第41話
アーノルド達は情報収集を終えた後に野営地点まで戻ってきた。
主要なメンバー全員が戻ってくるとお互いが集めた情報をすり合わせるために今後に向けた軍議を開いた。
それぞれが集めた情報を整理してもそれほど想定していた事態とかけ離れているわけではなかった。先行していたメイリスの情報によると街道沿いのには監視らしき人物はそこそこいたそうだ。相手は街道沿いで私たちが進軍すると見ているのだろう。
アーノルドは皆の情報を聴き、そう結論付けた。
森の中の状況は確認できていないが、そうでなくても街道沿いを進軍してくると考えるのが普通だろう。
アーノルド達が馬に乗って来ているならば森の中に馬で進軍することはかなり大変になる。
そして森の入り口や中に罠を配置しておけば、森の中の進軍はかなり危険なものとなる。
それゆえ街道沿いに多くの監視者を置いているのは普通であると言える。
そうなればアーノルド達の進むルートは自ずと絞られていき、どのように行動しているのかが明白となる。
だが、アーノルド達はその大半が馬ではなく自らの足で進軍している。
それゆえ気をつけなければいけないことに変わりはないが森を進軍することが可能になる。
だが、この世界では騎士だから皆が馬を使うというわけではない。
ある程度階級が上がれば馬の機動力よりも身体強化を使った自らの足の方が効率が良くなる。
それゆえ森を駆け抜ける可能性というのも相手は想定しているはずなのである。
メイリスの情報では街道沿いのルートには3人1組が15組の監視者らしき者がいたそうだ。
だが、この人数では襲撃を仕掛けてくるとは考えずらい。
街道沿いは障害物のない平野となっており見通しが良いため、まず奇襲することは不可能である。
姿を消していたとしても空を飛べでもしない限り地面に痕跡が残る。
それを見逃すような者達ではない。
相手が襲撃してくる目的として考えられるのは、第1にアーノルドの殺害および捕縛。
これが最も手っ取り早くこの戦いを終わらせられる一手である。
そして第2に考えられるのはこちらの食糧を狙ったものである。
どれだけ精強な騎士を用意しようと人間である限りエネルギーを補給せず動き回るのは限りがある。
向こうは自陣であるため食糧についてそこまで心配する必要はないかもしれないが、こちらは敵陣で容易には調達できない。
長期戦を視野に入れているのならば有効な一手だろう。
そして第3に考えられるのが、こちらの戦力を減らすことを狙ったものである。
本戦になる前に少しでもこちらの兵力を減らせれば勝率はその分だけ上がる。
第2や第3であれば街道沿いのルートでも為すことが出来るだろう。
だが、それは襲撃してくる者達にとっては文字通り死に物狂いとなるだろう。
一撃離脱であったとしても一度認識されればこちらの戦力相手に逃げ切るのは容易ではない。
相手がこちらの戦力を把握していないのであるならば、死兵共を使ってこちらの戦力を把握するという目的もありえるかもしれないが、寄越してくるのが死兵程度ならばこちらの戦力を把握する前に片がつく。
相手の戦力を把握するのは大事であるが、そのために重要な手練れを何人も消費するのは本末転倒である。
そしてこちらの戦力が漏れているのならば相手は総力全てを賭さなければ襲撃の意味がない。
戦う想定の場を外すという意味では奇襲にもなりえるが、移動のことを考えると数の多い向こうの方が不利である。
そのようなことをわざわざするくらいならば大人しく自陣でこちらが来るのを待っているだろう。
そして少数で第1の目的を達するためにはかなりの手練れを用意しなければならなく陣の中央にいるアーノルドを狙うには少なくとも大騎士級2人を抑えなければならない。
成功率の低い賭けであるし、その実行にはかなりの人的損失を覚悟しなければならないためワイルボード侯爵がしてくるとは考えづらい。
だが、森ならば木による死角や虫の音、更には魔物などもいるため警戒心は上がるがその分注意力は分散する。
遮蔽物が多いため、周りの騎士達を切り崩さなくともアーノルドに単騎突撃が可能となる。
それでも周りの騎士を欺けるくらい隠密に長けた実力者を用意しなければならないが街道沿いでの奇襲よりは余程成功率が高く、またコストも低く抑えられる。
しかし懸念があるとすれば、あの森はある意味不可侵の領域である。
自衛以外の森への過干渉は基本的に法により許されていない。
それゆえ派手な戦闘を仕掛けてくるかどうかは相手がどこまでなりふり構わずアーノルドを殺しにかかってくるかによる。
それが最終的に街道沿いよりも森を駆け抜けることを選んだ理由でもある。
罠や派手な戦闘は侯爵の首を絞めかねない。
そしてその選択を取るというのならば侯爵はもはや死兵となる覚悟をしていると言えるだろう。
だが、貴族というのは良くも悪くも現実主義だ。
例え身内が脅かされそうと家の滅びを賭けてまで戦うような者はそうそういない。
そして侯爵も家族を溺愛してはいるが典型的な貴族至上主義者であるという情報が入っている。
貴族というのは何よりも面子を大事にする。
だからこそ侯爵が戦いを選んだ時点でアーノルドを本気で殺そうとはしてくるだろうが、それはあくまで貴族としてであるとアーノルドは考えている。
家族を溺愛しているからこそ自暴自棄になるとも考えられるが、その選択は残る家族にも滅亡を強いることになる。
家族を大事に思っているのなら娘1人のために残る家族全員を危険に晒すような真似をするとは思えない。
そして貴族であることを誇りに思い、その権力を妄信している者が自ら貴族という権力を手放すことは並大抵のことではない。
貴族といっても人ではあるのでその可能性は考えているが現実性は限りなく低いとアーノルドは見做していた。
その選択は勝てたとしてももはやアーノルドと心中するに等しいからだ。
そして伝え聞く侯爵の人物像が貴族という権力を手放すとは思えなかった。
誰でも手に入れられるようなワイルボード侯爵の表向きの情報はアーノルドもクレマンを通して手に入れている。
だが、ワイルボード侯爵が何を第一に考え何を望んでいるかなどについては何もわからないままなのである。
アーノルドが知りたいのはそこであった。
アーノルドにはまだ自らが扱える臣下が少ない。
諜報関連の臣下などまだいないのである。
それゆえワイルボード侯爵の情報を集めるにはクレマンなどの公爵の手がかかっているであろう者達を使わざるを得なかった。
それでも戦うための必要最低限の情報はしっかりと集めてくれたのでアーノルドには不満はない。
だが、おそらくクレマンはより詳細な情報を持っているのであろうが意図的に情報を絞っている。
全て与えられたものでは意味がない。
勝つための最低限の情報は与えるから自分で考えるか自ら使える臣下を増やせということなのであろう。
絶対勝てる戦いなどをやっても意味などないとでも言いたいのであろうとアーノルドは考えていた。
たしかにダンケルノ公爵家の人員を制限なく使えば勝てることなど当然となる。
そして今回の戦いもアーノルドの臣下などほとんどいない。
臣下を増やすという意味では重要な戦いではあるのだろうが、それでも結局は用意された舞台に上がるという感覚を捨てきれなかった。
それでも今回集まった兵達は紛れもなくアーノルド自身の行動によって集まった者達であるのでアーノルドの力といっても差し障りはない。
だが、アーノルドは自身がこの戦いにおいてもはや重要ではないため戦いへの意義を見出せていなかった・・・・・・。
手に入る情報全てがアーノルドが負ける可能性を悉く潰してしまうのだ。
本来であるならば大将が危険に晒されぬ状況こそ望まれるものであるので、戦いとしては最上のものである。
だが、アーノルドにとっては強くなることが目標であり全てであるため戦いがなくただ勝つことに然程興味がなかった。
残りの不確定要素は相手の大騎士級の戦闘力と侯爵がどういう戦いを望むのかだ。
人というのものは捨てられぬものが増えれば増えるほど型から外れたことをすることが出来ず常識というものに縛られる。
家族という縛りがある侯爵にアーノルドはそれほど期待していなかった。
「アーノルド様は襲撃があると思われますか?」
アーノルドが考え込んでいるとシュジュが表情を固く引き締めてそう聞いてきた。
襲撃があると想定するのは当然である。
おそらくシュジュが聞きたいのは森の中での襲撃の可能性、そして侯爵がどこまでしてくるかだろう。
「さぁな。だが、この戦争を終わらせるのに最も確実なのは総力戦になる前に私を殺すか捕らえることだ。襲撃がある可能性は高いだろう。だが、森の中で襲撃があるかどうかは侯爵がどれだけ狂気に染まっているかによるだろう。貴族を捨ててまで私を殺したくて堪らないか・・・・・・、それともただの貴族としてこの戦闘をどうにか収めようとでも思っているのか・・・・・・。何にせよそれほど愉快なことにはなるまい。侯爵が貴族を捨てれるほどの気概があるようには思えない。だが、逆に襲撃があったのなら少しは面白い戦いになるかもしれんぞ?」
アーノルドはニヤリと笑ってそう言った。
騎士達にはアーノルドがまるで襲撃を望んでいるかのように思えた。
「森の中で襲撃があった際に我々は応戦してもよろしいのでしょうか?」
分隊長の1人がアーノルドにそう問いかけてきた。
森の中では分隊にまで隊を分けるため普段の軍議以上に人が集まっている。
森の中で戦いが起こった場合その責はこの軍の総指揮を務めるアーノルドが負う。
許可なしで下手なことはできないのである。
「かまわん。相手が襲ってくる以上は自衛だ。それで文句を言ってくる奴の相手をするのは私の役目だ。貴様らは何の憂いもなく敵を殲滅することだけを考えよ。森の主も人間と盟約を結ぶ知性があるのならば話くらいは聞くだろうよ」
「は!」
アーノルドは眉間に皺を寄せて腕を組んでいた。
「ど、どうかなさいましたか?」
先ほど質問してきた分隊長がアーノルドの様子を見てそう聞いてきた。
「ん?ああ、いや。ただ今回のつまらぬ戦いを考えるとどうにも気が滅入ってしまってな」
アーノルドはため息を吐きながらそう言った。
「つ、つまらぬ戦いですか?」
分隊長はアーノルドの言葉の意味を理解できず聞き返した。
他の者達も言葉を発しはしないがアーノルドの言葉に耳を傾けていた。
「そうだ。・・・・・・貴様は今回の戦いをどう見ている?まともにやりあって負けると思うか?」
アーノルドはその分隊長を真っ直ぐ見据えてそう問うた。
「いえ・・・・・・、兵士の数ではあちらの方が勝っていますが、兵力という意味では悪くて互角。普通に考えるならばこちらの方が勝っているかと。余程のことがない限り負けるということは想像できません」
分隊長はハキハキした声でそう答えた。
例え同じ騎士級が100人いたとしても、ダンケルノ公爵家で騎士級になった者と他で騎士級になった者ではその実力に大きな違いがある。
ダンケルノのおかげで国同士の戦いなども経験していない騎士級が実戦経験豊富なダンケルノの騎士級を相手に1対1で勝つことは難しいだろう。
騎士達の昇級は個々人の裁量に任せられている。
ある程度の基準はあるが、自身や周りの環境によって上がる難易度が異なるのはしかたのないことである。
「そうだ。まだ不確定要素があるにはあるが、今回の戦いはもはや対峙してしまえば勝ち戦と言っていい。貴様らの力を借りている私が文句を言える筋合いではないが、今回の戦いにおいて私の面白味は全くないと言っていい。標的となる侯爵が強ければまだ良かったのであろうが、騎士級のくせに騎士級とは思えぬ弱さであるとわかっている。所詮は階級を金で買っただけのつまらん貴族だ。せめて死ぬ覚悟で挑んできてくれれば少しは面白くなりそうであるがそれも期待できぬときた。・・・・・・もはや貴様らに作られた道を進み侯爵を殺して終わりだ。そこに私の面白味など皆無だ」
騎士達の力も率いるアーノルドの力であるのだが、アーノルドはあくまで個人の力にしか焦点を当てていなかった。
アーノルドも戦力が集まるまでは流石に勝てるかという心配があった。
今のアーノルド個人の力では数でも質でも一人では対処しきれないからだ。
だが、情報が集まりアーノルドが有する戦力が決定してからはもはや負け筋が見えない。
負ける戦いよりは断然いいが、それでも貴重な訓練時間を費やしてまで得るものがありそうな戦いかと言われれば微妙であった。
軍を指揮するという経験を得られるという意味では有益であるが、おそらくアーノルドの指揮などなくともゴリ押しで勝てるだろう。
そういう戦いなのである。
ならば連れて行く戦力を減らせばいいのではないかと思うかもしれない。
だが、勝てる戦いでわざわざ相手にチャンスを与えるほどアーノルドは驕っていない。
アーノルドは何も自ら苦戦をしたいというわけではない。
ただ強くなりたいだけでなのである。
そのための機会が今回は無さそうなので憂いているだけであり、個人ではなく全体としての戦いとしては納得はしているのである。
敵は全力で潰す。
相手に付け入る隙などわざわざ与えることはない。
それにアーノルドが現状手にしている情報による判断でしかない。
不確定要素に対応出来るようにという意味でも余裕を持たせておくのが最善である。
アーノルドの言葉を聞いた分隊長はアーノルドの言っていることが頭では分かるが理解はできなかった。
戦場とは死が入り乱れる場である。
そこに面白味を求める者が一体どれだけいるであろうか。
たしかに訓練を始めてすぐの者であれば成長する自分に酔いしれ戦いを面白いと思う者は多くいる。
だが、そういう者ほど実際の戦いを前にすれば怖気付くものなのである。
そして戦いとは誰もが死なぬように万全の準備をして出来るだけ楽に勝とうとするのが普通である。
アーノルドのことを少なからず見てきた者はその言葉に動じることはなかったが、そうでない者達はアーノルドのその言葉を聞き、息を呑む者や目を細める者など反応は様々であった。
この分隊長や他の者にとって戦いとはいかに自らが有利な状況で戦えるか、また戦えるように準備するのかであり、自らが不利な状況というものを避けるのが普通である。
だが、アーノルドはその自らが圧倒的に有利な状況をつまらぬと言う。
子供ゆえの蛮勇であると切り捨てるのは容易であるが、ただの傲慢とも違う雰囲気であり、騎士達の強さを当てにして威張っているのもしっくりこない。
そこにいるアーノルドの態度はとても自然体なのである。
そして初陣にもかかわらずこの落ち着きよう。
ただの虚勢かそれとも戦いへの資質か。
騎士達はそれを見極めようとしていた。
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