第16話 冒険者登録

「では、始めますね」


 にこやかに笑みを浮かべる受付嬢。


 俺はギルドにて、冒険者として登録することとなった。


 始めますねと言われても、何をどうするというのか。


「と言っても、私が何かをするわけではないんですよ」


「え?」


「ここに書いてある通りに作業を進めてください。それで完了します。なので紙が全てを教えてくれます」


 教えてくれるってそういうこと?


 リルの言葉を思い出しつつ。俺は渡された紙に目を通した。


 何やら色々と書かれているが、どれもすぐにできることばかり。


 とりあえず俺は、何も考えずに書かれていることを上からこなしていった。




「終わりました」


 俺が話しかけると、受付嬢は笑顔で。


「ちょうどよかった。今、素材の確認も終わったところですよ」


「本当ですか」


「では、こちら今回のクエストの報酬の一部と、ドーラさんの冒険者カードです」


「おお!」


 一部と言っているが、思っていたよりも多い報酬の袋。サーカスに出させてもらっていた時も、もらったことがないほどの大金だ。


 そして、俺の冒険者カード。


 俺が冒険者である証。


「ドーラさんの実力なら大丈夫だと思いますが、報酬を狙うような人もいます。気をつけてください。それと、冒険者カードはドーラさんのこれまでの記録や、ドーラさんの実力の証明にもなりますので、携帯しておくことをおすすめします」


「わかりました。ありがとうございます」


 俺は受付嬢に頭を下げると、渡された物に手を伸ばした。


 運んできたツタよりも重量感のある袋と、冒険者カードを持って、リルがいるギルドの隅まで移動した。




「報酬もらって来たよ」


 俺が戻ると、三人とも目を輝かせながら俺の方を見てきた。


「ご苦労!」


 リルの喋り口調は変わっていないはずだが、なんだか顔が明るい気がする。


「どうしたのみんな」


「いや、何。これで私たちも、並の生活ができるなと」


「そうなの?」


 並の生活って。一体今までどんな生活をしていたんだ。


「そうさ。道具、設備、その他諸々。日々の生活にさえ苦労する状況だったが、これでようやくなんとかなる。森の主の報酬が一部でこれだけあるなら、全て入ってくれば飯を抜かなくて済む」


「そうよ。やっとお風呂にも入れる」


「オレも欲しかった物が買える」


「それは却下」


「なんでっすかリルさん!」


 ヤングは自分の意見だけ却下され、反論している。


 いや、報酬が入って舞い上がるのはわかる。


 俺だって貢献できて嬉しい。けれど、水を差すようだが、これは言っておいた方がいい気がする。


「でも、これって一時的な報酬、で継続してもらえるわけじゃ」


「そんなことは今はいいんだよ。それより、今日はパーっとやろうぜ!」


 俺の言葉を遮りながらヤングは身を乗り出してきた。


「まずはその前に、ドーラの冒険者カード見せてみろよ。これでようやくリルさんの目がどれだけのものかわかるぜ」


「ふ。私の目に狂いはないさ。ドーラは実力者だ」


「どれどれ」


 俺としては冒険者カードなど見ることが初めてでこれまで、と言われても森の主を倒しただけだ。


 そのことが書かれていることくらいしか、よくわからなかった。


 気軽に見せたものの、なんだか反応がない。


 三人とも顔を突き合わせて、カード一枚を覗き込んでいた。


「俺のそんなにひどい?」


 俺はビビりながら聞くと、三人揃ってバッと顔を上げた。


「そんなわけないだろ。なんだこれ。お前、なんで火しか吹かないんだよ」


「いや、俺が使えるのは火吹き芸だけで」


「バッカ。そうじゃない。なんで色々できるのに火しか吹かないんだって聞いてるんだよ。お前。じゃあ、スキル、全属性ブレスってなんだよ。お前、火以外の属性も使えるってことか?」


「さあ? そうなの?」


 いや、確かにさっきはちょっといつもよりカラフルだなーと思ったけど。


 他の属性ってどう吐くのさ。


「それに、何この魅力の高さ。異常に高いじゃない。ねえ、どうやったのよ?」


「いや、俺は何も特別なことはしてないけど」


「何もしてなくてこんな値にならないわよ」


 そう言われても、俺は毎日の日課をこなしていただけだ。


「あっ。アリサって子が前のサーカスにいたんだけど、結構しっかり指導してくれてたんだ。多分、その指導がよかったんだと思うよ。サーカスだから、魅力は必要だって鍛えられたし」


「その子教えて」


「マイル。魅力低いからって必死になるのはどうなのさ?」


「あんたほどじゃないから。ね、お願い」


「まあ、話が通ればね」


「やったぁ! 約束だからね」


 なんだかテンションが上がっているが。俺、アリサと会話できるかな。


 甘やかそうとか思ったけど、そもそも考え直してるんじゃないか?


 どうしよう。


 そうしたら約束も守れないし。ま、なんとかなるか。


「そもそも。なんだこのスキルの多さは。私のスキルにも反応しなかったぞ。ええ? ジャグリングにナイフスローイング。魔物使いの適性もあるのか? これなら一人でサーカスができるんじゃないか?」


「さすがにそれは無理だよ。俺のジャグリングやナイフスローイングは、きっとヤングに敵わないって」


「スキルのレベルとドーラ自身のレベル的に、ヤングに勝ち目はないと思うぞ」


「え」


 フォローしたつもりが逆にけなしてしまっていたのか。


「お前、オレが一番気にして口に出さなかったところを、わざわざ掘り下げてくるんじゃねぇ」


 俺が固まっていると、いきなりヤングが掴みかかってくる。が、いや、俺そんなたいそうなことやってきてないぞ?


 ただ、日々必死に練習してなんとか追いつこうとしていただけで。


 それでもいつも後ろで見ているだけだったのに。一体どういうことだ。


 森の主倒したからか?


「いや、リルさんもハズレってことで、ここは全員痛み分けでいいんじゃないすか?」


「なんでワタシまで負けてることになってるのよ」


「お前は魅力値に反応しすぎなんだよ」


「仕方ないでしょ。サーカスなら必要だってドーラも言ってるんだから」


「受け売りじゃねぇか」


「どれどれ、新入りはどうだったんだ?」


「スカウトできなかったけど、情報くらい教えてくれてもいいでしょ?」


 俺の冒険者カードでみんなが騒いでいると、ギルドにいた他の冒険者たちも集まってきた。


「あ、勝手に取るな」


 いつの間にやら俺の冒険者カードがあっちへ行ったり、こっちへ行ったり。


 これじゃ携帯どころではないのだが。


 なるほど。自分で持っていないといけないというのは、こういう騒ぎでパクられるかもしれないからなのか。


「ええ? これで今日から冒険者なの?」


「おいおい。俺より強いじゃないか」


「ねえ、やっぱり私たちのパーティに入らない?」


「返さないか。それはドーラの私物だぞ。あと、私を通さずにスカウトするのはやめてもらおうか」


 俺の冒険者カードを見て、ワイワイ騒ぎ出す冒険者たちに、リルが何度も言葉を投げかけた。


 しかし、今度ばかりはその騒ぎが止まることもなく、いつの間にかどんちゃん騒ぎへと移り変わっていた。

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