第3話 アテもなく森の中

 アリサからもらった包みを肩に下げ、俺はやみくもに走っていた。


 照れを隠すために走り出してしまったが、どうしようか。完全に道に迷ってしまった。


 辺りを見回すも木、木、木。森だということはわかるが、他の情報が全くなかった。


 本当に右も左もわからなくなるとは思ってなかったため、いざ迷ってしまうと、下からゾクゾクと鳥肌が立つのを感じた。


 さっそくアリサの持ち物を探ってみるが、ほとんどがアリサの衣装で後はお金と、少しの食糧があるだけだった。


「くそう。地図くらいパクってくるべきだったか」


 いやいや、もしそれでアリサの立場が悪くなったらたまったものではない。


 せめて街の方に走り出すのだったと、今さらながら後悔していた。


「仕方ない、日が高いうちにうろ覚えで街を目指すか」


 俺は包みを肩に担ぎ直し、おそらく街があっただろう方向へと歩き始めた。




 どれほど時間が経っただろう。


 あまり進んだ気はしないのに、なんだか森の奥に進んでしまった気がする。


「おかしいな。こっちが街だと思ったんだけど、逆だったか?」


 もし逆だとしても来た道を引き返すことになる。


 後少しで街だとしたら、それはそれでもったいない。


「うーん」


 我ながらサバイバルスキルの低さに驚かされるが、俺は構わず同じ道を進むことにした。


「キャー!」


 行く道を決めた時、女性の声が聞こえた。


 正確な方向はわからないが、ほとんど来た道を引き返す方向。


 ほんの一瞬だけ迷ったものの、俺の体は反射的に声がした方に動いていた。




「なんだこれ」


 俺の方向感覚はおかしかったが、耳だけは確かだったようだ。


 声のした方を目指して走ってきたが、女性を見つけることができた。


 だが、何故か足を絡め取られ宙に浮かされていた。


 その相手というのは。


「ツタか? いや、本当になんだこれ。本体が見えないんだが」


「ふ、叫んでみるものだな。やはり男は女性の悲鳴に弱いらしい」


 俺が困惑の声を漏らすと、ひっくり返ったままにされている女性は、よくわからないことを言い出した。


「意外と大丈夫そうですかね?」


「何を言うか。この状況が大丈夫そうに見えるか?」


 女性はツタに足を取られ、いつ落とされるかわからない状態だ。


 落とされれば地面に頭から突っ込むことになる。


「見えません」


 俺は素直に答えた。


「だろ? そして、ここに来たということはどうにかできるのだろう?」


「いーや。どうでしょう」


 俺は腕を組んだ。


 改めて考えてみたものの、ほぼ手ぶらの俺に、モンスターを相手する力はない。


 俺は冒険者じゃなくてただのサーカス団員。いや、元サーカス団員だ。


 無職の俺には手に負えない。


「おい。どうした? 私のことを気にかけてくれるのはありがたいが、とっとと助けてほしいのだが」


「えーと、大変言いにくいんですけど……」


 どうしよう。素直に伝えてこの場を立ち去り応援を呼んだ方がいいのか。


 でも、助けを呼ぶ先もわからないし。


「おわっ!」


 急に襲いかかってきたツタに、俺は反射的にスキル、火吹き芸を発動させてしまった。


「何をする! キャー!」


 女性も驚いたように声を上げた。


 いや、それは大丈夫です。これは見た目の割に攻撃力はないんです。


 演出力や火力は高まったものの、火力は料理に使える程度で、サーカスの仲間は誰も顔色ひとつ変えることすらありませんから。


 だが、俺の心の説明が届くはずもなく、女性は叫び続けていた。


「あれ?」


 何故か焦げ臭い。


 だが、少しでもダメージをと思って、俺は必死に火を吹き続けた。


 当たり前だが、止めてないのに臭いが止まるはずはない。だが、火のせいで様子が見えない。俺はおそるおそるスキルを解除した。


 ああ。きっと木に燃え移ったのだ。でも、燃やさないように吹いたはず。


 なら、ツタにやられなかったのだし、少しくらいは効いているのかもしれない。そう期待して俺の吹いていた火が晴れると、森の木は無事だった。


「よかった。大火事になったら止められないからな」


「下に来い!」


「はい!」


 反射的に背筋が伸び、俺は女性の足元まで走った。


 かろうじて女性を受け止めていたツタが黒く焦げ、跡形もなく消え去ると、女性は落下した。


 俺はなんとか両手で受け止め、女性を抱きかかえた。


「大丈夫ですか?」


「ああ。なんともない。すごいなお前」


「そうですか? なんとかなってよかったです」


「まずは命あってこそだからな。だが、お前ほどの人材を私が知らないとは……」


「いや、たまたまですよ。俺はついさっきサーカスをクビになっただけの男ですから」


「そういうことか!」


 女性は納得したように手を打った。


 俺としては何がそういうことなのかわからない。


「いつまでこうしてるつもりだ?」


「ああ。すいません」


 俺は女性を丁寧におろすと頭を下げた。


「それでは失礼します」


「待て」


 俺が背中を向けるより早く女性は言った。


 俺は目を泳がせた。


 やばい。やっぱり何かしたのかもしれない。火吹きで大切なものを巻き込んだのかもしれない。


 まずは命あってこそとか言ってたよな。それってつまり何か巻き込んだんじゃ。


「な、なんでしょう」


「お前。名前は?」


「ドーラです。ドーラ・バルバドル」


 やっぱり何かやってしまったのだ。


 名前を聞いて通報するのだろうか。


 それとも晒し者にされるのかもしれない。


 よく見れば、賊のような見た目をしている。綺麗な女性だからもしかしたら親玉なのかもしれない。


 人を惹きつける、魅惑的な紅色の髪や瞳は誰だって目を奪われそうだ。


「ドーラか。気に入った。ドーラ。私のサーカス冒険団に入らないか?」


 女性が笑顔で言って見せた。

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