銭湯のお客に紛れる黒い影

 ヨイチとアサヒが銭湯の入口に立って、もうこれは日本!日本じゃないか!?と騒ぐ。


「ありがとうセイラさん!」


 ダダダダとタオルを片手にアサヒが風呂場へ走っていく。滑らないようにねー!と私は後ろから声をかけるが、聞こえているのかな?


「街の人達も絶対に喜ぶと思うよ」


 ヨイチも嬉しい顔をして、ゆっくりと歩いて行った。


 彼らにここに作ってくれと頼まれた街に銭湯を作った。造りが独特な街だった。下からいくつも歯車のように建物が積み重なっていて、坂道や階段が多い上に、複雑に道が入り組んだ街だ。階段や坂を登ったり降りたりすることが大変なので、エレベーターを各所につけた。


「いやー、これは楽でいいですなー。エレベーターというもの、良い発明ですなー。歳をとったら、足が痛いので、ありがたい」


 カエルのような顔をしたおじさんが銭湯の中へ入っていく。


「暑いけど汗を流して、さっぱりしたいときはお風呂がいいわよねー!」


 可愛い女の子や家族連れ達がキャッキャとやってきた。常夏の国に温泉とかどうかな?と思ったが、好評のようだ。


「アイスクリームだって〜!冷たくて美味しそう。お風呂上がりに食べてみたーい!」


「いいわよー。美味しそうね!」


 アイスクリームの自動販売機の前では子どもと母の微笑ましい、やりとりが行われている。


 リヴィオがオレも行ってきていいか!?とサウナをみつけて、ソワソワしていたので、私は笑った。


「行ってくるといいわ。ここの銭湯はタイル画をしてみたのよ。ヨイチとアサヒが描いたのよ。とても素敵なのよ」


 オッケー!わかった、見てくる!と慌ただしく銭湯の暖簾をくぐって行ってしまうリヴィオ。


 タイル画は『さくら』という文字がグニャリと動いて変化し、咲き誇る桜の木々が浮かび上がる。時折ふわりと花びらを散らす。招き猫と書かれた文字はおいでおいでと手を動かす猫と化す。緑の山々が見える。文字の変化から動きのある壁の絵が本当に素敵なので、ウィンダム王国の旅館にも書いてほしいなと思っているところだ。


 動く文字の具現化なんて素敵すぎる!ヨイチとアサヒの能力は文字を使って力を発動させている。それを利用した書を売ってるらしいが、これは欲しくなる。


 お風呂上がりの自動販売機はかなり大盛況だった!冷たいレモン水、お茶、果実ジュース、シュワシュワの炭酸水、アイスクリーム。楽しそうにお金をチャリンと入れてボタンを押して出てくると「すごい!魔法!?」「もう一回ボタンを押したくなる」などと言って、買っていっている。


 私が入口にいると、スタスタと背の低い少年が入っていく。


「お客様ー!すみません、銭湯チケットは………?」


 振り返った少年はアサヒやヨイチと同じくらいの年齢で、浅黒い肌に長い黒髪を一つに束ね、青い宝石のついた髪留めでとめていた。


「あるよ」


「お家の方は?一人で来たの?」


 私が尋ねると、フッと鼻で笑われた。


「はい。チケット。一人で来たんだよ。悪い?」


「悪くはないわ。気をつけてお風呂に入ってね」


 私のことを横目で小馬鹿にするように見てから、さっさと中へ入っていった。……私、なんだか余計なことを聞いたり言ったりしたのかしら。


 インド人のまるでマハラージャ……王様のような独特な雰囲気と気品のある顔立ちをした綺麗な少年に軽くあしらわれてしまった。


 外見の姿イコール年齢ではないことがこの世界ではあるから、気をつけないとダメね。魔力の高い者は時々成長が止まる人がいる。


 子ども扱いしてはいけない時があるわね。と、反省した。しばらくして、リヴィオとアサヒとヨイチが揃って、お風呂から出てきた。


「あっ!リヴィオ、お風呂の中に浅黒い肌をした可愛い少年はいなかった?一人で来たらしいんたけど……」


「浅黒い肌?そんなやついたか?」


 リヴィオがヨイチとアサヒに尋ねると、二人とも首を横に振った。


「見ませんでしたよ」


「いなかったよな」


 そんなはずは……女湯?私はそっとお風呂場を確認しに行った。しかし本当にいなかった。


「確かに、チケットもらったし、見送ったのだけど……」


 私が頬に手を当てて困ってるとアサヒがアハハっと笑い、からかうように言う。


「セイラさん、幽霊でも見たんじゃないのかー?」


 幽霊?そんなはず……と言いかけて、私は思い出した。光の鳥の神は言っていた。


 私に亡霊が会いに来るだろうと。まさか?あの少年が?そんなわけないわよね。きっと帰っていくのを見逃したのだと、そう自分に言い聞かせた。

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