幕間 その先は言わないで下さい(ハインツ視点2)
翌日の昼前、なかなか起きてこない若造代官に痺れを切らして自ら呼び出しに行く。控えめなノックをするも起きる気配はない。
「代官様、一体いつまでお休みなのですか!職務があるのですよ!!」
彼の寝室に強硬突入するともぬけのカラだった。一体どこに抜け出したのやら??
メイドたる娘のハンナに聞いてみても分からない。仕方なくシェフのバイランに聞いてみることに。
「・・・何の用だ?人の面を汚しやがったエセ騎士め」
「昨日の事は本当に申し訳なかった・・・実は若ぞ、代官様を探しているのだが」
「アンタは代官補佐役だろう?主人の行き先知らないなんて職務怠慢だな」
「・・・そう言われると面目ない」
「ふん、行き先は知らないが代官様なら朝早く出かけたぞ?この俺に弁当作ってくれって頼んでな?昨日のようなことはもうゴメンだからたっぷりなウマ飯にしてやったぜ」
「な、なんだと!我々を何だと思っているんだあの若造が!!」
自分に知らせず勝手な事をしている振舞に憤慨する。しかしバイランは私の目の前に包丁を突き付ける。
「おい、いい加減代官様に『若造』呼ばわりはやめておけ・・・あの方は些細な事を気にしない方だが代官様への無礼は俺が許さんぞ?」
コイツ、完全にあの若造に骨抜きにされおって・・・弁当を頼むぐらいだから日中は帰ってこれない場所とみるべきか。一体どこへ何しに?
行き先の分からないまま無人の執務室へ行く。驚いた事に昨日渡しておいた種類を全て閲覧してサインしているようだ。
しかも隣の元バロン=ウルカン領を担当している経営人への指示も完璧に書き込まれている。確かにあの領地はここより生産性が高くて経営しやすいとは言え、短時間で経営方針を決定出来るなんてどんな才覚を持っているんだ?
書類を確認しているとそばに置かれた領内の地図に目が行く。大きく丸で囲っている地名を見ると・・・場所は領内と他領との境目?こんなところに何が・・・大きな湖があるぐらいだが??
わざわざチェックまでしている場所だ。すでに代官として果たすべき書類仕事は終わらせてくれているのだから探しに行ってみるのもいいかも知れない。
全く面倒をかけさせてくれるものだ。
◇◇◇
領地の境界線近くまでたどり着いた時、道幅が細く舗装もされていない街道に細く長い線が描かれている事に気づいた。いつの間にこんなものが??
ごぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!!
大きな音と共に地面の線に沿って土が水で削られている。向こうの方から水がやってきているようだ?何が起こっているのか確かめるため移動する。
なんとそこには若造が小さな盾を構えて立って水の奔流を発生させているようだ。
すぐそばの湖から水を操っている。水属性のスキルか。
「だ、代官様!一体何をなさっているので・・・」
「ハインツさんおはよう、というかもう『こんにちは』ですね?急場で作った水路に水を流せるかの実験ですよ」
水路?流せる??何を言っとるんだ???私の疑問を読み取ったのか若造は答える。
「このネプトゥ領は水回りが悪い、だから作物が育ちにくくて生産量が少なく税も支払えない・・・だったら領地全体に水路を作ってしまえば問題解決になるかとね」
領地全部に水路を張り巡らせる?!何という事を考え付くのだこの若造は!?
「し、しかし領地全部に行き渡らせるとは・・・いくらなんでも」
「今ここでやらなきゃ誰がやるんですか?言ったハズですよ領民達のために尽くすのが代官の使命だと・・・幸い貴方が持ってきた書類の仕事なんてのはすぐに終わらせられる程度の物、僕はこの仕事をするために代官を引き受けたのですから!!」
そういう若ぞ、いや代官の顔は爽やかになっている。その言葉に嘘が無いのはこの顔をみればよく分かる。
それにあの書類仕事がすぐに終わらせられる程度だと??あの量は王都の文官が5~6人で丸1日掛かり切る内容のものだったハズだ!それを我々が眠っている間に終わらせるなどとは。
どうやら私はこの若者を見損なっていたようだ。このネプトゥ、いや元ウルカン領は2代続いた領主達の悪政で酷い有様になってしまっていた領地。騎士の自分は他領に配属されていたとは言え何もしようとしていなかったではないか!
意を決して代官に質問をする。
「恐れながら・・・この程度の水路ではこの付近の村人が多少の恩恵を受けるだけに過ぎない、これに続く案はあるのですか?」
「もちろん、この地図を見て下さい!まずはこの村から発展へつなげてこの水路を更に中央へ向け・・・」
端から端まで水路を引く、これなら領地の畑に水が行き届く事になる。この素晴らしい構想は3代も前の領主ソーマイト・アール=ウルカン様のものを追加修正したものらしい。しかし。
「問題はこの領地が広大すぎるので費用も莫大なものになるという事ですが・・・」
「確かに時間も費用もかかってしまう・・・でもモンスターのスタンピードのない今しかこの工事をやり抜くチャンスはない!これを考案されていた3代前の領主ソーマイト様は11年前のスタンピードのせいでこの大規模な工事を行えなかったんだ!!」
なんと・・・昨日この地にきたばかりだと言うのにそこまで調べつくしていたのか!
「11年前にこの領地にいた僕もあのスタンピードで全てを失ってしまった・・・だからこの事業はソーマイト様の悲願でもあり僕の使命でもある!そのためにも僕は死んでもやり抜くつも」
両手を突き出し慌てて物騒な発言を止める。そして手を胸にあてて敬意を示す。
「その先は言わないで下さい・・・貴方に対する先ほどまでの無礼を謝罪させて頂きます、そして一つこの老骨も貴方の夢を手伝わせて頂きましょう・・・だからご自分一人ですべてを抱え込まないでください!私ハインツ・ブラートは貴方の護衛・補佐がその職務・・・以後はハインツと呼び捨てて頂き、敬語など使わず如何様にも命令して下さいませ!!」
いい歳こいた男の子供染みた嫌がらせはもうやめだ、この若者だけに任せてはおけない。彼はこの領地にまだまだ必要な人材だ。私は代官様の負担を少しでも無くすために協力をしよう!
「ハインツさ・・・いやハインツ、頼りにしているよ!そろそろ昼時だ・・・シェフのバイランが作ってくれた弁当を一緒に食べよう!」
「はっ!」
これが私の引退前の仕事か。思っていたより大がかりな仕事になりそうだが遣り甲斐がある。この若き才気あふれる代官とともに領地の礎となるのも悪くはない。
我が主君デルト・ミナズに誠心誠意をもって仕えよう!
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