出会いは唐突に

 風が冷たく、コートを着なければ寒く感じられる頃、トトとテテが試作品を持ってきた。


 執務室には珍しく私、リヴィオ、ジーニーもいて、5人が揃う。


「温風暖房器!できたのだ!」


「あったかなのだー!」


 ファヒーター!冬の強い味方!


 私はスイッチを入れてみた。


 内にある熱風球が輝き、器具から暖かい風が起こる。強中弱の調節付きという素敵さです。


「ありがとー!いい感じ!これで客室は暖かいわ」


 暖炉を起こすのも火の始末も大変である。無論、薪をとってきて、割ることも。


 私はよくバシュレ家で薪割りをするよう言われ、その大変さから自動薪割り器を考えたけど、それよりもニホンで見たファンヒーターの方が楽だよね。


 こちらの世界で、こういった便利な製品が思いつきそうで思いつかないのはやはり魔法が使えるか使えないかの世界の差なのかもしれない。


 人間って多少何かしらできないほうが、解決策を考えていくのかな。あちらの文明の発達には驚きがある。


 トトとテテはまだ次の仕事があるのだ!と忙しそうに帰っていく。


 私は温風暖房器に満足しながらも、暖炉のチラチラとした炎が照らす温かみのある雰囲気は好きなので玄関ホールの喫茶コーナーのは暖炉にしよう。


「これも売るのか?家電部門の売り上げが莫大な金額になってきてるが、広げてくのか?旅館も赤字から黒字になってきている」


 ジーニーが計算したものを見せる。


「そうねぇ。私、そろそろナシュレ領に利益が出たお金を使って、学校や病院、図書館とかを建てようと思うの。後、道の舗装もしたいから、稼げるときに稼ぎたいわ」


 お嬢様とは思えぬ商魂たくましい発言をする私。


「それは良いことだ。皆喜ぶだろう。ざっと試算しても、何軒も建てることができるくらいの余裕有りだ」


 そこで、そういえばと思い出したようで、私に封筒を渡すジーニー。


「バシュレ家の現在の状態を調べておくと言っただろう?これは調査書だ」


 そうだった。関わりたくないが、どうして父があそこまで追い詰められていたのか……わかるかもしれないと封筒を開けて見る。


 ソファで寝ていたリヴィオもムクリと起き上がってきた。眠い顔をしている。


「良くないわね」


 苦々しく私は呟いた。ジーニーも頷く。リヴィオが見ていいか?と言ったので、良いわよと紙を手渡すと目を通している。


「新しい事業?なんだ!?この金の使い方ヤバイな」 

 

 リヴィオが大きい金額に目を開く。


「鉱山の事業に手を出したらしい。それこそ資産をつぎ込んで山を購入している。騙されたのか、まだ採算が合わないのか赤字続きだな」


「社交界では公爵家から外されているらしい。公爵夫人の主催するパーティのみならず公爵家の集まりにも呼ばれなくなったようだ。無論、そうなると公爵家と仲の良い貴族たちも呼ばなくなるだろう……何をしでかしたんだと噂されている。リヴィオ、おまえが手を回したのか?」


 目をスーッと逸らす、公爵家の三男リヴィオ。


「……さぁな」


 『したな』『したでしょ』とジーニーと私は確信した。


 質素な生活をしなければならないのに、あの二人の贅沢は止まっていないらしい。


 また屋敷内部の問題も書かれている。


 使用人達に苛立ちをぶつけ、何人も辞めさせられていることや資産の状態を知らないため、父にもお金の無心をしてるらしい。


 しかしお金の出処がなく、領民への税を増やしている現状らしい。


 お祖父様がなぜ莫大な利益を持っていた海運業を継がせなかったのかわかるわ……私は頭痛がして、額に手をやる。


「あのバシュレ家と思えないやり方だな。やはり現当主は凡人だな」


 ジーニーは辛辣にそう評価した。


 私は微妙な顔をしていたらしく、リヴィオが ジッとみつめて言う。


「まさか助けるとか言わねーよな!?」


「言わないわよ……」


「じゃあ、なんで顔を曇らせてんだよ」


 リヴィオはやけに鋭い時がある。


「領民のことを考えると……あの三人のしわ寄せはそっちに行くのよね。だからと言って私にできることは何か?と考えてもいい案はないわ」


 関わって、あんな怖い思いはもうしたくない!私は平穏に暮らしたいのだ。しかし税をこのまま増やしていけば、領民達は大変な思いをするだろう。


「今に金の無心に来そうだけどな」


 状況を見てジーニーはそう評した。


 ここまで来る!?会いたくないので、やめてほしい。


 リヴィオは好戦的にニヤリと笑う。


「大丈夫だ。任せろ。ボコボコにしてやるよ」


 そこはカッコよくお前を守る!とかでしょ。


 いまいちヒーローになりきれないリヴィオであった。守るより叩きのめす方向らしい。


 とりあえず、様子を見るということで話は落ち着く。関わっても百害あって一利なしである。


 私は久しぶりに建築家のベントと会って、建てていく計画を練る。


「人の助けとなるものを建てるなんて、お嬢様!さすがです!」  


 褒めてくれるが……私の案というよりも、ニホンで私の住んでいるところには身近に学校や病院があった。あのくらいの豊かさになれるかはわからないが、皆が勉強できたり、病気の時は安心して治したりできる場所は必要だなと思っていた。


 建設予定地をベントと見るために歩いていると街の人たちと出会う。親しげに声をかけてくれる。


「セイラお嬢様!銭湯のおかげで長年、膝が痛かったんですが、良くなってきました」


「息子と娘が王都での仕事は辞めて、こっちに帰ってきてくれたんですよ!」

 

「え!?今度は学校や病院を作る!?……泣けてきました」


 ついでに……これ食べて!あれ持っていって!と色々くれるものたから、リヴィオが一度、屋敷に置いてくると言って、持ち帰ってくれた。


「景気が良くなってきてるのが、みんなわかるんですよ。なにより出稼ぎに行っていた人たちが帰ってきて、それが嬉しいようです」


 ベントが説明してくれる。自分も建てるものがあるので、地元のナシュレで過ごすことで毎日、子供の顔を見れるのが幸せだと語る。


「喜んでもらえてて、良かったわ」

 

 田舎のままのほうが良いと言う人もいるだろうから、なるべく自然を残して田舎の良さを大事にしつつ発展させていきたい。


 ……領地経営もなかなか大変だ。私の仕事は本来なら旅館で女将してるんじゃなくて、こっちが本業である。ナシュレ領があまり広くなくて良かったと思いたい。


 更地を前にし、図面を広げて、ベントと見ていると、後ろから声をかけられた。


「こんにちは。セイラ嬢」


 振り返ると意外な人物がいた。挨拶をしようとしたが、驚いて、声がでなかった。私は自己紹介ナシでも相手が誰かわかった。


 左にフードを目深に被った容貌は不明の小柄な魔導師。右に騎士の制服を来たホワイトアッシュの美青年。真ん中には長い黒髪を1つに後ろにくくっていて、アイスブルーの目をした威圧的な雰囲気がある青年。


「なぜ……ここにいらっしゃるんですか?」


 私はベントに目配せして去るようにと指示した。ただ事ではないと察したベントは頷いていなくなる。


「人払いは賢明な判断だね」


 黒髪の青年はそう言うと笑った。目は笑っていない。


「何度も手紙を出したのに……無視するから来ちゃったよ。どんな女性なのか見たかったしね」   


 バシュレ家で父が言っていたことには半信半疑だったが、あれから何度もこちらにも手紙が来ていた。


 この国の王子であるゼイン殿下本人がお出ましとは驚きだわ。


「ゼイン殿下の目的は私ではないでしょう?」

 

「ん~~。最初はそうだね。殴ったリヴィオに対する嫌がらせだったけど、君の評判を聞いて、ぜひ後宮に迎えたいと思った」  


 ですよね。リヴィオへの嫌がらせだと私も気づいてました。


 後宮、つまり妃候補ってことかしら。勝手で図々しいやつだわ。嫌な気分になる。


 評判って……どんなこと言われてるんだろうか。私は自分がどう言われているのか、知らない。


「そうそう。面白い発明してるけど、あまりやりすぎないでほしいね。考えたことあるかい?例えば、洗濯する道具だけど、それを流行らせれば洗濯していた女達の仕事がなくなるんだな」 


「お言葉ですけど、例えば丁寧に洗って仕上げる洗濯屋さんやシーツやタオルの貸し出しをするリース会社など……何かしら新たな道はありますわ」


 ニホンにはそういった特殊技能を使ったお店があった。


 将来、この国を背負うなら、もう少し想像力を働かせなさいよと私は思うのたが、相手は王子なので、言わないでおく。


「なるほど。確かにそんな仕事に発展させてもいいね!うんうん。おもしろい考え方だね。なかなか楽しい娘と聞いていたんだ。飽きなさそうで嬉しいな。うん……やっぱり連れて帰りたいよ!」


 新しい玩具を見つけた子供のようにはしゃぎだす。

 

「私には仕事がありますから、申し訳ないですけど、後宮には参れませんわ。殿下にはもっと相応しい方がいらっしゃるかと思います。こんな平凡な容姿で変人である私など相応しくありませんわ」

 

 ハハッと軽く笑って自分でそれを言う〜?と、冗談ととらえられたようだ。


「でもさー、毎日同じパンを食べていたとしよう?たまに違う珍しいパンも食べたくなるだろう?そんな感じってあるよね?」


 失礼すぎるでしょっ!人をパンに例えるなっ!と思わず、心の中で叫ぶ。


「ねぇ、一緒に行こうよ」


 私に手を伸ばした瞬間、声がした。


「触んな!この色ボケ王子がっ!」


「危ない!ゼイン殿下!」


 騎士が引っ張って後ろへ下がらせた。私と殿下の前にバリバリッと雷電が巻き起こった。魔法の力を発動させたのはリヴィオだ。


 騎士がリヴィオを鋭い目で睨む。殿下はリヴィオか……と呟く。


 素早く私の前に滑り込むようにして入り込み、殿下の前に威嚇するように立つ。


「一度ならずニ度までも僕に怪我をさせるつもりかい?前回は公爵の顔をたてて許したけど、今回はどうかなぁ?」


「脅してるつもりか?」


 金色の目が細められた。危険信号。リヴィオの雰囲気はすでに臨戦態勢。


 ニヤリとゼイン殿下の口元に笑いが漏れた。リヴィオに睨まれても余裕がある。


「嘘だよ。今回はどんな女性か見物しに来ただけなんだからさー。怖い顔しないでくれよ」

 

「リヴィオ、無礼は許さないぞ」


 騎士がそう言うが、リヴィオは冷たい声で騎士に返す。


「あんたは自分の部下が、殿下のお遊びにつきあわされているのに知らぬ顔をしていたよな?よく団長のままでいられるな」


「………侮辱か?」


 一触即発の事態になってきた。リヴィオがもしかして辞める原因になったのって……。


 私は空気を変えるためにパンッと手を一度強く打ち鳴らした。いきなりの音に視線が私に向く。


「ここまでにしましょう。わかりました。一度、私の方から王宮に行き、もう一度、殿下にお会いすることを約束しますわ。今日のところはお帰りくださいな」


「来てくれるんだね。嬉しいよ。じゃあ、今日のところは帰るよ。王宮で待っているよ」


 ゼイン殿下はそう言って喜んでいる。そして忘れず一言つけ加える。


「リヴィオは来なくていいからね!」


 魔導師が転移用の魔法陣を描き出す。騎士の方は苛立ちと動揺を隠せず綺麗な顔を歪めていた。青い光が満ちて三人の姿が消えた。


「王宮に行くなんて軽々しく約束するんじゃねーよ!セイラは殿下の性格を知らないから……なんで笑ってるんだ?」


「私は行くとは言ったけど、いつ行きますとは言ってないでしょ?いつまでも待ってなさいよ!ってことよ」


 リヴィオがポカンとした。そして笑いだした。口約束なんてそんなもんでしょうよ。


 そして、リヴィオは端的にだったが、なぜ……騎士団を退団になったのか話してくれた。


「王子は騎士団に時々来て、鍛錬と称して新人イジメをしてんだ。オレの同期で気の弱い男がいて、そいつがターゲットにされていた。……オレがそのことに気づいたときにはそいつはボロボロで、寮にあるベッドに寝かされていたよ」


「ど、どうして?そんなこと……」


 思っていた以上にヤバイやつだわ。ニホンならお縄頂戴してるよ。不良というやつだわ。王子という立場を振りかざしてるから、余計にめんどくさい。


「しかもそいつの婚約者が後宮に連れて行かれそうになって、騒いでいたところをオレがたまたま通りかかって『クソ色ボケ王子がっ!』と、殴ってしまったというわけだ」


「いうわけだ。じゃないわよ………!グッジョブじゃないの。やるわねぇ」


 思わず褒めてしまう私。


「いや、オレのことじゃなくてな?わかるか?なんでもありのわがまま性悪王子だってことを忘れんな。気をつけてくれ……オレのせいでセイラが目をつけられたのかもしれない。すまない」


 リヴィオが謝った!?初めて聞いた!?これ!?めっちゃレアな事に驚きを隠せない。


「謝らなくていいわ。びっくりするわ。……リヴィオのことだけではないみたい。私もちょっと目立ちすぎたかも……思った以上に家電が浸透してきつつあるのねぇ」


 温泉の方がメインなんだけどなー。


 しかし温泉も有名になりつつある。先日来てくれた『歌姫』エナは、雑誌のインタビューでお肌に優しい温泉にハマってますと言ってくれて、そのおかげで女性客が増えて、最近、ずっと満室続きなのだ。


「頼むから……絶対に王宮へ行く時は一人で行くなよ。オレを護衛として連れて行け」


 雇用主は私なのに指示されてる。心配してくれてるのは伝わるので素直に頷いた。


 私という実物見てゼイン殿下は思っただろう。どう見ても、女性としての魅力はたいして持ち合わせてないと。むしろ魅力ゼロでしょう。


 今の服装は動きやすいようにドレスではない。ズボンに暖かい黒のロングコートを着ており、髪の毛はメイドがキレイに編み込んでくれたけど、なんの飾りもなく、まとめてあるだけだ。


 どうせ一時の気まぐれで時間が経てば忘れるわね。


 さーて、仕事しよっと……。


 私は再び、図面を広げて、何事も無かったように建設予定地を見たのだった。



 

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