアサヒもそれ以上、話すことがなかった。


 沈黙した場に現れたのはトーラディム王だった。


「……大丈夫か?お互い、代償は大きかったようだ」


 王が抱えているのはミラか?随分小さい体だった。意識が無く、ぐったりとしている。


「ど、どういうことなんだ!?さっきのお姉さんだよね!?子どもになってるの!?」


 アサヒが驚いている。


「よくわからないけど、力を使いすぎたんだろうと思うよ。とりあえずお互いの国へ帰ろう」


 光の鳥の王も力を使いすぎていて、疲労が隠せない。顔色が悪い。


「僕らが送るよ。力に余力があるのは僕らだからね」


 シュッと筆で転移魔法の文字を書いた。トーラディム王がありがとうと言う声と、同時に消えた。


「リヴィオ、僕らも一緒にウィンディム王国へ行くよ」


 ヨイチがそう言ってくれる。セイラのことがあるからだろう。……いや、オレの心配をしているのがわかる。


 双子はウィンディム王国の王宮へオレとセイラを送った。その判断は冷静なヨイチがしたようだった。オレは何も考えられなかった。血だらけの目を開けないセイラを眺めていただけだった。


「リヴィオ!?なんだその姿は……セイラさんはどうした!?……すぐ部屋を用意しろ!」


 宰相である父がオレたちの姿を見て、慌てたものの、すぐに周囲の者たちに指示を出している。女王陛下が慌ててやってきた。そっと目を開けないセイラの額に手を触れた。


「難儀なことが起こったようじゃの……」


 陛下の声も震えていた。


 ヨイチとアサヒが喋れないオレの変わりに起こったことの説明をしてくれる。


「リヴィオ……セイラさんを離して、こっちへこい。後は城の者に任せろ。おまえもだいぶ疲労しているように見える」


 嫌だ!セイラと離れたくない!と言うオレに父がリヴィオ!と怒る。……こんな風に怒鳴られたのは久しぶりだ。


「しっかりしろ!おまえがそんなことでどうするんだ!」


 父が叱咤するが、どうしようもない感情があふれる。


「オレはこんな結末を迎えたかったわけじゃない!それならいっそ……」

 

 いっそ………その先の言葉を言おうとして、止めた。オレもあの亡霊となんら代わりはない。こうしてセイラを失うくらいなら、魔物をこの世界に残して人が滅びても良かったんじゃないか?と思ってしまったのだ。


 だけど……オレはそんなこと思っては駄目だ。最期の瞬間にセイラは滅びの未来を望んではいなかった。


 彼女は未来を見ていた。


 カホの自分を見つけてと言っていた……オレは何度でも見つけると約束した。


 セイラの魂は今、どこにある?たった一人で暗闇を彷徨ってはいないだろうか?

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