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 夏も盛りの頃、お客様達の中には避暑を兼ねて来ている人も少なくない。ナシュレ地方は比較的、他の地方よりも湿気が少なく爽やかな夏で過ごしやすいのだ。


「白百合の部屋のお客様、もう5日お過ごしね」


「あら……長くて2週間なんでしょ?」


「有名な小説家らしいわよ!」


 スタッフ達が休憩室で話している。


 事の始まりはジェシカからの頼みだった。新聞で連載している人気作家さんがいて、今度一冊の本を出してみることになった。しかしスランプらしく、書けない。旅館で息抜きをさせほしいとと言われた。実際は『カンヅメ』というものらしいが。


「食事時間もバラバラ、起きる時間もわからない、お部屋のお掃除も難しいわ」


「なかなか気難しい方みたいで『ああ』とか『うん』しか言わないとか……」


 客室係たちの話から、私は気になって、お食事を下げに行ったが手を付けていないことがあった……後で軽食を持っていくとそれは食べてあったが、何か尋ねても確かに、そっけなかった。


「きっとお忙しいのでしょう。さ!そろそろ仕事に戻りましょう。暑い日が続くから、冷凍庫にアイスいれてあるから、いつでも食べてね」


「わーい!女将、ありがとー」


 ワイワイとスタッフ達が解散し、午後からの仕事へ行く。


 事件が起きたのは夕方のことだった。


「女将ーっ!大変です!」


「どうしたの?」

 

 慌ててやってきたのは、確か…あの噂の作家さん付きの客室係をしていたスタッフだ。

 半泣き状態であるところを見るとそうとうマズイ予感。


「何かあった?」


「わたし、お掃除のときに原稿を1枚捨ててしまったみたいで…ものすごくお怒りになってるんです」


「落ち着いて。お掃除の時にほんとうに捨てたの?よく考えてみて。私はお詫びに行ってくるわ」


「は、はいっ……」


 白百合の部屋のドアをノックする。中から不機嫌そうに『どうぞ』と低音の声がした。ドアを開けると鳥の巣のようなモジャ頭にメガネをかけた作家さんがいた。容貌はともかく、声からすると、若そうだ。


「大切な原稿を捨ててしまったというとこで、申し訳ありませんでした」


「どんな教育をされているんだ!だから掃除はいいとあれ程言っただろう!」


「申し訳ありません。お部屋の方をもう一度確認させてください。また館内も私達で探してみますので……」


 メガネの奥の目がギロリ光った。


「その間、お風呂やお食事をしていただければと思います」


「フン!どうせ出てこんだろうが、良いだろう!しばらく休憩する」


「どうぞ……あっ!原稿用紙はどのようなものか拝見してよろしいでしょうか?」


 机の上にある20枚ほどのまとまった紙を指で『ん!』と示す髪モジャ作家さん。


「わかりました。どうぞ、いってらっしゃいませ」


 私は頭を下げたまま、見送る。髪モジャがいなくなる。そのへんにくしゃくしゃに丸めて捨ててある紙を拾っては伸ばしてみる。ボツにされたのは大きく✕印がされている。


「おいっ!大丈夫か!?」


 バンッとドアが開く。心配してやってきたのはリヴィオだ。誰かが知らせたらしい。


「大丈夫よ。今、謝ってお風呂へ行ってもらったところよ」

  

 地道に1枚ずつ広げていく。リヴィオもめんどくせーなーと言いつつもゴミ箱の中のものまで出して広げていく。


「だいたい、ちゃんと書いているのかよ」


 リヴィオはテーブルの上の原稿用紙をパラパラと見る。


「何ページ目がないのかしら」


 見ても良いのかしら……と思いつつ、私は読んでいく。

 恋愛小説家なの!?私は少し驚いた。

 ま、まぁ……見た目と小説は関係ないわよね。


 内容は自由奔放な伯爵の娘が後継ぎがいないため男として育てられる。成人し、男装して社交界デビューしたのだが、王子様に恋をしてしまう。しかし姿は男。一度きりと言いつつ、ドレスを着てパーティに出ると王子も彼女のことが好きになってしまうというストーリー。


「欠けているのは……王子様が彼女に告白したシーンね!その後何を言われたのかわからないけど彼女は逃げていくのね」

 

「大事なシーンだな」


「ほんとねぇ……43ページ目ね。ページ数も書いてあるわね」


 そう言いながら丸めた紙をすべて伸ばし終わる。


「どうだ?」

 

「ないわね…客室係の彼女にも話を聞いてみましょう」

 

 休憩室で彼女は泣いていた……私はまあまあ、落ち着いて、大丈夫よと飲み物を出す。リヴィオは泣いてもどーにもなんねーだろと冷たく言い放っている。もう!これだから、イケメン度が下が……いや、今はそれどころじゃない。


「掃除の時に原稿用紙は捨てたの?」


「女将、すいません。グスッ……いかにもゴミという感じのものは……グスン……捨てました。だけど……机の上は触ってません」


「そうね。あのお客様はだいたい部屋にいるの?」

 

「グスッ……いえ、たまに……場所を変えてみたいとお庭の方へ行ったり…グスン……玄関ホールにお飲み物を飲みに行ったりしてましたっ」


「わかったわ。ありがとう」


「私、もう一度探してきます!」


 話をするとだいぶ落ち着いて、立ち上がった。


「ええ……でも泣き止んでからにしなくちゃね。他のお客様もびっくりよ。大丈夫。私とリヴィオも頑張るわ!」


「オレもかよ!」


「名探偵に助手はつきものよ」


 迷探偵かもしれないけどさ。

 リヴィオは意味わからねーと言いつつも、ついてきた。

 彼女が言った場所をまわってみることにした。


「庭先にはそれらしいものは落ちてないわよね」


 いつもキレイに庭師たちが手入れしてくれており、夏の草花が暑さに負けずに咲いている。夕焼けに赤く染まりつつある空を眺める。夕方になって暑さも少し和らいできた。


「リヴィオ、なんかあったー?」


「え!?……いや、ここには無いんじゃないか?たとえ落としたとしても目立つだろう」


 ふいに声をかけられて驚くリヴィオ。


「どうしたの?ボンヤリして?」


「いや、夕焼けがきれいだと思った」


 プハーッと私は吹き出して笑った。リヴィオらしからぬ言葉である。


「もういいだろ!次、行くぞっ!」


 トロトロすんなっ!とリヴィオは怒って行ってしまう。ハイハイと小走りでついていく。


「玄関ホールになにか原稿用紙みたいなものがなかった?」


 喫茶係のスタッフに聞く。夕食前にのんびりとお茶を飲んで談笑しているお客様やお土産を売店で見ている人達で少し賑やかだ。


「原稿用紙ですか〜?紙のような落とし物はありませんねぇ」


 私とリヴィオは腕を組む。ここでもない……とすれば……ゆっくりと作品の内容を思い出す。


「あ!もしかして……そうだわ!!」


 私は早足で廊下を歩く。


「わかったのか!?」


「あるかどうかはわからないけどね!」


 旅館の最上階の外へ出る。ここにはテラスがあるのだ。夜になるとほのかに明かりが灯る。  

 ベンチに座って星を見れるようになっているのだ。


 私はベンチの1つ1つを見回る。夕陽が沈み、もうすぐ暗くなってくるだろう。


「無いな」


 そうリヴィオが言う。無いなぁ……。ここで無いとすれば次はどこだろう。

 火を灯しに来たスタッフが「どうしましたか?」と聞いてきた。


「ここに原稿用紙なかったかしら?」


「原稿用紙……?そういえば昨日のことですけれど、ゴミのような変な紙が落ちていて……中身はお話のような?」

 

「それをどこに…」


 アハハッと点灯係は笑って、面白かったから皆に見せようと思って、休憩室にありますよー!と言った。


 ……おーい!


 振り出しに戻る。休憩室の戸棚の中に確かに紙が入っていた。43という数字もぴったりだ。


「あったああああ!!」


「おーっ!」


 二人で思わず歓声をあげた!


 私は客室係のスタッフと共に白百合の部屋へと行った。驚いて目を丸くしている。


「そうだ!これなんだ!……どこで?」


「テラスにありましたわ。みつかってよかったですわ」


「あっ!……テラスか。」


 思い当たったらしい。私は何も言わずに、ニッコリと微笑む。バツが悪そうにモジャ作家は頭を掻く。


「…………すまなかった。あそこで原稿を読み直していたんだ」 


 客室係の彼女を見て、小さい声で謝った。


「いいえ、無事に小説が完成しますことを願っています!」


「ありがとう」

 

 見つめ合う二人……やる気が出てきたのか、モジャ作家はヨシッと気合いを入れて頑張りますと机の方を向いた。


「あっ!今からお仕事されるんですね。じゃあ、お食事は簡単に食べれそうなものを頼んで参ります」


 パタパタと小走りで去っていった。私もそっと部屋から出ていくとリヴィオが待っていた。


「なんであそこに有ると思ったんだ?」


「小説の話の中に伯爵令嬢と王子の告白シーンに入る時、星空のテラスでと書いてあったから、もしかして!と思ったのよ」


「なるほどなぁ」


 ほどなくして、新聞に連載されていくストーリーには心優しい思いやりある伯爵令嬢は男装していたことが王子にバレてしまったが、王子様と結ばれて、幸せに暮らしましたとさ…という王道ストーリーで締めくくられたのであった。


 花葉亭ではその後、モジャ作家が定宿するようになった。

 彼は客室係を原稿用紙事件の時の彼女にいつもお願いしてくるということを追記しておく。




 







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