第29話 スライムの願い事

「お願いって何さ」


 突然街中に現れた青髪青目の少女。


 少女は自分のことをユラーのスライムだと言う。


 俺としてはとても信じられないが、信じなければ話が進まない。


 スライムから解放された俺は、とりあえず話を聞くことにした。


「先輩が出ちゃいそうなんだ。だから、先輩が出た時はドーラに倒してほしい」


 俺の質問にスライムがそう言った。


 いや、スライムの先輩って誰だ。


「俺にどうにかできる人なの?」


「人じゃないよ。モンスターだよ」


「モンスターなの? モンスターの先輩ってこと?」


「そう」


 それならば問題ないのではないか。


 モンスター相手で倒してもいいのなら、俺のブレスがダメージとして効果的だろう。


「モンスターなら倒せると思うけど、どんな相手なの? 俺の攻撃が効かないならどうしようもないけど」


 今度の質問には、スライムは黙って下を向いた。


 もしかしてとんでもない相手なのだろうか。


 まあ、そうは言ってもドラゴンとも戦ったのだし、そうそうそれ以上の相手は出てこないだろう。


「先輩はギガンテスだよ」


「なら、ゴルドでも相手できるんじゃないの?」


 ただの巨人なら、たとえ芸しか磨いてこなかったゴルドでもなんとかなるはずだ。ゴルドの水系魔法は攻撃にも使えたのだ。


 しかし、スライムは首を横に振った。


 そうか、スライムの先輩と言うことは、ユラーのギガンテスだ。


 つまり、ただの巨人というわけではなく、鍛えられてきた巨人というわけだ。


 水系魔法で相性が悪いということなのだろう。


「なるほど。そこで俺がブレスを吐けばどうにかなるんだな」


「そう! ブレスを吹いて、しっかり弱点の目玉に当てられれば、大人しくなってくれると思う」


「何その気になる言い方。届かないってこと?」


「多分ね。先輩はギガンテスだけど、ギガンテスはギガンテスでも超大型なんだ。山を砕き、地面を割る。空にも届きそうなほどの巨体なんだよ」


「何それ」


 俺の考えてたギガンテスと違う。


 いつも吹いている距離と比べて、届くのかわからない。


 そもそも目玉が見える距離なのか、それは。


 もしかしたらドラゴンよりもでかいのではないか。


「でも、そんなのいたらさすがに俺でも気づくと思うんだけど。アリサは知ってた?」


「ううん。あたしも知らない」


「それはそうだよ。普段はモンスター封印のツボに入れられてるんだもん」


 どうやって中に収納されているのかわからないアレか。


 ゴルドと一緒にやってきた時は、スライムとパンサーを繰り出してきたが、まさかギガンテスまで入るなんて。


「どう? ボクがお願いできるのはドーラとアリサさんしかいないんだ」


「ぐるぅぅ」


 パンサーまで申し訳なさそうな顔をして唸ってきた。


 なんだろう。ここで断るのは人としてどうかという気がしてくる。


「俺はいいけど、無策で行っても潰されるだけだろうし。そもそもどこに出てきたのかにもよると思う」


「サーカスだよ。だから、特に邪魔なものがあるとは思わなくていいと思うよ」


「サーカスにそんなでかいの入るの?」


「なんかテントが大きくなってた」


「そんな機能が……。いや、そもそも、どうして先輩を出さないといけないような状況になってるのさ。ゴルドはモーケとケンカでもしたの?」


「それは、よくわからないんだけど、団長が何かしだしたら、急にみんな自由に動けなくなっちゃったみたいで、ボク怖くなって飛び出してきちゃったんだ」


「モーケってそんなことできたのか」


「知らなかったの? まあ、あたしも少し聞いただけなんだけど、人形使いのモーケって呼ばれてたみたいよ?」


「へー。人形使い」


 つまり、人形を操る能力を人に使い、それがゴルドやユラーの動きを制限していると。


 そして、ユラーを操りギガンテスを呼び出そうとしているというわけか。


「いくら団長だとは言え、団員にそんなことをするのは許せないな」


「助けてくれる?」


 きっと最初から、これが言いたかったのだろう。


 上目遣いで言ってくるスライムに俺は頷いた。


「もちろん」


「ヤット追イツイタ。ドーラ、話ガアル」


「え」


 スライムとの話がついたタイミングで、スライムの背後から一人の男が現れた。


 うつろな表情でこちらを見ているのはどう見てもゴルドだった。


「どうしたんだ?」


「イイカラコレヲ受ケトレ。ドウスルカハ、オ前次第ダ。あ、アリサ! うっ!」


「本当にどうしたんだ?」


「サラバダ」


 紙を押し付けゴルドは背中を向けて去って行った。


 アリサに反応したように見えたけど、一瞬だけだった。


「なんて書いてあるの?」


 スライムに言われ、俺は紙を広げた。


「明日サーカスとして正々堂々勝負しろ。逃げればお前たちの居場所はないと思え。モーケ」


「スライムが団員を操ってるって話は本当みたいね」


「しかも、私たちにまで攻撃をしかけようとしているのか」


「どうやら、スライムが来なくても行かなくてはいけないらしい」


 そうと決まれば。


「今回こそは万全の準備をするため、一度帰って作戦会議だ。みんな、それでいい?」


「ドーラがそれでいいなら」


「私も全力でサポートしよう」


「後輩の頼みだからな」


「今回もオールブーストしてあげるからね」


 俺の言葉に仲間たちは頷いてくれた。


「だってさ」


「みんな。ありがとう」


 スライムは泣きながら頭を下げた。




「苦しい」


 まだ夜中だというのに目が覚めてしまった。


 作戦会議をして、明日に備えて早く眠ったのだが、むしろなかなか眠れないのか。


 それもそうか。このテントには慣れているわけでもない。そのうえ今夜は、スライムもテントに泊まることになった。いつもと違うことまみれだ。


 しかし、なんだかやけにひんやりする。


 俺は近くを探ると柔らかい感触が返ってきた。何があるのか確認するため、じっと見つめてみた。


「うわっ。何してるの?」


「なんだかこうしてると落ち着いて」


 俺はどうやらスライムに抱きつかれていたようだ。


 しかも人の形をした状態で。


「スライムも眠れないのか?」


「うん」


「そうか」


 ユラーのことが心配なのだろうか。


 どんな人間であれ、スライムにとっては主人だもんな。


「大丈夫だって。俺たちが解決するから。スライムも明日に備えて眠るといいさ」


「うん。大丈夫だよね。ボクドーラのこと信じてる」


「おう」


 少しするとすうすうと寝息が聞こえてきた。


 スライムでも寝息を立てるのか。


 なんて考えてから、俺も一度伸びをしてから、明日に備えて眠りについた。

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