第7話 セリヌンティウスの心
セリヌンティウスは兄の竹馬の友。当然私とも幼馴染みだった。
彼は幼いときから手先が器用だった。よく木を削って私たち兄妹におもちゃを作ってくれたのを覚えている。
ある年の誕生日、彼は私にブローチをくれた。それは何処からか探してきた綺麗な石を細工して作ってくれたものだった。
そのブローチは今でも大切にとってある。
成長したセリヌンティウスは石工になるため街へ行ってしまった。有名な職人の弟子になったと聞いている。
私と彼が会う機会は減った。兄はその後もたまに街に行って彼と会っていたようだった。
兄は時々お土産だといって小さな置物をもらってくることがあった。
お土産が増えるたび、置物の出来栄えが良くなるたびに、大人になったセリヌンティウスに会いたいと思う気持ちが強くなった。
私は兄に頼み込んで街に連れて行ってもらうことにした。
再会したセリヌンティウスは偉丈夫に成長していた。逞しい腕は彼が一流の石工になっていることを示していた。
私は彼と昔話をした。彼はかなり仕事が忙しいようだったが、私のために時間を作ってくれた。
私は昔もらったブローチの話をした。今でも大切に取ってある。それは遠回しな告白だった。
彼は喜んでくれたようだった。しかし彼の喜びは私が彼の昔の作品を大切にしているという表面的な事実に対する素朴な喜びに思えた。
私の気持ちが伝わらなかったことは悲しかった。しかしその時はセリヌンティウスが子どものように素直な気持ちを今も持ち続けているのだと思えて嬉しかった。私は一層彼が好きになった。
それから私は兄が用事で街に行くときはいつもついて行くようになった。
兄は私のセリヌンティウスに対する好意に気づいていた。いくら朴念仁の兄でも毎回私が彼の元に行きたがれば気づかないはずもなかった。
ある年、たまたま私の誕生日にセリヌンティウスに会うことができた。
「何を作っているの?」
私は彼の仕事場で、彼が作業しているのを見ていた。
その日、彼は何やら胸像を彫っていた。
「私の愛する人だよ」
「……えっ!?」
私は頬が紅潮するのを感じた。
「愛する人?」
「そうだ」
彼は熱心にノミを振るっている。彼の愛する人はどんな顔をしているのだろうか。
彼の大きな背に隠れて胸像の顔は見えない。
私は恐る恐る彼に近づいた。
鼓動が大きくなる。リズムよく響いていた石を削る音が聞こえなくなった。
頭に血が上ってクラクラする。
見ないほうがいい。
それでも足は止まらない。
少し屈んだセリヌンティウスの肩越しに私はそれを見た。
「……え?」
その像には顔がなかった。
「私は人が愛せない」
セリヌンティウスはノミを置いた。
「見てくれ」
彼はそういうと壁に歩いていきかけられていた幕を取り払った。
そこには色々な髪型、服装の女性の胸像があった。しかしどれも顔は彫られておらずまっさらであった。
「私には人を愛する心が欠如しているらしい」
振り返ったセリヌンティウスの顔は石像のようだった。
「私は仕事の合間に私の愛する人は誰だろうと思いながら胸像を作る。しかしいつも顔だけは彫ることができない」
私は血の気が引いていくのを感じた。
「優れた石工になるには石の心を知れと教わった」
ガランとした仕事場が急に寒々しく感じた。
「石の心を知った代わりに、私は人の心を忘れたらしい」
ブローチの話をしたときに見た彼の笑顔、あれは石像の笑顔だったのかもしれない。
──だから君の気持ちに応えることはできない。
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