第11話 n回目の結婚式
その日、兄は午前に帰ってきた。
陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。
私はいつものように羊の番をしていて疲労困憊の兄を見つけた。
駆け寄った私に、兄は言う。
「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう」
何百回と聞いたセリフに私は黙ってうなずいた。
次の日の夜。結婚式の場で兄は言った。
「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。おまえも、それは、知っているね。亭主との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだから、おまえもその誇りを持っていろ」
私はあと何度この人を死なせればいいのだろうか。何度二人を喪えばいいのだろうか。
もう涙は枯れてしまった。
何度繰り返しても私の望む結果にはならない。
それならせめて──。
「行かないで、兄さん」
私は寝に行こうとする兄の腕を掴んだ。
「せめて、せめてあと一日村にいて。街に戻るのはそれからで……いいじゃない」
「……それもいい。それはとても素敵なことだ」
「だったら……!」
「だが、だめだ」
兄は優しく私の手を解いた。
「さっきも言ったはずだ。兄が嫌うのは人を疑うことと嘘をつくこと。──それを教えたい人がいるのだ」
「……」
この人は走り続ける。何度繰り返しても。
「わかりました。おやすみなさい」
「いい子だ。おやすみ」
家に帰っていく兄を見送って私は立ち上がった。
「どうした?」
「ちょっとお花を摘んできます」
問いかけてきた夫を残し、私は走り出した。
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