短編まとめ
白田 灯
卵が割れてしまったので
「おはよ」
挨拶をする相手もいない六畳半の部屋で鏡に映った自分に声を掛けてみる。鏡なのだから僕の口に合わせてもう一人の僕がパクパクと口を動かすだけなのだけれど。
昨日会社をクビになった。というよりは、会社が潰れた。
急だなとは思ったが、よくあるリストラとかそういう類のアレで、傍から見ればあってもなくても困らないような会社が無くなっただけだ。
別に大した思い入れもなく、とりあえず働ける場所に入社しただけの会社だったから特に何も思わなかった。
そういえば昨日会社が無くなることを告げられた帰り道で犬のフンを踏んだ。特に何も思わなかった。
マンションの前のコンビニでおにぎりを二つと五〇〇ミリリットルの缶ビールを二本買った。家に帰ってビールを開けたとき、そのうちの一本から中身が噴き出して、それを僕はずっと見ていた。丸々一本おじゃんになった。特に何も思わなかった。
「とりあえず朝飯食うか」
ぽつりと呟いて冷蔵庫を開ける。卵が一つとパックご飯が一つ入っていたからそれらを取り出す。
パックご飯をレンジで温めて、卵かけご飯にしよう。二分間待たないといけないらしいからぼーっとして待っていよう。そして食べ終わったら溜まっていたダンボールを紐で縛って捨てに行こう。
変に高く、変わり映えもしない音が鳴る。レンジからご飯を出して蓋を開け、卵を乗せる窪みを箸で雑に作ってテーブルの上の卵を手に取る。
あっ、と思った時には遅かった。
グシャッという音がやけに大きく響いたような気がした。足元には白い破片と、黄味がかった透明の液体と黄色の液体がぐちゃぐちゃになって広がっていた。特に何も思わなかった。
ただ、なにもかもがどうでもよく感じた。
気付いたらダンボールを縛るはずだった紐を天井にあったフックに結び、手に取って首にかけ、椅子の上に立っていた。何も思えなかった。
そのまま椅子を蹴り飛ばす。
ああ、苦しい、悲しい。涙が出てきた。
僕は死にたくないんだろうか、だから泣いているのだろうか。
違う。生きていたって何も感じないんだ。それが悲しいんだ。このまま生きていたって僕はなんの味気もない人生を送るんだ。
涙で滲んで見えた最期の世界は、床に広がった卵の残骸と、湯気が霞み始めたパックご飯だった。
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