刻まれた記憶

 大神官長様はとてつもなく嫌な顔をした。それでも神殿の深部……地下へと案内してくれる。トーラディム王が見てみたらいいと言った魔物が生まれた時代に関する記録があるという。


「本来ならばトーラディム王国の者だって立ち入り禁止区域なんですよ。あなた達、破格の扱いですよ!でも……見ないほうがいいとは思います。ムナクソ悪いです」


 そう大神官長様は止めるが、リヴィオの意思は固い。


「いいんだ。見せてくれ。トーラディム王は記録を見て諦めろというつもりじゃないこともわかる。……迷ってんだろ?」


 大神官長様はリヴィオを見て、目を丸くした。


「ご明察ですよ。そうです。彼もまた魔物の発生を止められるものなら、止めたい。できるならば犠牲を出さずに止めたいんですよ。その方法を探しているのです」


 そう言いながら人気のない地下へと入ってきた。シンと静まり、薄暗い内部は神聖さがある。


「このドアを開けたら始まります」


 一枚のドアには細かい魔法文字が書かれている。青い石がはめ込まれていて、大神官長が触れると薄っすらと光る。


「このドアの発動に必要なのは私やミラの魔力で、誰しもが開けられるわけではありません」


「どうしてですか?」


 私の問いにフワリと笑って流す大神官長様。答えてはくれなかった。


「さて、オレ、行ってくる」

  

「私も行くわよ」


 は!?とリヴィオが私に聞き返す。


「なんで驚いてるの?ここまで一緒に来てるんだから、当然じゃない」

 

「見るなよ。見ないほうが良い。オレだけ行ってくるから、ここにいろ!」


 セイラは待っていろ!とリヴィオは拒否する。大神官長様が彼に少し厳しい声音で言った。


「決めるのはあなたではないでしょう?本人が一緒にと言っているんですし」


「だめだ!」


 私は頑なに拒否するリヴィオの手と自分の手を繋ぐ。


「私に辛い思いをさせないでおこうとするのはありがたいけど、リヴィオだけに背負わせるのも辛いのよ。さあ!行くわよっ!」


 威勢の良い私の掛け声にクスっと笑う大神官長様。


「この部屋へ入るときに、そんな威勢の良い人は、あなたが初めてでしょうね!どうぞ、いってらっしゃい!」


 おいっ!と言うリヴィオを無視して私は扉を開く。手は繋いだまま。


 扉をくぐったと思った瞬間、ゴオッと耳の横で轟音が聞こえた。黒い四本脚の獣の魔物が食らいつこうとした。


「危ない!」


 リヴィオが叫ぶ……が、私達のことを素通りした。スッと透き通るように消える。ここでは私達は存在しないようだ。


「どうやら映像を見ているだけみたいね………っ!?」


 魔物に食らいつかれる人。血しぶきが上がる瞬間にバッとリヴィオが私の目を手で隠す。


「もうっ!リヴィオーー!」


「グロすぎるのは見るなよ」


 もはや保護者よねとボソッと言うが、本当は目を覆いたくなっている。怖くてリヴィオの手を離せずにいた。人と魔物の戦いは激しく、人がやられて町が燃えて廃墟へとなっていく。その様子は生々しいまでに再現されていて、神経が少しずつ削られていき、ズキズキと頭痛がしてきた。


 ……と、いきなり場面が水面のように揺らいで変わった。


 ここは空の上!?白い鳥が列をなして青空を飛んでいった。


「すげー。天空に浮かぶ地か!空にある街が見える!」


「まるでアレよね?ラピュ○」


「あー、それに近いな。でも、この世界で、その説明はオレとセイラにしか通じないぞ」


 私とリヴィオは目の前の美しい天空の地に興奮する。白い建物や神殿のような物、鳥や木々や花々……天国のような美しさである。


『危険な天上人ルノールの民を滅ぼせ!』


 叫ぶ声がする。私は激しい言葉にビクッとした。

 

 爆発音。あれは!?空を飛ぶ船だ。すごい技術力である。


「科学……?魔道具か!?」


 リヴィオが戦に使われている武器に眉をひそめた。船の砲台が開き、打ち込まれる。揺れる地。しかし結界が張られているのか、天空の地を破壊することは叶わない。


『愚かな人々よ。この地に近寄り、下の地の戦を持ち込むなど言語道断!』


 スッと私達の横を通り過ぎたのは白いローブに身を包んだ女性。風貌は見えなかった。何気ない、手の一振りだけで船が爆発し、バラバラと人や黒い獣たちが落ちてゆく。


 恐ろしいほど圧倒的な力。これは神にも匹敵しそうだ。……一体何者?振り返る。その容姿に私は息を呑んだ。


「ミラ!?」


「どういうことだ?」


 ミラそっくりだった。長い白銀の髪に藍色の目。彼女はあれだけのことをしたのにどこかまだ戦いたりなさそうで、好戦的な笑みを浮かべていた。自信に満ちている顔は美しくて残酷だった。


 また目の前の景色が揺らぎ、次の場所へと移る。


 現れたの実験室のような所だった。人が何人もいる。容器の中には黒い獣や鳥がいる。


「これが発生装置の……?」


 リヴィオの声が震えている。私は声すらあげれない。なぜなら……魔物が今この瞬間に解き放たれようとしているのだ。


『失敗してしまった!おい!逃げるぞ!』


『暴走する!早く!』


『鍵をかけろ!おさえこめ!』


 獣や鳥はどんどん増えていく。気持ち悪い………黒い渦からどんどんでてくる。この黒い力の元はなんだろうか?嫌な感じがする。見ているだけで心が黒く塗りつぶされそうなほどの圧迫感と邪悪な気配。


 騒ぐ人たちを飲み込み、魔物たちが外へ出ていく。待って!行かないで!そっちへ行ってはだめ!と私は出ない声で叫ぶ……景色はフッと消えた。


 気づいた時にはドアの前だった。私は立つことが出来ず座り込み、体は震えていて、汗だくであった。リヴィオは立っていたが、呆然としている。


「大丈夫でしたか?」


 大神官長様が尋ねる。ハッとするリヴィオ。私は答えることが出来ずにいた。叫ぶ人々、恐怖に歪む顔が脳裏から離れない。思わず両手で顔を覆う。泣くことはかろうじて耐える。自分で見ると言ったのに、泣いてはダメだと言い聞かせる。


 そんな私を気遣うようにリヴィオは抱き寄せる。


「聞きたいのは……とりあえず大神官長様とミラは何者だ?」


 リヴィオの絞り出すような声で、そう尋ねられて大神官長様は目を伏せる。


「天空に住まう民だったみたいですね。強力な力を持つ民人。滅びてしまった民です。光の鳥が守っていた最初の民です」


 滅びてしまった民……その言葉はどこか寂しげに静かなこの場に響いた。

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