痛みを伴うこともある

 しわがれた声がした。ハッと私は振り返る。ギュッと右腕を掴まれる。悲鳴をあげそうになったが、よく見ると知っている顔であった。


「お父様?なぜここに!?」


 私の声はかすれて、小さい声しか発せられなかった。父はボロボロの服で伸びた髭をしていた。泥に汚れた足先は苦労した跡が見える。私の体が拒否感や恐怖心から固まってしまう。


 私が震えていることを察した父がニヤリと嫌な笑い方で私を見た。思わずリヴィオ助けて!と叫びかけたが、言葉を飲み込む。彼に助けてもらってばかりでは、ずっと私は父からの呪縛に囚われ続ける。ここで断ち切りたい。負けたくない。


「この街に変わった風呂ができたと聞いた。もしやと思って、待っていた」   


 灰色の目がギョロリと獲物をみつけた時のような眼差しで、私を見た。暑いのにゾッとするような寒気がした。


「こいつがセイラさんの……父さん?その手を離せよ!」


 アサヒがそう言って、ピクリと鼻を動かす。ヨイチもジリッと近寄ってくる。二人の警戒心が強くなり、ざわりとこの場の空気か動きだしたと思った時、空から降りてきたものがいた。


「感じたことのある嫌な気配だと思ったら、おまえか!久しいな!図々しく、よく自分から現れる事ができたものだな」


『ワンタロー!!』


 現れた白銀の狼にアサヒとヨイチが同時に名を呼んだ。その瞬間、父は私の腕を引っ張り、後ろから抑え込むように抱きついてきた。グッと喉を抑えられる。どこからか銀色に光るナイフを出してきた。私は怖さで、声が出せなくなった。体は震えているままだ。


「以前見た時より随分、小さく貧弱な姿になってしまってるが、まさか白銀の狼か!?」


 ワオオオオオーーーンと遠吠えして、白銀の狼は父を睨みつける。貧弱と言われようが、狼の威圧感は十分ある。その恐ろしさに父は気づき、行動に移した。


「動くな!こいつを傷つけるぞ!……フン。ちょうどいい所に、まさか神が来るとはな」


 ナイフが首に当てられている。私は動揺し、人質のようになっている。だが、呼吸を整えて、気持ちを必死に立て直す。恐れるな。どんなに父が苦手であろうとも、私の方が力はあるのだから。小さい頃のセイラではないと、自分に言い聞かせる。暑さのせいばかりではない、嫌な汗が滴り落ちていく。


「セイラさん!おまえ、僕たちを敵に回す気なの?」


「なんで自分の娘を人質にできるんだよ!?」


 ヨイチとアサヒ、白銀の狼の怒りの力がこの場に満ちてゆく。双子が甚平の袖に手を入れて、筆を出す。戦闘態勢。


「噛みちぎるぞ!長い苦しみを忘れてはおらぬぞ!」


 白銀の狼が一歩前へ出ると、父は私を抱えたまま、後ろへ後ずさった。


「神は王家の物だ!力をものにしようとして、何が悪い?それがこの国のためにもなったのに、おまえは力を貸さずに眠りに入り、国を滅ぼした!いいか?このわたしに力を寄越せ!白銀の狼の力が手に入らないならセイラの力でもいい!」


 そう狂ったように叫ぶ父。痛みがあり、自分の首を見ると、じわりと血がにじんでいた。気づくと少し刃が食い込んでいる。


 このナイフ、ただのナイフじゃない?魔導具の類だ。私の魔力が吸い取られている。少しずつ傷口から魔力をナイフに奪われていっていることを感じた。


 父は魔力を欲し、ここに待ち伏せしていたのだ。私の力を奪おうとしたが、白銀の狼の出現で、狙いを神へと変えたようだ。


「まったく……ワンタローが物だっていう考え方が、まず違うよね」


「神様を尊重しないとダメだろー!」


「おい?ヨイチ、アサヒ!おまえらもそんなに敬ってはおらんだろう!?」


 ……しかし、この三人はなんの掛け合いしてるんだろう?気の抜けるやりとりに私の緊張感と恐怖心を一瞬忘れた。ふと、私は自分の体が動くことに気づいた。


「お父様、離してください」


 私は警告する。逆に首のナイフにグッと力が籠もった。


「おまえが役立つことなんて、このくらいしかないだろう?大人しくしてろ!おい!さっさと白銀の狼の力をわたしに寄越せ!それとも無理やり奪われたいか!?」


 そう言って、血のついたナイフを父が白銀の狼に向けた瞬間、私はグッと腕を掴む。足をパンッと払いをかけ、背負投げをし、勢いよく放り投げた!地面に体を叩きつけられた父はグエッと声をあげる。


『えええええ!?』


 アサヒ、ヨイチ、ワンタローの声がハモる。首の血を拭って、私は睨みつける。


「警告はしたわよ。お父様に白銀の狼の力は相応しくないわ」 


 発した声は少し震えてしまったが、父の呪縛を自分から解き放ち、何かを乗り越えたような……そんな気がした。


「助けようと思ったのになー」


 ヨイチが少し残念そうに言う。


「まさか、投げ飛ばすとはな。力を使えばいいだろうが!?」


 ワンタローがドン引きしている。つい、こっちのほうが早いと思って、物理攻撃をしてしまった。


 アサヒがヒュッと筆で『治癒』と書いて私の傷を癒やす。


「アサヒ、ありがとう」


 どういたしましてとニコッとアサヒが無邪気に笑う。


「ま、まさか!?白銀の狼の守護者とは、その子ども達なのか!?」


 地面から起き上がれないままの父がその態勢のまま、アサヒの力を見て、驚いている。


「そうだよ。セイラさんを傷つけた代償は払ってもらうし、ワンタローに酷いことしたのも許せないな」

  

 ヨイチは返事をし、筆でスッと線を書き出す。ワンタローが待て!と言うと、父を口で咥えた。ヒィッと悲鳴があがる。


「我に任せよ」


 そう言うと、空を駆けていき、消えた。どこへ……!?


「王都のあったところへワンタローは行ったんだと思うな」


「ワンタローは長く閉じ込められていたから、その精算をしにいったんだろう。どうする?セイラさんが父さんを助けたいの思うのなら連れて行くよ?」

 

 ヨイチとアサヒが私の反応を待つ。私は首を横に振った。


「あまり良い父ではないの。白銀の狼の裁きに任せるわ」


 地面に落ちた血がついたナイフを拾いながら、私はそう言った。父は私への憎しみが強すぎる。力の喪失感は父を狂人にしている。もともとは守護者になれるくらいの魔力を持っていたのだから、気持ちも分からなくないが……それが憎しみや嫉妬に変えられてしまっていた。


「セイラさんの様子からわかったよ」


「親は選べないもんなー」


 そうポツリとヨイチとアサヒは呟いた。ふと、彼らが帰りたくないと言うのは、育った環境になにかあるのかもしれないと思ったが、二人が口にしないことなのだから、言いたくないのだろうと、聞かないことにした。


 それにしても、このナイフを父はどこで手に入れたのだろうか?魔導具の中でも、なかなか貴重な物だと思う。力を欲していたからといって、簡単に手に入れられる物ではない。私はハンカチに包み込むと持ち帰ることにした。


 ナシュレに帰り、『なんだその血はーーーっ!?』と、服と手についた血を綺麗にし忘れていた私を見て、大騒ぎしていたリヴィオだった。父の話をすると、なんとも言えない顔をした彼は少し泣きそうだった。

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