第21話 瞬殺とスローライフ




 テイマーの暗殺者アサシンタークより、レティオと呼ばれた巨大狼のフェンリル。


 青白い毛並みでシュッとしたスマートな出で立ちとは異なり、禍々しい魔力を秘めており、息をする度に青い炎が口から漏れている。

 確か魔獣系の中でも最強クラスに位置する獰猛な存在だ。


「数体のビックベアを同時に飼いならしているのも驚いたけど、まさかフェンリルまで……糞野郎だが、テイマーとしての実力は本物のようだ。お前も恩寵ギフトスキル持ちか?」


「まぁね~、ボスから貰った《偽愛の飼育フォルスラブ・テイム》だぜ! どんな魔獣でもゲットすれば自在に手頷けられるスキルだ! 言っとくがこのレティオは俺が育てた魔獣で最強の攻撃力を誇る自慢のパートナーだ! 毎日モフモフして、一緒に風呂にも入っているんだぜぇ、コラァ!」


「……あっ、ちょっと羨ましいかも」


 僕の背後で、モフモフ好きのミーリエルが呟いている。

 やれやれだ。溜息を吐き、気を取り直してタークを見据える。


「そんなに愛玩しているなら、僕の前に出さない方がいいんじゃないか? こっちもペット虐待は趣味じゃない。タークとか言ったな? お前だけ死ねばいい」


「やかましい、『死神』がぁ! そういう御託はレティオを倒してから言えっ!! 村人と騎士共と同様に斬り刻み焼き殺せぇぇぇ、レティオ!!!」


「ガウゥゥゥオォォォォォォン!!!」


 レティオは僕に向かって大口を開けて青い炎を吐いた。

 さらに前足の鋭い爪で斬り刻もうと突撃してくる。


 だが僕の姿は既にない。


 刹那


「キャイィィィン!」


 攻撃が空振りしたと同時に、レティオの巨大な頭部が宙を舞う。

 その背後には、全身を煌々と赤く輝かせ左右の腕に逆手で握られた二刀の短剣ダガーを翳す人影――


「《生体強化バイオブースト》発動……たとえ糞野郎のスキルで飼育されていたとはいえ、罪もない人間を大勢虐殺した輩に慈悲はないと思え!」


 本気モードとなったオレ・ ・がいた。


 首を刎ねられた胴体部分は、ドサッと大きな物音を立て横に倒れる。


「レ、レティオ!? 嘘だろぉぉぉ! そんなバカな!?」


 タークは自慢のパートナーが斃され驚愕し恐慌する。


 オレは屠ったフェンリルを無視し、奴が立っている建物へと近づく。


「残るはターク、お前だけだ。それとも他に魔獣をテイムしているのか?」


「あ、ああ……ああぁぁぁ」


「その怯えようだと、最早打ち止めのようだな。だったら、お前が戦うしかないぞ」


「く、くるな……こっちに来るなぁぁぁぁ!」


「魔獣がいないと何もできないのか? 愛玩ペットに戦わせて、お前自身はそうやって高い場所で見物か? 良いご身分じゃないか?」


「……ご、ごめんなさい!」


「ああ?」


「ごめんなさい! ぼ、僕ゥ、調子に乗ってました! 無双するちょっぴり気ままな最強テイマーだと勘違いしてましたぁぁぁ! 本当すみません!」


「最強なのはお前なんかじゃない、不遇にもお前に飼われた魔獣達だ。ただオレだけを狙うのなら酌量の余地もあったが、お前らは大勢の罪もない人達を殺しすぎた……」


「すみません! ガチで、ごめんなさい! 僕は反省しました! 暗殺者アサシン辞めます! 生まれ変わって底辺で生きていきます! だから――ぐげぇぇぇ!!!」


「――遅いよ、何もかも」


 オレは高速移動でタークの背後に回っていた。

 そのまま定番の強烈な裸絞めで首を捻り頸椎を破壊して瞬殺する。

 タークは二度と戯言を吐くことなく、膝から崩れて屋根から滑り落ちた。


「これでクエスト達成だ。が撒いた種みたいで感じ悪いけど……」


 僕は《生体強化バイオブースト》を解除し、素の状態に戻りながらそう考えた。


 組織ハデス自体の考えはわからないけど、僕の首を狙う暗殺者アサシンの中にはタークのような目的のために手段を選ばない連中もいる。


 これからは自分だけでなく、身の回りのことにも気を配る必要があるだろう。

 僕のせいで誰かが傷つくようなことにならないためにも……。


「セティ殿ッ、見事だった!」


「流石、セティさんお強いです!」


「やったね、セティ!」


「本当、惚れ惚れしちゃうわ!」


 屋根から降りた僕を四人の美少女達が駆けつけてくれる。

 偽勇者としてではなく、セティとしての賞賛ぶり。


 本当は暗殺者アサシンとして戦う姿を見せたくないのだけど、彼女達は怖がらずに受け入れてくれている。

 実はそこが一番感謝して救われているわけで……。




 こうしてクエストが終了して、カリナ達に付き添う形で僕は冒険者ギルドに報告しに行った。

 ギルドマスターから「本当に四人だけでクエスト達成したのか!?」と驚かれ確認された後に報酬料を受け取る。

 その額は『8百万G』であり、その高額から相当難易度が高いクエストだったことが伺えた。


 ちなみに報告の際は、テイマー暗殺者アサシンタークや組織ハデスのことは伏せて『魔獣による襲撃』という形で処理している。

 あの後、タークの遺体を魔獣に襲われた村人として偽装し土葬した上でだ。


 今回のことが下手に表沙汰となってしまったら、それを知った人間達が巻き込まれ狙われてしまいかねない。

 大陸全土の裏社会を支配する暗殺組織ハデスを敵に回すとはそういうことなのだ。



「セティ殿、どうかこれを」


 カリナが全額の『8百万G』を僕に渡してくる。


「ほ、本当にいいのかい?」


「ああ当然だ。どうかキッチンワゴンの事業に役立ててほしい」


「どうか受け取ってくださいね、セティさん」


 フィアラからも手を組んで祈るかのようにお願いされてしまう。

 ミーリエルやマニーサも優しい眼差しで頷いてくれた。


「……わかった、ありがとう。みんなが快適に過ごせるよう改装費に使わせてもらうよ」



 それから報酬料を元手にキッチンワゴンの馬車を改装することになる。

 早速ドワーフ族が大工職人として営業している店に依頼し馬車を預けてきた。


 以前より車内を広くし、みんなが不便なく乗車できて荷物も多く積めるよう増設し、調理場も拡張する形での改装である。

 ドワーフより結構な作業になるようで一週間は掛かると言われ了承した。


 その間、イズラ王国に滞在することを余儀なくされる。

 資金もあるので宿を取り、ゆっくりと市場で調理器具など揃えていく。

 新しく広いテントも購入し、もう一頭のロバも仕入れた。


 そして時は過ぎていき、明日で一週間が経とうとしていた時。


「セティお兄ちゃん。今日からアツミ村の温泉が入れるみたいだよ」


 ヒナが教えてくれる。


「へ~え、もう復興したのか。なら最後に入って行くか?」


「うん!」


 そうそう、みんなも誘わないとな。


 カリナ達にも声を掛け、再びみんなでアツミ村へと向かった。




 つい六日前とは異なり、村は綺麗に整備されていた。

 なんでもイズラ王国の中でも有名なリゾート地だけあり、国内の総力上げて工事を進めたそうだ。


 とはいえ、瓦礫や破損した建物などが綺麗に撤去されただけである。

 建物などは未だ建築中であり、村人達の心の傷は癒えていない様子だ。

 それでも前を向いて健気に振舞う人々の姿に、無理して背伸びしているヒナを重ね合わせて感銘を受けた。


「いらっしゃいませ。貴女様が村を救って頂いたカリナ様方ですね? ささ貸し切りですので、皆様どうぞ」


 温泉場に着いた途端、主に接待を受けてしまう。


「どういうことだい?」


「いえ、セティ殿。どうやら我らの武勇伝がイズラ王国中に広まってしまったようです。特に我は冒険者ギルドに登録しておりますので、名前と顔がバレてしまっているようで……申し訳ない」


「別に謝ることじゃないと思うよ。貸し切りってことは僕達だけってことなの?」


「はい、これも私達アツミ村からの、皆様へのささやかなお礼と思って頂ければと……」


 なるほど、なら有難くご厚意に甘えてもいいかな。



 僕は女性陣に別れを告げて男性ようの脱衣場に向かった。

 手早く服を脱いでお風呂セットを小脇に抱えて浴場へと向かう。


「岩風呂か。風情があっていいなぁ」

 

 引き戸を開けた瞬間、そう感想を呟いた。

 大きな岩々で積み上げられた楕円形を描く湯舟。さらに中央に最も大きな岩が置かれた浴槽となっている。


 僕はさっと身体を洗い流し、湯船に浸かった。


「ふぅ~」


 つい気の抜けた声が漏れる。

 じんわり染みる温もりと体内に蓄積した疲れが溢れ出されていく感覚を味わう。

 来てよかったなぁっと思った。


 その時だ。


 ガラガラっ


「うっわぁ~、広~い! お姉ちゃん達ぃ、早くぅ~!」


 ヒナの声だ。

 声を弾ませてご満悦な様子。

 

 って、あれ?


 まさか、ここの温泉って……あれ?




 混浴かよぉぉぉ!?




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