第1話 そういってもらえると嬉しいです!
「おぉいマイサ!食器片づけといてくれー!」
「はぁい!」
大広間の食堂。長いテーブルの上に無造作に置かれた皿やボウルなどの食器を片付けていく。
アタシの名前はマイサ・カデン。とはいっても記憶を失っていて名前が本当のものかすら分からない。
2年ほど前ここ自由都市スティバトの町クトファの近くで倒れていたらしい。髪は男と同じぐらいの短さでボサボサ、武器は持たずに随分ズダボロな服装でいたようだ。自分の名前の入ったギルドカードを持っていたので名前が分かった。気づいたらギルド「ダタン」に居た。
生活費を稼ぎたいのでとりあえず簡単な依頼を受けようとしたところ、受付の女の子からクエスト以外の仕事を紹介された。
内容はクラン「ライオネス」の世話係だ。
記憶の無い自分にどれだけの戦闘ができるのか分からないのでその提案に乗る事にした。
ライオネス、この町最強のクランでメンバーは14人で構成されている。何でも元々は3~4人構成の幾つかのパーティーだったのが、この町でも発生したモンスターのスタンピードをきっかけに一大クランになったらしい。
そしてメンバー同士で夫婦になったため、2~3年経つと子供の人数も15人と一気に増える。それをきっかけに巨大なクランの住居を建てて大所帯となったらしい。
クランがクエスト中はメンバーが出払ってしまうため子供達の面倒をみる事は難しい。そこでこの世話係の仕事を募集していたとの事だ。
ライオネスで実質的リーダーを務めるクローデュさんとリィロさん、シルさんが炊事場にやってくる。
一見すると男と見間違うかのような大柄でワイルドな風貌のクローデュさんが軽く肩を叩いてくる。
「おぅ、お疲れさんマイサ!クエスト終了で今日からはアタシらは休みだ、続けて悪ぃけど家事を頼むぜ?」
「はい、アタシに任せて下さい!」
大人しく生真面目な印象の強いリィロさんがクローデュさんをたしなめる。
「もぅクローデュさん、マイサさんは私達の留守中に子供の面倒も見てくれてるんですから無理を言ったらダメですよ?」
「大丈夫です、もう料理を作るのも慣れましたから!」
おっとりした喋り方のロングヘアなシルさんが子供達と近づいてくる。
「こどもたちもよろこんでるのぉ、マイサさんにはずっとこのクランにいてほしいのぉ」
「あはは、そういってもらえると嬉しいです!」
「マイサ姉さん、こっちはお手伝い終わったよー!」
「マイ姉ちゃん、遊んでー?」
「・・・まぁーたんといっちょ」
「分かったわかった、じゃ何して遊ぼうか?」
育ち盛りでやんちゃなところもあるけど、みんないい子達だからあまり手はかからなくて助かっている。
ひと仕事終えてからリビングのソファーに座る。子供達が遊んでいた新聞紙が目に付く。日付も古く2年前のもののようだ。何気なく広げて読んでみると次の記事が飛び込んできた。
「シャンゾル王国のマィソーマ・カウンテス=ウルカン、何者かの手により暗殺」
貴族の名前を読んだ時に妙な頭痛に襲われる。記事の詳細に目を通す。
「ウルカン卿は領地・領民を顧みることなく横暴に過ごす振る舞いあり。
更には卿の憲兵隊時代からクロン・デューク=エアド前宰相と裏取引をし敵対
派閥の貴族家はおろか何の罪もない家にまで手を掛けてきた事は重罪となる。
シャンゾル王国国王は当主マィソーマから爵位と貴族籍を剥奪し領地を没収し
公開処刑を申し渡す予定であった・・・」
記事に書いてある事が頭の中に次々と浮かんでくる・・・まるで自分が見てきたような、いや自分がこの手でやってきたことのように!
「ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁああああああああああああ!!!」
「おぃどうしたんだマイサ!」
「マイサさん!」
「はやくベッドにつれていくのぉ!」
クローデュさん達の声が聞こえる中アタシの意識は途絶えた。
◇◇◇
「そうか、いよいよ騎士団に入るのか」
「はい、マスターには今までお世話になりました!」
「ライオネット達との約束じゃ、お主にはこれを返しておこう」
「こ、これはアタシの出生証明書?」
「ワシはこれを彼らから預かっていたんじゃよ、お主らが正しい判断が出来るような一人前になるまでな?これをどう使うかはお主次第じゃぞい・・・ここにデルトの坊やがいれば言う事はなかったんじゃがのぉ」
「・・・彼には相応しくないです、これからアタ・・・私の進む道は」
「そうかも知れんが・・・何とも複雑じゃのぅ、ライオネット達との約束を守れなかったようでな」
「マスターが気にされる事はありません、全部私の責任です・・・ウィルマさん達には私が謝りますので」
「そうか・・・ならばワシが言える事は一つ、自分の選んだ道を後悔することのないようにな?マィソーマ・ウルカン嬢」
◇◇◇
目の覚めたアタシはベッドの上にいた。
さっきの夢は・・・ギルド・グラーナのマスター・シォマーニおじいさんだった。お陰で全てが繋がった。
そう、アタシはマィソーマ・ウルカン。偽名のマイサ・カデンでギルドカードを偽造したのは・・・乳姉弟のデルトだ。
『マイサ』という名前はアタシが小さい頃「マィソーマ」の発音が難しかったのでお父様とお母様から呼ばれていた幼名だ。それに名字の『カデン』は私の乳母だったリューノおばさんの姓・・・こんな事を知っているのはお父様を始めとしたウルカン屋敷の大人達だけで、彼らの亡くなった今はデルトしかいない。
あれだけアタシを殺したがっていた彼が何故アタシを生かしたのだろうか?
あのカミソリの入った水の攻撃で切ったのはこの髪だったという事。あの時のアタシは貴族なので背中まで届くロングヘアだった。それがこのクトファの町に来た頃は男と変わらない短さだった。今ではようやくショートカットになったぐらいだ。
最後に加えた一撃も強烈な衝撃だったにもかかわらず命は失ってなかった。それどころかこんなギルドカードまで偽造してここまで送り届けていたようだ。
新聞の記事ではマィソーマ・ウルカンの罪状が書かれていて爵位と領地没収の上に公開処刑されるところだった。
つまりホントに殺す気なら自分から手を下さなくともアタシは国王陛下により断罪されていた。それもただの処刑よりも厳しい形で。
という事は・・・アタシを逃がすため?
トントン。
控えめなノック音でアタシの考えはふっ飛ぶ。静かにドアが開けられる。
「マイサさん、お加減はどうですか?急に倒れたから・・・」
リィロさんが心配げに近づいてくる。後ろにはクローデュさんとシルさんも一緒だ。
「すみません、ご心配をお掛けしました」
「・・・仕事疲れ、じゃないよな?一体どうしちまったん」
「それはあとできけばいいのぉ・・・まずはけんこうになってもらうのぉ」
クローデュさんは聞きたそうにしていたけどシルさんがとどめてくれる。雇い主とは言えホントに良い人たちに恵まれたものだ。
本心を言えばその言葉に甘えたい。でも記憶の甦った今デルトの真意を知らなければ一生後悔する事になる。
「みなさん・・・アタシにお暇を下さい」
「そ、そんなマイサさん!」
「おいおい、今度ぁ辞表だぁ?ここ辞めてどこ行くつもりなんだ?」
「いまのマイサさんじゃすぐにたおれてしまうのぉ、ちゃんとやすんでから」
「急にわがまま言ってごめんなさい、実はさっき記憶が戻ったんです・・・それでどうしてもシャンゾル王国まで行きたいんです」
アタシが王国出身者である事。
カウンテス=ウルカンは元領主様であった事。
そのウルカン卿暗殺の記事を見て居ても立ってもいられなくなった事。
リィロさんが新聞を手にしていたのを見て咄嗟に思いついた話だった。とは言え半分は嘘でもう半分は真実だったので3人は疑う事無く聞いてくれる。
「・・・わかった、ただの里帰りってワケでもなさそうだし相当切羽詰まってる事もな」
「マイサさんのやりたいようにして下さい・・・でも約束してくださいね?決して無理はしないで下さい」
「かえるところがなかったら・・・えんりょしないでもどってくるのぉ」
3人の気遣いに涙があふれてくる。
「みなさんっ・・・ありがとうございます!」
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