【ブラッディソード】

 リヴィオは魔法も使えるが、剣士でもある。それも相当強い。


 私とリヴィオは正面から向き合う。


 刃を潰した模擬練習用の剣をシュッと一振りし、私は地面を蹴る。


 彼に勝つには素早い動きによってリヴィオの剣技を上回るしかない。


 時間が経てば負けるのは体力、力が劣る私の方である。キンッという音と共に弾かれた。リヴィオは流れるような動作で剣を操る。


 大体の人は剣を操る時に癖が出る。リヴィオだってそうだった。何度も練習で手合わせすれば次に右から来るのか左から来るのか覚えてしまう。


 リヴィオの次の動作は右から!と、私は予想し、避けて、素早く横に薙ぎ払って倒すつもりだった。 


 ニヤッと『黒猫』は笑う。右からと思ったが、下段から蹴りが来た。私は剣の柄で受けめた。……しまった!上がガラ空きになった。


 ピタッと私の頭にスレスレで剣が止まった。


 ジーニーがそこまで!と叫ぶ。


「あーあー……一瞬で勝負ついちゃたわ。もう全然私じゃ相手にならないのかしら」 

   

 私は嘆息した。私は少し息が上がっているが、リヴィオは呼吸の乱れ1つない。余裕の顔をして言う。


「セイラは自分の予測に頼り過ぎだな。目の動きが予測した方向に動くからバレやすい」


「え!?動いてた!?」


 驚く私にリヴィオが苦笑して頷いた。……気をつけよう。


「なんで久しぶりに模擬練習なんかしてるんだ?学園の時は毎日してたけどな」

 

 ジーニーが屋敷の庭で私とリヴィオが始めたことに首を傾げる。


「いや、セイラが自分の腕が落ちたとか言うから、鍛錬に付き合っただけだ」


 さらにジーニーが不思議そうになる。


「リヴィオに守られていれば安心だろう?」


「守られてばかりは性に合わないの」


 私の一言にリヴィオとジーニーはプッと同時に吹き出して笑う。


「変わらねーな」


「セイラらしいよな」


 なんとなく笑われてイラッとし、私は言う。


「せっかく持ってる技能を衰えさせるのはもったいないじゃない!?」


 もう、その考え方が!と、ジーニーの笑いが止まらず、目の端の涙を拭って答える。


「淑女は大人しく守られていればいいのさ。守らせてもらえることが男にとっても嬉しいものだ」


「そういうものなのかしら……」


 もう一回手合わせしようと言いにくくなったじゃないの。手の中の剣を軽く振る。


 私の記憶力の力を使えば、回数を重ねれば重ねるだけ私の勝機が見える!このまま負けて終わるのは悔しいので、一度くらいはリヴィオを追い詰めたいものだ。


 ふと、リヴィオに勝てるであろう小狡い作戦が脳裏によぎる。


「まだしてもいいぞ?オレはセイラが強くありたいと思うのはむしろセイラらしいと思うし、それにオレも剣の練習相手はいたほうがいい。次はジーニーするか?」


 私はもう一回するわよ!と言ったが、ジーニーは後退りした。


 ジーニーがリヴィオとしてくれればデータがもう少しとれるわねと計算したが……彼の表情から答えは否とわかる。


「やめとくよ。リヴィオと剣の打ち合いなんて正気じゃないだろう?ぜっーーーたいに僕に手加減しないだろ!?明日からの仕事に支障がでる!」


「最後にちゃんと回復魔法かけてやるよ」


 ジーニーは嫌だ!ときっぱり言って辞退すると、思い出したように言う。


「そういえば学園に封じている剣があるんだが、リヴィオに良いかもしれないな」


「どんな剣だ?」


「聞いたことないわね」


 ジーニーが顎に手をやる。


「何代か前の学園長が世間を騒がす呪いの剣を調査していて、その時呼ばれていた名前が『ブラッディソード』」


 ゲームに出てくるやつだ……と私は剣の呼称でなんとなく納得してしまったのだが、リヴィオはなんだそれ?と尋ねる。


「人の血を求めて夜な夜な人斬りとして操られるという恐ろしい剣だ。しかし強力な魔力がこめられた剣らしい」


 おもしろそうだな!と興味津々のリヴィオ。もう、その時点で嫌な予感しかしない。


 そう……私達3人は学園の地下にいた。普段踏み入れては行けない場所。学生の頃は近寄ることすらも許されなかったが、今は…。


「いいのかよ?」


「学園長が良いって言っているんだから良いだろう?」


 学園長のジーニーが心強いのか厄介なのか許可してしまった。


 暗い地下室を歩く。一つ一つの扉に強力な結界の魔力を感じる。


「ここだ」


 ジーニーが鍵を開け、さらに呪文を唱えるとパンッと音がして結界が壊れた。扉を開けると中には鎖に絡められた剣が飾ってあった。


「貰っていいのか?」


「観るだけに決まってるだろう?呪いが解けるならリヴィオにやってもいいが……」


 ジーニーが半ば冗談で言ったことは私にもわかったのだが……。


「その言葉忘れんなよ!?」


 ニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべたリヴィオはスタスタと剣に近づいていく。


 ガッ!と柄を掴む。私は思わず悲鳴のような声をあげた。


「リヴィオ!?」


 鎖がばらばらになって解けていく。


「リヴィオの魔力に反応している!」


「ねぇ、ジーニー、これは大丈夫なのよね?」


 返事がない。……大丈夫ではなさそう。


 とうとう鎖が粉々になり、自由になった剣を掴んだリヴィオは素早い動作で柄から剣を抜いた。


 私とジーニーは反射的に間合いをとる。


「お、おい?」


 ジーニーの問いかけに答えず、振り向いたリヴィオの目は血のように赤い。剣の刃の色がみるみるうちに鮮やかな赤い色を帯び、赤い光をぼんやりと放ちだす。


「マズイな。剣に意識を乗っ取られたかもしれない」


 な、なんですってー!私はじわじわと剣を取り上げることができるか……タイミングをはかる。


「本気のリヴィオに勝てる勝算は?」  


 そうジーニーに尋ねる。何か策を立てないと勝てない。


「2対1ならしばらく抑え込めないか?」


「……学園時代の私なら」


 リヴィオは剣先を私とジーニーに向けた。


「やめろ!目を覚ませ!リヴィオ!!」


 ジーニーの問いかけにも反応しない。


 私は捕縛の呪文を口の中で小さく唱えて準備し………やめた。


 あ、この手でいこう。


 朝、リヴィオと模擬練習していて、思いついた小狡い作戦を実行する時が来た。


 ヒュンッと風を切る剣を私は一度だけ避ける。一度しか避けれないというのが正しい。


 危ない!と叫ぶジーニー。


「リヴィオ!!」


 懐に飛び込み、ギュッと抱きつく。ピタッと止まる動き。


 耳元で熱烈な愛の言葉を小さい声で囁く。


 な、何を言ったのかは……想像にお任せしたいっ!


 カラーンと剣がリヴィオの手から落ちた。


「セ、セイラ?オレ、今何を……」


 リヴィオが額を抑える。


 小っ恥ずかしいこと言ってしまったああああ!と私は両手で顔をうずめた。


「なにさせんのよーっ!」


「いや、なにしてんだ?」


 混乱しているリヴィオの横には呪いが解けた剣が落ちていた。


「まさか!こんなことで解呪できることあるのか!?」


 ジーニーが言う。私は顔から両手を離す。


「昔、本で読んだこと思い出したのよ。ブラッディソードはそもそもなぜそうなったのか知ってる?」


 首を横に振る二人。


「腕の良い鍛冶屋の男が振られて、やけになって好きな女性を斬ってしまった。そこから始まってるのよ。両想いになれる日を待ってたのよね」

 

 よしよしとブラッディソードを私は拾って撫でる。今は白銀色の剣となり禍々しい気配は消え失せている。


「なるほど。愛の言葉で許してしまうとは……ヤンデレ男の呪いだったか」


「儚い恋愛話をそんなふうにまとめないでよっ!」

 

 私は剣に乗っ取られかけたリヴィオの言葉に呆れて言った。しかもヤンデレってどこで覚えたのよっ!?


「愛する者を守る剣になるとは鍛冶師も思いもよらないことだったかもしれないな」

 

 ジーニーがポツリと言った。


 こうして強力な魔剣はリヴィオの物になったのだ。普段あまり抜くことがないが、彼が帯剣している剣にはそういういきさつがある。


 ジーニーはあの時、1つ厄介な物が学園から消えたと言っていたが……まさか最初から解呪を私とリヴィオに手伝わせる気だったのでは?と疑わざるを得ない事件だった。





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