逆らってはならない相手(Side:ローカン)

舞踏会で師団長の娘のアンジェラが何かやらかしたらしい

そのせいでアリシャナが帝王の命でスターリング家に嫁いだというのを聞いて俺は嫌な予感がしていた


師団長は昔こそ技術だけは素晴らしい魔術師だった

でもそれは10年ほど前、師団長になるまでの話だ

自信に満ちた師団長から繰り出される魔術はかなりの威力があった

威力だけで言えば当時師団長にかなう者はいなかったし、だからこそ師団長になれたのだろうが…


「あれがピークだったんだろうな」

ぼそりと呟いた言葉に苦笑する


師団長になった途端人が変わったんだよな、あの人

権力を手にしたらダメになる人間の典型だった

それまで懸命に魔術を上達させるために励んでいたのが嘘のように、ふんぞり返るだけの人間になってしまったのだから自業自得でもあるだろう

それでもあの人が師団長でい続けられたのはアリシャナの力に他ならないと側近は皆知っている


それにスターリング家の当主は国務機関長のはず

以前から師団長を変えるべきだと進言していたのは有名な話だ

おそらくあの人は師団長が自ら仕事をしていないことに気付いているはず


「流石にアリシャナがしてるとは思ってないだろうが…」

常識的に考えてありえないことだから当然だ

アリシャナがその業務をこなせていること自体が奇跡に近い


「もし国務機関長がアリシャナに手を引かせたら…」

自らの言葉に俺は寒気がした

そんなことを考えていたからなのか突然帝王から召喚状が届いた


「大丈夫かローカン?」

「気を確かにな」

帝王からの召喚状というだけに側近の仲間が気にかけてくれる

それに背を押されるように俺は帝王の待つ部屋に訪れた


「知ってることを話せ」

「…!」

開口一番発せられた言葉に息を飲んだ


ここで誤魔化せば俺だけでなく側近全ての一族の未来は一瞬で消えるだろうと悟った

だからみんなに申し訳ないと思いながらも全てを話した

申し訳なかったと最後に謝罪を繰り返す


「黙することでアリシャナの居場所を作っていたのだろう?そなた達には感謝している」

予想外の言葉だった


「我もそれなりに調べておる。ブラックストーン家でのアリシャナへの仕打ちに下手に口を出せばさらに当りが強くなっただろうな」

「…」

「そなた達が普通では考えられないボリュームの茶菓子を用意していたのも聞いている。そんな其方に頼みたいことがある」

そう前置きして帝王が口にしたのは俺に師団長代理をしろという命だった


「書類を全て2部ずつ、ですか…そんなことをしたら他の機関も混乱しませんか?」

2部ずつ書類が回れば単純に業務量が倍になるだけじゃなくタイミングのずれた書類の精査が必要になるはず


「それは無いと我は見ている」

帝王はキッパリ言い切った


「魔術師団の者には手間をかけることになるが1か月程協力を要請する」

「1か月…ですか?」

「それだけあれば十分だ」

帝王のその言葉通り1か月もしない内に師団長の無能さは誰の目にも明らかとなった

そして異例の裁判で師団長は処罰された


俺は代理から師団長に昇進することになったが、元師団長のようにはならないと心に強く誓ったのは言うまでもない

なによりあの帝王を欺けるなどかけらも思えない

そう言う意味では元師団長は強者だったのかもしれない…

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