第6話 わが名はトーメー。冒険者トーメーだ! 唾、ペッペッ!

「しかしさ、全然疲れないね」

『筋肉への栄養補給、疲労物質の排除など回復措置を毎秒行っていますからね』

「じゃあ走ってきたとしても疲れない訳?」

『厳密に言うと体内の資源を消費するので、痩せていきますけどね』

「さすがにそうか。エネルギーに限りはあるのね」

『改造した蜂に取っ替え引っ替え栄養注入させる手もありますが』

「絵面が怖いな! アナフィラキシー的なショックだわ!」


 普通にご飯食べるよ、栄養補給には。


『まだ昼までには少し時間がありますが、ここらで昼食にしましょう』

「そうだね。ここなら見晴らしもいいし」


 山道に入ってしまったら、丁度良い休憩場所が見つからないかもしれない。早目の栄養補給は重要だね。

 小休止程度であれば荷を解くまでもない。弁当用の携帯食料と水筒を取り出して、背嚢を下ろした。


「これ、乾パンていうのかな? 堅いけど、ほんのりパンの味がするね」

『本来ジジイに食わせるもんじゃありませんが、顎も若返っているので大丈夫でしょう』


 失礼だなと思うが、確かに年寄りには堅すぎるし、乾燥しすぎだな。口の中の水分を全部奪っていく。


『いざとなったらカロリー源として砂糖でも舐めていてください。他の栄養素は体内で合成しますから』


 それは心強いけど、馬じゃないんだからご褒美に角砂糖的な絵柄はノーサンキュー。せめて飴ちゃんにして。

 真面目な話、飴は非常食として持ち歩いている。カロリー大切よ。


 さて、また歩き出そうかと思ったら、何やら物音がする。何だろう?


「アリス?」

『プローブを飛ばしました。人間ではありませんね』


 安全だというので見に行ってみると、お馬さんだった。


「怪我をしている訳じゃないのか?」


 裸馬が何かに怯えて騒いだようだ。蛇でもいたのだろうか?


『ナノマシンを注入しました。診断します――』


 俺を見ても逃げようとしないところを見ると、人間に飼われていた馬かもしれない。逃げ出したのか、はぐれたのか?


『チーン。分析を完了しました。老衰ですね』


 何だ、そりゃ?


『歳を取って歩かなくなったので捨てられたのでしょう』

「それじゃテイムしても無駄か」

『ジジイは諦めが早いですね。アリスにお任せください』

「どうするの?」

『ナノマシンを濃い目に入れて、若返り治療を施しましょう』


 なるほど。この体で実績があるもんね。寿命って何だっけ?


『施術完了には1時間ほど掛かるので、歩きながらやりましょう』


 ナノマシンの制御によるのだろう。馬はポコポコと俺に近付いてくる。ちょっと可愛いかも。お鼻を撫でてやった。


「若返らせたら、この馬乗れるよね?」

『はい。駄馬1号とでも名付けましょう』


 そりゃ可哀想だって。


「カッコいい名前にしようよ。そうだな――。矢のように走れという願いを込めて、アロー号だ」

『それが昭和の感性なんですね』


 一言多いな。放っといてくれ。


「悪くないよな? アロー」


 馬はブヒヒンと鳴いた。

 帰ったら馬具も必要だな。アローのためにも稼がなきゃ。家族ができた気分だぞ。


『では、あきらさん。駄馬1号の鼻に息を吹き込んでください』

「はい?」

『ナノマシンを注入するためです』


 人目がなくて良かったよ。馬の鼻に息を吹き込むなんて、かなり間抜けな光景だぞ。いや、やるけどが。


「フーッ。これでどう」

『結構です。まあ、ツバを塗っておくだけでも良かったんですが』

「先に言って! 人目がなくても恥ずかしいんだから」

『後はナノマシンにお任せです。砂金の採掘場一帯に近づく頃には、およその措置は終わっているでしょう』

「いやあ、ありがたいね。魔法は使えないけど、考えようによっちゃこっちの方がだいぶ楽ちんだよな」


 何しろ、魔力も頭脳も使わず、丸ごとお任せでテイムから治療から若返りまでやってくれるんだもんね。まてよ?


「考えてみると、馬具だってナノマシンで合成できるよね?」

『できますね。できますけど、買い物の楽しみっていうのもありますからね』

「たしかに」

『世間の人とのふれあいって大切にしないと』

「まったくだ」

『あと、めんどくさいし——』

「台無しだよ!」


 それでもお金を稼ぎ、お金を使うという当たり前の生活から生まれる「うるおい」というものもあるので、ここはアリスの言う通り錬金術の使用は少なめで行こう。


『トーメーさん』

「うん、何?」


 アリスと相談してこの世界での名前は「東明」を音読みした「トーメー」にした。呼び方になれるように、アリスとのやり取りでもこっちを使う。


『どうやら獣の縄張りに入ったようです』

「!」


 わたしは立ち止まると、思わず身構えた。


『いや、ケツ向けてますけど』

「後ろから来るのかよ!」


 顔を赤くしながら、わたしは後ろに身構えた。


『正面から襲ってくる獣なんて、滅多にいませんからね。――さて、問題です。戦いますか、逃げますか?』


 君子危うきに近寄らず。できれば人を襲うような獣には逢いたくないけど――。


「相手の強さってどんな感じ? わたし――俺に倒せるの?」

『少年は運命と戦う決意をした――ってな感じを出そうとしてんですか? 倒せる、倒せないで言ったら楽勝で倒せますね』

「そうなの? でもそれって、アリスの力を借りればってことだよね?」

『生きてるだけでおんぶに抱っこですけどね。直接的な介入を最低限にした上で、負ける要素はありませんねえ』

「相手の獣ってどんな奴?」

『狼タイプです。3頭でチームを組んでいますね。1頭が後ろ、他の2頭が右左から迫ってきています』

「結構ピンチじゃない?」

『余裕ですって。面倒くさいので索敵マップを視界に表示します』


 視界の隅に、ゲームのサブ画面のようにマップ情報が表示された。これ便利。


『常に正面方向が上に表示されます。赤が敵です』

「ハイテクだね。これなら不意打ちを食らうことはなさそう」

『続いて会敵時の戦闘パターンについて、戦術情報をダウンロードします』


 後頭部が若干圧迫されるような感覚がしたかと思うと、対レッサー・ウルフ(というらしい)の戦い方が記憶に刻まれた。何の前触れなく、覚えた・・・という感じが湧き上がってくる。


「大学受験の頃、これがあったらなあ」

『30秒後に右から会敵。28、27……。というか、サブ画面に秒読み表示します』


 さて、こっちは30秒で戦闘準備だ。といってもねえ。

 俺は腰のベルトからハンティング・ナイフを抜くと、右手に構えた。それからおもむろに口を開くと――。


「ペッ、ペッ、ペッ!」


 周りにつばを吐いた。


「このやり方、何とかならないかなあ……」

『頼みの綱のナノマシンをたっぷり振りまくには、つばを吐くのが一番なんですよね』

「にしてもねえ。テンション下がるわ」


 敵が来たらつばを吐くヒーローって……。


『お姫様の前では戦えませんね』


 闘い方が汚いって、嫌われるよね?


『会敵10秒前』

「――迎撃システム作動」


 さて、見せてもらおうか、若返った肉体の性能ってやつを。

 マップ上の3点が集まった。予告通り右の1頭が最初に姿を見せた。大型犬サイズのグレー色。


「うん。いかつい顔してるけど、戦力が分かっているとさほど怖くはないな」


 俺、犬好きだし。


「ダッシャー! 水餃子ぁー!」


 いや、意味ないけど、とりあえず大声をかました訳で。相手は獣なんで、意味なんか分からないんだし。

 案の定? レッサー・ウルフ1はビックリして固まった。そうだよね。訳判んない奴って気持ち悪いよね。


 左から2頭目が現れた。


「二番煎じ!」


 また、怒鳴ってやる。「へっ?」て感じで動きが止まる。


「3回目〜ッ!」


 正面から最後に出てきた3頭目にもかましてやる。さすがに3頭目は効き目が弱い。ウロウロしながらこちらの様子を伺っている。

 まあ、いいや。とりあえず出足を止められたらこっちのペースだ。


「では、行ってみよう」


 ナノマシンの準備はよいかな?


「アイ・クラッシャー!」


 つばを飛ばしておいた地面から泥団子が飛びだす。泥団子は3頭の眉間にそれぞれ飛んで行き、破裂した。


「ギャン! ガルル……」


 ナノマシン入りの泥団子は、正確にウルフの両目をふさいだ。攻撃力ゼロだが、完全に視界を奪って張り付いている。

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