第8話

 僕はヒマリを両手で捕まえる。


「わ、私言わないよ!言わないから!」

「言う!ヒマリは危ない!うえ~ん!」


 僕とヒマリはメイをなだめる。



 ヒマリは泣き止むが、タブレットを持って戻ってきた。

 そして泣く。


 これ、嘘泣きじゃないか?

 最初は本当に泣いていたと思う。

 でも、タブレットを持って来るメイに不穏な動きを感じる。


「メイ、私言わないよ!絶対に言わないから!」

「ヒマリは、言う、うっかりして、言う、うえ~~ん!」


「ど、どうしよう、わ私」

「ヒマリ、恥ずかしい思いして」

「え?」


「この事を言えないように、言っちゃ駄目って覚えてるように、ヒマリも恥ずかしい思いをして!!」

「ど、どうすればいいの?」


「下着以外、全部脱いで」

「撮影するのは駄目!」


「撮影はしないけど、恥ずかしい姿を、スケッチする。これでヒマリは忘れないよ!言ったら駄目だって忘れないよ!」


 僕はすっと出て行こうとする。


「お兄ちゃんもいて!お兄ちゃんがいないと、ヒマリは恥ずかしくならないよ!言っちゃ駄目って忘れちゃうよ!」

「でも、下着姿を見るのは良くない」

「ヒマリはもっとひどい所を見てる!見られてる!うえ~~ん!」


 絶対嘘泣きだ!

 僕にはわかる。

 ヒマリが恥ずかしがっている所をスケッチしたいだけだ。

 それと、メイはヒマリを信頼している。

 メイは直感力が高い。

 ヒマリが言わない人間だと信頼しているから今余裕でスケッチできているんだ。


 ヒマリは言われた通りに下着姿になった。

 


 色んなポーズを取らせて、エチエチスケッチの資料にする気だ!

 メイはエチエチで女性が無理やり気持ちよくされる系のハードな絵を書いている。


 ヒマリは恥ずかしがり屋で、スタイルが良くて顔もいい。

 そんなヒマリをメイは何度もスケッチしていた。

 メイの指示でスケッチを長時間続ける気だ。


「ヒマリ、立ったまま後ろを向いて」

「こ、こう?」


 ヒマリは無意識にお尻を手で隠す。


「いい」


 メイが小さい声で言った。


「そのまま動かないで!」

「は、恥ずかしい」

「動かないで、恥ずかしい思いをして!」


 ヒマリは下着を着ているけど、恥ずかしがって手でお尻を隠したまま真っ赤になる。

 

「顔だけこっちを向いて!」

「う、うん」

「顔を下に向けて、上目遣いにして」


 メイは細かい指示を飛ばす。


「僕はいなくていいんじゃないか?」

「お兄ちゃんはいて!ヒマリの記憶に恥ずかしい事を覚えててもらうから。そうしないとヒマリはうっかりして言うよ!」


「わ、私言わないよ」

「パンツを隠している手の指を伸ばして!」


 メイの指示が飛ぶ。

 そして、ヒマリは素直に言う事を聞き、真っ赤になっている。

 ドキドキしてくる。


 1つのスケッチが終わるとメイは満足げな顔を浮かべた。


「次はベッドに肘をついてこっちにお尻を向けて立って」

「ええ!それは!恥ずかしいよぉ」


 僕の顔をちらっと見た。


「ヒマリは、もっとひどい事見てた」

「わ、分かったわよ」


 これってどう見てもエチエチ本の後ろから責められてる絵のスケッチだよね?


「顔はこっちを向いて。お尻はもっと突き出して。違うよ、もっとお尻を上に上げて。そうじゃなくてお尻だけを上げて!腰から背中はもっと低くして!もっと恥ずかしくないと駄目だよ。膝は曲げないで!」


 これはひどい。

 ヒマリが恥ずか死してしまう。


「そろそろやめよう。流石にヒマリが可愛そうだ」


 メイはフルフルと首を横に振った。


「お兄ちゃん、次はベッドに座ってヒマリを後ろから抱きしめて」

「ぼ、僕!」


「ヒマリはお兄ちゃんを背にしてもたれかかって座って」


 僕は、欲望に逆らえなかった。

 僕はヒマリを後ろから抱きかかえる。

 ヒマリの体が柔らかいし、温かい。


 こうしてメイ監督の指示は続くかと思った。


 僕の生理的反応で中止を訴えつつトランクスを押さえた。


「あの、すまない。そろそろ終わりにしよう。生理的な事情で、と、トイレに行って来る!鎮めないと!」


 僕はドキドキが静まるのを待った。

 む、無理だよ。


 メイとシテ、その後ヒマリに抱きついたら反応してしまう。

 意志の力では抗えない領域があるんだ!

 男の事情がある!


 僕は30分ほどトイレにいた。




 部屋に戻ると、ヒマリがベッドで寝ていた。

 顔が真っ赤で調子が悪そうだ。


「ヒマリ?大丈夫?」

「ちょっと、体調が悪くなっちゃって」


 外を見ると、暗くなってきた。



 少し休むと、ヒマリの調子は戻った。

 暗くなってからヒマリが1人で帰るのは危ない。

 ヒマリはよく男性に声をかけられ、腕を掴まれたこともあるらしい。


 メイと一緒で美人だし、優しそうな顔をしている。

 暗くなると危ないのだ。


「僕が送って行こうか?」

「……お願い」


「自転車に乗ろう」


「で、でも、駅から取ってこなきゃいけないでしょ?」

「いいから」

「う、うん」


 またヒマリが赤くなった。


 これは、僕の罪悪感を埋めるための行為だから気にしないで欲しい。

 最初はメイのスケッチを止めようとしたんだよ。

 

 善意で止めようとしたんだよ。

 でも、ヒマリの下着姿は……ドキドキして、止められなかった。

 

 ヒマリ用にママチャリを出して、僕はクロスバイクに乗る。

 スポーツ自転車は乗り慣れれば乗りやすいけど、慣れない人には乗りにくく感じるのだ。


 田園の砂利道を2人で走る。


 僕とヒマリは無言だった。


 駅に着くと、小さめの駅とは不釣り合いな大きな屋根付きの駐輪場に自転車を止める。

 しかも監視カメラ付きだ。

 高校の誘致をする時に村で作ったのだ。


 ヒマリは定期があるが、僕は切符を買った。

 ここは電子決済が導入されていない。

 設備の導入が後回しにされているのだ。


 この駅の、北と南の駅がある街は栄えているが、ここはその中間で、どっちの街にも遠い。






 僕とヒマリは無言で15分程電車を待った。


 ベンチの席は1つ離れて座って待つ。


 電車が来ても無言で乗り込み離れてつり革を掴む。


 ヒマリが男性に見られている。

 ヒマリは美人で目立つのだ。

 僕は間隔を取っていた距離を縮める。


「ふぁ!」


 ヒマリが小さく声を出した。


「ヒマリが男の人に見られている。手を繋ごう」

「そ、そうだね。ありがとう」


 僕とヒマリは無言で手を繋いだまま電車に立つ。

 ヒマリはちらちらと僕を見ていた。


 電車を降りて、無言で歩き、ヒマリの家に着く。


「それじゃ」


「あの」


「ん?」


「私、言わないよ。今日の事は、言わない」


「うん」


 ヒマリが僕の袖を掴んだ。


「その、あのね、メイとシュウは、付き合ってるの?」


 僕はヒマリの耳に口を近づける。


「大きな声じゃ言えないけど、セックスフレンドかな?お互いに付き合うって言ったことは無いんだ」

「そ、そう。そうなのね」



 そういえば、メイとそういう話をしたことは無い。

 帰ったら話をしてみよう。


 僕がヒマリの家から離れ、後ろを振り返ると、ヒマリは家に入らず、僕を後ろから見つめていた。


 見られたのがヒマリだったから僕は助かったけど、素直なヒマリにとって、今日は災難だったね。


 

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