亡霊の名と過去

 白い花が咲く庭にいた。どこの城だろう?羽ばたく音が頭上からして見上げると、機械仕掛けの鳥が何羽も飛んでいた。少しぎごちない羽ばたきの鳥を見送る。魔法と機械を組み合わせてある物だろう。


 ザアッと風が通り過ぎた。目が開けていられず、閉じる。


「やあ。久しぶりだね」


 目を開けると、明るく軽やかな声が聞こえた。声の方にはティーセットが並んだテーブルを囲む四人がいる。


「トーラディム王、何しに来た?」


 不機嫌そうに答えた人は、あの少年にそっくりだった。もしかして……ここは過去?少年の狂気じみた雰囲気はまだ無いが、横柄な態度はあまり変わらない。


「まあ!ガルディン、そんな口のきき方をしてはダメよ。失礼ですわ。トーラディム王、申し訳ありません……」


 そう嗜めるのは、透き通るような青い目に青みがかったブロンドの美女。どこか儚げな雰囲気を持ち、細身の妖精ような人で、声はまるで鈴のよう。


「なにをしに来たか、わかってるわよね?」


 挑発的に言うのは白銀の髪に藍色の目をしたミラ……ではなく、きっと彼女の前世であるルノールの民の長だろう。そしてトーラディム王は現在の陛下にそっくりで、まるで時間を越えてきたような不思議な感覚に襲われてしまう。


 あちらから私は見えない。神殿深部で見た時と同じ理屈なのだろう。過去に干渉はできない。


「魔導具を競うように作るのは止めろ。いずれ己の身を滅ぼすぞ。君の国の開発してるものが発動すると危険だと光の鳥が告げているんだ」


「私達が知らないと思ってるの?危険な物に手を出しているでしょ?」


 トーラディム王とルノールの長はガルディンにそう言う。困った顔をしてオロオロしているのは美女だった。ガルディンはフンと不敵に笑った。


「今、作ってる兵器は神様も恐れているのか?それは良いな……考えて見てくれ?不公平だろう?神様がいるトーラディム王国はいいさ!さらに化け物のルノールの長がついている!だが、こっちは必死で、食うか食われるかの戦をしている。我が国が魔導具の開発を止めたところで何が変わる?」


 化け物と言われたルノールの長は顔色1つ変えず、トーラディム王は彼の叫ぶような声を静かに聞いている。美しい女性は慰めるようにそっと少年の肩に手を置く。


「セレナの国だって……同盟をするために人質に差し出されて、僕と不本意だろうけど、婚約してる。トーラディム王国は戦に干渉せず、また参加もせず、腰抜けの王だと皆は言っているぞっ!」


「がルディン!おやめになってください。それに、わたくしは不本意なんて思ってませんわ!」


 セレナと呼ばれた美女が必死で止める。穏やかなお茶会かと思ったが、雰囲気は一触即発だった。少年の怒りはおさまらず、矛先はトーラディム王へと向いている。


「戦に参加して、止めればいいのか?トーラディム王国が入ると戦は止まると思っているのか?むしろ加熱していくだけだろう」


「神を宿せる者は余裕でいいよなぁ。攻められても、神様が守ってくれる。そこのルノールの長も守ってくれる。安全な居場所でふんぞり返っていられるなんて羨ましいよ」


 トーラディム王の落ち着いた返答に噛み付いていくガルディン。なにかに追い詰められ、焦りを感じる。


「取り憑かれてるわね。目を覚ましなさいよ。ガルディン、あなたの国が開発をしているものは危険すぎるのよ。世界を滅ぼすつもり?」


「じゃあ、変わりに化け物のルノールの長に、この国を守る兵器として、来てもらおうか?それが条件だ。君が代わりに戦ってくれれば良い」


 ルノールの長と呼ばれる彼女がガルディンへ言い返す前に、トーラディム王が立ち上がる。空色の目は燃えているように、怒りの色が滲む。


「化け物や兵器だなんて言うな!彼女は物じゃないし、普通の心を持っている人なんだ。彼女を兵器として使うためにトーラディム王国に置いてるんじゃない。君らのように利用しようとする者から守っているんだよ」


 トーラディム王の声は悲痛さすら帯びている。フッと場面が暗転した。暗い場所に私は立っていた。もう一人はトーラディム王。


 しかし対峙しているのはトーラディム王の姿をした……光の鳥を宿した彼だった。目の色が金色に変化し神秘的な雰囲気がある。


「こんな夢を見せたのは……あなた?」


「そうだ。気まぐれにこんなことをしてしまった。亡霊のことを教えたかった……あれを見よ」


 映像が流れる。セレナ!と叫ぶ声。婚約者の国であろうか?戦が起こり、燃えている。滅びる国の城の中に美しい姫のセレナが倒れている。その亡骸を抱きつつ、ガルディンが復讐してやると呪うように呟いていた。


 ……まさか。このせいで?と私が金の鳥を見ると表情が暗く沈んでいた。


「愛する人を失って、怒りと悲しみは深く、この後にガルディンは報復するため魔物の発生装置を発動させる」


 目を伏せる神様。悲しみや悔いのような感情を気のせいか感じられる。


「なぜ、彼は私を憎んでいるのかしら?」


「君が3つの神とルノールの長を繋げる役となっていて、魔物の発生装置を破壊しようとしてるからだろう。破壊されれば、あの亡霊の命も尽きる。つまり、あの彼は死ぬ。その前に彼は世界が壊れるのを……他の人間達が自分と同じように奪われる絶望感を見たいんだ」


「私はそんなたいしたことしていないんだけど。繋げるような役割とか特別なことは……」


 困った顔をしていたのが、可笑しかったのか、クスッと笑われた。


「いいや。している。トーラディム王国もフェンディム王国も君の国も……自分で言うのもなんどけど、君のしている温泉でおもてなしに惹きつけられて魅了されているんだよ。皆がこうして協力しあって、何かをするなんて、今までなかった。ましてや仲良く3つの神まで集う場なんてなかったよ……君は、なかなかたいしたものだ。君は今まで、1つの点だった国も神も人も繋いで同じ輪にし、きっとこの世界を変えていく」


 そう言って光の鳥は消えた。私は夢の中で一人、佇んだ。


 夢が本当に現実に起こったことなのか、ガルディンと呼ばれた亡霊に聞けばわかるだろう。きっとまたやってくる。

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