第34話 モルスの秘密




「……長老。どうしてこの国にいるんだ?」


「アルタよ、お前さんのことが心配だったから来たんじゃよ。その様子、どうやらコテンパンにやられたようだのぅ」


「外傷はねーよ。聖剣が折られちまっただけだ……」


「肉体の話じゃない、精神のことじゃ。せっかく強くなったとイキっていたのに、相手はシャレにならないほど上を行くバケモノ。そりゃヘコんで当然じゃわい」


 同調を示すわりには嬉しそうに声を弾ませる、ルンペ爺さん。

 そのおちょくるような態度にアルタもカチンとする。


「ヘコんでねーよ! ただあんな奴に執着するまえに、俺には他にやるべきことがあると考えていただけさ!」


「ほう、他にやるべきこととはなんじゃ?」


「――俺を追放しやがった、祖国である神聖国グラーテカへの復讐だ! まずは姉貴のイライザを殺す! 次に義兄の豚夫ロタッカだ! 俺に成り代わり国王になったと聞く……『死神セティ』と女共への復讐はそれからでも遅くない!」


「なるほど……それも悪くないか」


 ルンペはアルタの答えに妙に納得して見せている。


「悪くないってどういう意味だ、長老?」


「ふむ、お前さんが復讐を望む順番じゃよ。いきなり大物を狙うよりも小物から攻める方が無難じゃろ? とはいえ神聖国グラーテカは大国で有名じゃ。単独では無理があるんじゃないか?」


「一人じゃねーよ。ポンプルがいる。こいつの身体に爆発物を仕掛け、爆発させ王都か城内で騒ぎを起こして警備が手薄になっているうちに、俺が奴らを暗殺しに行けばいい」


「アルタの兄貴ィ酷いっす! あんさんとんでもねぇ鬼畜っす!」


「うるせーっ! 見た目が可愛いしか能がねぇ、お漏らしホビットは黙っとけ!」


「身も蓋もないのぅ。しかしアルタよ、そのポンプルに何かあると、ある者が激昂し問答無用にお前さんを殺しに来るぞ……無能なウザキャラだが大事に扱った方がいいぞい」


「この爺もとんだ糞っす!」


「長老、じゃどうすりゃいいんだよ?」


「うむ。お前さんの覚悟次第じゃな」


「覚悟?」


「そっ、今よりも強くなりたいと望む覚悟じゃ」


「……そりゃ強くなりてぇよ。今回の事でつくづくそう思ったぜ……俺が『死神セティ』並みに強ければ、ガチでこの世界の支配を目指すかもしれねぇ……もう二度と誰にも舐められねぇ」


「――では、強くなるため自分の半身を捧げる覚悟はあるか?」


「お、俺の半身? どういう意味だ?」


「言葉のままだ……どうする、アルタ?」


 ルンペの口調が変わっていく。もう一つの顔であり正体である、モルスとしての問いである。


「ああ勿論だ! 強くなれるなら半身くらい捧げてやるぜ!」


「よし成立だな。この『魔剣アンサラー』をお前に授けよう」


 モルスは背中に背負っていた『魔剣』と取り出し、アルタに渡した。


「い、いいのかい、長老? これって、あんたの大切なアイ……って、あれ? 長老? ルンペ爺さんどうした! おい!?」


 アルタが『魔剣』を受け取った途端、目の前の老人は動かなくなった。

 口を開けてよだれを垂れ流したまま、白目を向いている。


「爺さんってばよぉ!」


 アルタは、その身体を揺さぶるとルンペはドサッとうつ伏せで倒れてしまう。


「あれ? おい、まさか……死んでいる?」


「アルタの兄貴ィ、間違いないっす! この爺さん死んでいるっすよ!?」


 ポンプルがしゃがみ込み、老体に触れて脈を確認して断言する。


「そんな……嘘だろ、いきなり……ルンペ!」


(――安心しろ、アルタ。ワシ、いやは死んでいない。そもそもこの世で殺せる者など存在しない)


 アルタの脳内で語り掛ける声。しかも声質はアルタ本人の声だ。


「誰だ、お前……ルンペか?」


「兄貴、誰と喋っているんすか?」


 ポンプルには聞こえない、アルタの中だけで聞こえる声のようだ。


(そうだ、俺はルンペ。本当の名はモルスと言う。グランドライン大陸の裏社会を支配する暗殺組織『ハデス』のボスだ)


「モルスだと? ハデスのボス……お前が?」


(そうだ、我が半身よ)


「お前はなんなんだ? どういう存在なんだ? ルンペ爺さんはどうなったんだ?」


(ルンペは死んでるよ、とっくの前からな。俺が感染・ ・したことで寿命が延びて動いていたにすぎない……偽りの身体としてな)


「偽りの身体? 感染? なんなんだ?」


(教えよう。俺の正体はウイルスだ。太古より進化を遂げ意志を宿した集合体、バクテリアだと思ってくれ)


「ウイルスだと!?」


(言葉にするな。心で念じろ……俺の秘密は誰にも知られるわけにはいかない。まぁ知られたところで死滅させる術はないがね。ワクチンも存在しないし、神聖魔法を持っても排除することは不可能だ。肉体が滅んでも次の宿主に感染すればいいだけのこと)


(つまり無敵って意味か? この感じだと怨霊とかでもなさそうだな……でもウイルスだと感染したら、そいつは死んでしまうとかじゃねーのか?)


(いや寧ろその逆だ。ルンペを見ていただろ? 俺に感染された身体は限界以上の力を引き出し寿命も延びる。強いて言えば、脳が感染して意識が俺に乗っ取られるくらいかな?)


(何!? なら俺の意識も乗っ取るつもりか!?)


(いや今回は特別だ。半分だけだ……意識までは乗っ取らない。現にこうして会話できているだろ?)


(そ、そうだけど……ウイルスって聞くと、なんか抵抗あるぜ。他にも感染者はいるのか?)


(感染者というより保菌者キャリアと呼ぶべきか。保険のため何体かはいる……だがモルスとして活動しているのは、今のところ俺のみだ。同時に活動させてしまうと、それだけパワーが分割されてしまうという縛りがあるのだ)


 ちなみに以前、老婆と混浴美女の姿で現れセティにあっさり屠られた存在が、その『保菌者キャリア』であった。


 アルタは無言で首を傾げて見せている。


(よくわからねぇ……それで俺の半分を乗っ取って、あんたは何をするつもりだ?)


(復讐の手助けだよ。俺にとっても『死神セティ』は排除すべき存在だからな。だからアルタよ、その為にお前の意識を壊さず残したのだ。俺はお前の『心の闇』と『負の念』に期待している。したがって俺達は運命共同体となったと言ってもいいだろう)


(運命共同体か……まぁ、とりあえず俺は復讐さえ果たせりゃそれでいい。事を成し遂げても裏切るんじゃねーぞ)


(貴様もな。下手な情や良心に目覚めぬことだな。そのためにポンプルを連れて行く。万一は奴の吟遊詩人バードの能力で、お前の精神を操り固定する。目的を忘れるなよ)


(わかっているさ……けど感染されている割には不思議に怖くねーな。寧ろ力が漲ってくる感じだぜ……へへへ)


(きっと波長が合うのだろう。思った通り良い『器』だ……これならセティをモノにできるか)


(偽物の死神をモノにするだと?)


(……いや何でもない。貸したモノを返してもらうという意味だ。奴があそこまで完成したのは、俺のおかげだからな)


(なるほど……待てよ、じゃ俺も組織ハデスのボスになったってことか?)


(そうなるな。下っ端の暗殺者アサシンくらいなら、お前の権限で動かすよう許可しよう。幹部クラスは不可能だぞ。特に『四柱地獄フォース・ヘルズ』の奴らは俺の頼み事は聞くが、基本言う事を聞かない。裏切らないようそう取り決めているからな)


 事実上、これまで散々命を狙われてきた組織ハデスのボスとなったアルタ。

 なんとも皮肉な話だろう。


 しかし今のアルタには関係ない。

 たとえ悪魔に魂を売ろうと果たすべき目的があるからだ。


(わかったぜ……へへへ。これでグラーテカに復讐するのも容易になってきたぜ。後は『死神』だけだな……そりゃ後で考えるわ)


 アルタはニヤリと微笑む。

 ちなみにこの脳内でのやり取りは一秒ほども経っていない。

 

「ポンプル、ズボンとパンツ取り替えたら行くからな。早く着替えろよ」


「わかったっす。アルタの兄貴……大丈夫っすか? 様子が変っすよ? (あっ、こいつ元々変な野郎っす)」


「ああ問題ねぇ、寧ろ絶好調になったぜ。お前も俺と行動ができて光栄に思うんだな」


 何せ俺の半分は組織ハデスのボスになっているんだからな。


 ポンプルが着替えをしている中、組織ハデスの『掃除屋』が現れ、ルンペの亡骸を回収した。

 アルタは一滴も涙を流さず、その手際の良さを黙って見入っていた。


 恩があるとはいえ、あくまで仮初の身体。

 その本体は今、自分の中にいるのだから悲しむ必要はない。

 否、そういう感情すら無くしてしまったのか。


 こうしてアルタはポンプルを連れて、再び復讐の旅に出た。


 目指すは嘗ての祖国である、神聖国グラーテカだ。

 



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