第17話 元勇者アルタの逃走劇2




「あ、哀れな乞食こじきに……お恵みを」


「おい、兄ちゃん! 声が小さいぞ! そんなんじゃ、誰からもお恵みを頂けんわい!」


「すみません……チッ。哀れな乞食にお恵みを! 同情するならマネーくれぇぇぇ!!!」


「おっ、やればできるじゃないか。やっぱり兄ちゃんは筋がいいのぅ。こりゃ立派な『物乞い』になれるぞ……へへへ」


 うっせーぞ、この爺ぃ! 誰が好き好んでこんな真似してられっか!

 俺は神聖国グラーテカの王子アルタ様だぞ、コラァ!



 とある国にて。

 元勇者アルタはドヤ街で浮浪者として身を潜めていた。


 以前装備していた青い鎧と赤のマントは質屋に売り、聖剣は護身用としてボロ切れ布に包み持ち歩いている。

 黒ずんだ金髪に浅黒い顔、ボロボロの布服ローブを身に纏う姿は嘗ての面影など見られない。


 暗殺組織ハデスの暗殺者アサシンに狙われてから、冒険者にもなれずろくな定職にもつけない男の末路であった。


 しかし悪いことばかりじゃない。


 こうして物乞いになり下がることで、奴らの目を欺ける形となっている。

 おまけに浮浪者達もグランドライン大陸中にコミュニティを持ち団結力が非常に高い。

 ワケありの者が多いこともあり、決して他人を売るような真似をせず、このように誰かが親身に面倒を見てくれる。

 贅沢こそできないが、辛うじて生きるための伝手として繋ぐことができていた。


 だが所詮アルタだ。

 この環境に満足するわけもなく、日々不満が募っている。

 せっかく親身になってくれるドヤ街の長老ルンペ爺さんの助言に舌打ちし、嫌々ながら物乞いをしていた。


「きゃはっ。タカピィ、あれ見てぇ! 乞食ぃ~!」


「うほっ! 汚ねぇ、ガチやべぇ!」


 庶民風の若い男女カップルが声を弾ませ仲睦まじく腕を組んで近づいてくる。

 特に男の方はチャラそうな金髪や雰囲気といい、顔立ちもどこかアルタに似ている。


 クソォッ! 来るなぁ、あっちに行けぇ!


 アルタは必死にそう念じた。


「おい、アルケン。あのカップルに声を掛けろ」


 隣でルンペが囁いてくる。


 え? 嫌だよぉ! ぜってぇイジられて金なんてくれねーっての! 相手見て言えよ!


 アルタは心の中でそう思うも長老の言葉は絶対だ。

 それにある程度の稼ぎを納めないとドヤ街からも追放されてしまう。そうなればもう生きる伝手すらない。

 ちなみに「アルケン」とは、アルタのフルネームをもじった偽名である。


「う、ぐぅ……哀れな乞食にお恵みを……」


「ああ? 聞こえねーっ、何言ってんのぅ、こいつぅ?」


「同情するならマネーくれぇぇぇ!!!」


「キャハハハッ、ウケるぅ! 誰も同情してねーっつうの! ねぇ、タカピー♡」


「まぁ、ノリリン。そうディスんなよぉ。ほれ、金だ。有難く受けとれや~」


 タカピーという男は銅貨を投げ落とすも、わざと銭入れ箱から外して転がっていく。

 アルタは慌てて腕を伸ばし銅貨を掴んだ瞬間、その手をタカピーの靴裏が強く踏みつけてきた。


「いでぇ!」


「おお悪りぃ、てっきり犬の糞かと思ったわ!」


「やだぁ、タカピーの靴底が汚れちゃう! アハハハ!」


 嘲笑うバカップルに、アルタの手が小刻みに震わせる


 殺してやるッ、殺してやるッ、ブッ殺してやるッ――!


 ひたすら呪詛を唱えながら、必死でその場を耐えた。


 嘲笑いながら去って行くバカップル。

 アルタはその背後を鋭い殺意で睨みつけていた。


 クソォ! いっそ聖剣を取り出して野郎の首を刎ねてやりてぇ! 女もその場で犯してやりてぇ!

 だが下手な揉め事はまずい……どこで組織の暗殺者アサシンが見ているかわからねぇ!

 組織……あの後、調べたが『ハデス』という名らしいなぁ。


 アルタは例のポンプルというホビット族が漏らした『死神セティ』というワードで知った。

 その『死神セティ』も、その筋じゃ知らない奴はおらず、このグランドライン大陸では最強に位置する暗殺者アサシンだったそうだ。同時に俺が雇った『偽物』がそいつだ。


 クソォ! 俺がこんな惨めな思いを虐げられるのも全部、姉貴であるイライザとその『死神セティ』のせいだ!


 実姉のイライザに陥れられたのは紛れもない事実だが、セティに関しては言いがかりもいいところである。

 しかし栄光ある未来を踏みにじられ、勇者からは物乞いと成り果ててしまったアルタの心はすっかり荒み病んでいた。


「アルケン、よく耐えたな。それでいい……渡世を捨てたワシらはドブネズミ以下の存在じゃ。ドブネズミすら自分で生きる能力はあるが、ワシらにはない。プライドを捨て、こうして誰かから施しを受け食いつなぐしか術はないのじゃ」


 ルンペだけはそんなアルタの背中をさすって褒めている。今、唯一の理解者は彼らドヤ街の浮浪者だけだ。


 うるせーっ、俺は違う! 本当の俺は違うんだ!


 アルタは頷きながらも、心の中は一切納得せず受け入れていない。

 いつか返り咲いてやると誓っていた。



 そんなある日のこと。


「おい、乞食の爺さん。このドヤ街にアルタって男はいないっすか~? 金髪で青い鎧を纏って腰に聖剣を装備したチャラそうな野郎っす」


 普段通り物乞いをしていると、間延びをした少年の声が耳に入ってきた。

 聞き覚えの口調に、アルタは目を見開きフード越しでチラッと顔を上げる。


 ――小人妖精リトルフ族のポンプルだ。


 たった3千G(日本円で3千円)の賞金首を追い求める見た目通りに度量もちっちゃい暗殺者アサシン


 や、野郎! ついにこの街にまで来やがった!


 きっと定職についていないアルタがドヤ街に流れているだろうと踏んで尋ねてきたようだ。


「……知らんのぅ。ワシらはみんなワケありの者が多いからのぅ」


「多分、名前は変えているっす。つい最近、ドヤ街に入った若い男はいるっすかぁ?」


「いちいち覚えておらんわ。すまんのぅ」


 流石はドヤ街の長老。たとえ知っていても決して仲間を売らない。

 だからアルタもどんなに屈辱的でも彼の指示だけは従い耐えてきた。


「なるほど……まぁ、あんたらと揉めるなと組織に言われているっすからね……素直に聞き入れるっす」


 ポンプルは渋々納得した様子を見せる。


 冒頭で述べた通り、大陸の各国でコミュニティを持つ浮浪者達の数は組織ハデスに匹敵する規模だ。

 中でも暗殺者アサシン達は彼らからの情報を得ることもあり、また隠れ蓑として利用するケースもある。

 裏社会同士のツールとして余計ないざこざは避けて当然であった。

 ましてやたった3千G(日本円にして3千円)の賞金首では天秤に掛けるまでもない。


「そこの兄さんは知らないっすか?」


 ポンプルはアルタに声を掛けてきた。

 一瞬、心臓が跳ね上がるも、自分だとバレていないことに安堵する。

 同時にアルタの脳裏にピーンと名案が浮かぶ。


「お、お恵みください……」


「ほう情報料っすね? いいっす、奮発するっす」


 ポンプルはニヤッと微笑み金貨1枚(1万Gの価値)を銭入れ箱に投げた。


 テ、テメェ! 俺の首(3千G)よりも遥かに高額じゃねーか! 金あんなら、つけ狙う意味なくね!?


 アルタは酷く不満に思ったがとりあえず黙認した。


「……タカピーと名乗る男が大変似たような特徴をしています。いつもノルルンという娘と同行しているので、きっとアルタという者が扮し、その娘が匿っているかと」


「タカピーっすか……なるほど。バカ女のヒモで食い繋いでいるとは、如何にも女好きのアルタがやりそうな手口っすね」


 悪かったな、女好きで。だがヒモじゃなくて物乞いで食い繋いでいるけどな。


「サンキュっす! 前回は無駄話してまんまと逃げられたから今度は問答無用で背後からキルしてやるっす! 匿ったバカ女も同罪っすよぉ!」


 ポンプルの意気込みを聞いて、アルタはニヤッとほくそ笑む。




 その夜。


「見つけたっすよぉ、アルタァァァッ! バカ女もろとも覚悟っすぅ!! キエェェェェェェェイ!!!」


「うわっ、なんだこのガキは!? な、何する――ギャァァァーッ!!!」


「タ、タカピー!? い、嫌ッ、やめてぇ、キャアァァァァ!!!」




 翌日、繁華街の裏路地でタカピーとノルルンの遺体が発見される。


 死因は鋭利な刃物で首を斬られあるいは突かれているらしい。

 変質者か物取りの犯行ではないという線で捜査されている。


 その噂はドヤ街にまで流れていた。


「……ワシは何も聞かんぞ、アルケン」


「あざーす、長老」


 アルタはお礼としてルンペに金貨を手渡した。


 妖精族はお気楽で脳筋な奴が多い。

 ホビット族のポンプルがもろいい例だろう。

 きっとろくに確認せず、即キルするだろうと踏んで嘘の情報を流してみた。


 ムカつくバカップルへの復讐として。

 滑稽すぎるほど、まんまと上手くいった。


 そしてアルタは考える。


 どうせすぐ始末されたタカピーが俺じゃないことは組織ハデスにバレるだろう。

 ここにいればしばらく安全だが、いつまでも物乞いなんてしてられない。

 今に見てろ! 必ず打開して再起を果たしてやる!



 元勇者アルタの逃走劇はまだ続く。





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