女王陛下の思惑

 本日『海鳴亭』は休湯日。


 ……というのが表向き。


 実は女王陛下がいらっしゃっていた。湯治という目的で日頃の感謝を込め、陛下のお側で働く人々も共に来て、くつろいでいた。


 使用人達がキャアキャア言いながら羽根を伸ばしている。


「陛下も粋なことなさるわ!」


「温泉、最高だったわー!」


「家族にお土産買って行っちゃう」


 普段、王宮勤務している時は物静かに厳粛にしているメイド達が楽しげに売店に居た。私を見かけると職業柄の癖なのか、サッと一礼してくる。


 くつろげなくなりそうなので、私はススススと離れて見守ることにした。


 陛下がお呼びです。そう言われて私とリヴィオは陛下の部屋へと行った。


 流れるような黒髪にガーネットのような煌めく眼。美しい姿は衰えるとこがない。


「まず、このような素晴らしい温泉旅館を作ってくれたことに感謝する。妾も気に入ったが、父と母も喜んでおった」


「気に入って頂けて、良かったです」


 私が微笑み、一礼すると、パチンと指を鳴らし、すべての使用人達を下がらせる。


 さらに呪文を唱えて防壁を作る。外に声を漏らさぬためのものだ。なぜこんなものを……?


 リヴィオの顔を見ると金色の目が警戒心を抱き、険しくなっていた。


「陛下、これはどういう意味ですか?」


 リヴィオが低い声音で言う。


「『黒猫』よ。そう警戒するでない。妾も護衛、お付きのものをつけずにそなたらを信用して話をしようとしておるであろう?」


 確かに、そうだが……。こんなことは初めてである。リヴィオの父である宰相のハリーもいない。


「黒龍の守護を得たものは、幽閉する」


 唐突に言われた言葉に私とリヴィオは固まった。


「シンがいない今、次の守護が王家の者でなければ、悪いが王城にて幽閉させてもらう。そなたら二人は魔力が高い。またセイラ=バシュレはシン=バシュレの孫娘であるからのぅ」


「セイラを疑ってるのかもしれないが、シン=バシュレとは血が繋がっていない。それはすでに調べられていて、陛下もご存知なのでは?」


 リヴィオが食ってかかる。赤い宝石のような陛下の目が私達を見抜くように凝視した。


「リヴィオ、黒龍の選定する基準はわからない。それゆえシンがいなくなった今、次の者が現れてもおかしくはない。しかし、この国の黒龍信仰、王家の威信を考慮した場合、王家内に匿っていることが一番ではないか?」


 私は眉をひそめる。


「匿うとは良い言葉ですが……自由を奪われるということですよね。いかに神といえど抵抗しますよ」


「黒龍はそれをされたくないから王家にいなくなったのでは?」


 サラリと黒髪をかきあげる陛下。


「……二人とも随分、黒龍に対して親しそうではないか?」


 なんとなく、陛下は夏の嵐の事件を知っている気がした。私は冷や汗が出る。王家にバレないと侮っていたわけではない。

 

「二人の体を確かめさせてもらおうかの」


『はあ!?』


 私とリヴィオの声がハモる。


「守護者には黒龍の紋様が刻まれる。とりあえず無ければ良いのだ」


「セイラに触れさせると思うのかっ!?」


 バッと私の前に庇うように立ち塞がるリヴィオ。


「この場になぜハリー=カムパネルラがいないと思う?」


 その言葉だけで十分リヴィオには脅しになった。


 ……と思ったが。


「オレは公爵家に迷惑かけようがなんだろうが、セイラに害を為すものは許さない。それだけだ」


 脅しにならなかった。


 シャー!と猫のように逆立つ気配。


「やれやれ……少しは大人になったと思ったのだがのぅ。本質は変わらぬな。『黒猫』を怒らせる気はない」


 チラリと私に目をやる陛下。私に発言を促している。


 察した私は言葉を選びつつ口を開いた。


「私は見せるだけなら構いません。やましくもなんともないですし、黒龍の紋も無いし……ええーっと……リヴィオにも無いですし」


「言葉を信用してやりたいのはやまやまではあるがな……二人で庇い合ってることもあるからのぅ。確認させてもらう。リヴィオはハリーと風呂へ行け!セイラは妾と入るかのぉ?」


 ニヤニヤしている陛下。

 

「えっ!?いえ、それは恐れ多いですっ!!」


 リヴィオはなんで風呂なんだよと呆れている。


「良いではないか。別にとって食うつもりは無い」

  

 流石に女王陛下とお風呂は落ち着かなさすぎるんたけど!?


 それから少しして……私は陛下と二人きりで広すぎる大浴場を味わっていたのだった。

 

「あ、あのっ!お背中流しましょうか?」


「ホホホホ!構わずくつろげばよいわ。妾もゆっくりとする」


 はぁ……と私は言ってお風呂に浸かる。窓の外はもう暗い海だ。ライトに照らされたお風呂のお湯がユラユラと揺れる。


「脅かしてすまなかったのぅ。しかし黒龍の守護を得るということは強大な力を手に入れることじゃからの。この件に関しては妾の一存だけでなく、王家の内部から声をあげるものもおる。いろいろと王家もあるのだ。それ故、庇えぬこともある」


 陛下はお風呂で白い綺麗な手足を伸ばし、温泉を堪能している。私はドキドキ感がありすぎて広い湯船の中なのに小さくなり、正座して入っている。


 どんな紋様かは知らないが、無いことを確認した陛下が謝っている。


「父王の時も一悶着あったのじゃ。宰相の父を知っておるじゃろ?ウィリアム=カムパネルラ。やる気なしの男じゃが、父よりも魔力が高く、黒龍の守護を得られるのではないかと期待されておった」


 チャポンと陛下は身を翻し、私に向き合う。そこには少女であったであろう、陛下の幼い表情が浮かんでいた。


「王位継承はもめた…傷つかずとも良い者も傷ついた。基本的には王家に連なる者が守護を受けていた記録が残っておる。……そうなるとカムパネルラ公爵家の者もその資格はあるのじゃよ」


 セイラか?リヴィオか?と嵐の海での出来事はどちらなのか?と問いたかったのかもしれない。


 実際はシン=バシュレが生きていて、私を助けてくれたのだが……。


「黒龍の守護を持つものが王にふさわしい」


 二人しかいない大浴場では声がやけに響く。


「王家の考えは……まさか私ではなく、リヴィオならば……」


 ふと、ある可能性に気づいた私の言葉には答えず、陛下は、はぁ……と珍しく憂鬱な溜息を陛下は吐いたのだった。


 屋敷へ帰り、眠る前にリヴィオが言った。


「もしセイラが幽閉されることがあれば助けに行く。その時はすべてを失っても良いから、どこかへ逃げよう。もしオレの場合は……オレのことは気にするな」


「何を言ってるのよ!?」


 ガバッと起き上がる。リヴィオは目を閉じたまま、返事もせず、無言で眠ってしまった。


 どういうつもりよ……カッコつけないでよねっ!と私はイライラしてなかなか寝付けなかったのだった。

 

 しかし祖父がいるから、アオは誰も選ばないだろうということを私もリヴィオも知っているはずだ。なのになんで、今更こんな胸騒ぎがするのだろう。

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