第7話 弟子入りしてみた




「……やっぱり兄ちゃん、いやセティ。お前さんも暗殺者アサシンか?」


 待ち構えていたイオさんが聞いてきた。


「その口振り、最初から僕のこと気づいていたんですか?」


「ああ、僅かだが血の臭いがしたからな……それにヒナを奴らから助けてくれたんだろ?」


「はい……イオさんは僕が怖くないんですか?」


「……まぁ、この大陸の暗殺者アサシンに狙われる覚えはないからな。それに、あんたは何か違う……人間らしさがある」


 人間らしさか。

 少し前まで殺戮人形のような生き方をしていた僕が……。

 引き戻してくれたのは、全て『彼女』達のおかげでしかない。今頃、何をしているんだろう。


 いや今はそれより、


「イオさん、『お前さんも』ってことは……貴方も?」


 僕の問いに、イオさんは頷いた。


「そうだ……俺も嘗て倭国の暗殺者アサシンだった。お前が殺った連中は俺を追ってきた刺客さ」


「刺客? どうして?」


「組織を裏切ったからだよ。だから追われている……わざわざグランドライン大陸まで追ってまでな」


 なんでもエウロス大陸でも有名な組織で『闇九龍ガウロン』というらしい。


 イオさんは組織でも名の知れた暗殺者アサシンだったようだ。

 そして、ヒナは実の娘ではなく、嘗て自分が暗殺で手に掛けてしまった倭国を支配していた王族の娘だと話してくれた。


「……俺が組織から受けた命令は当時の王族達を根絶やしにすることだった。子供ごとな……その中には赤子だったヒナも含まれていた。しかし俺にはできなかった……直前であの子に対して情が芽生えちまった。それでヒナを連れて組織を抜け出したってわけさ」


 任務放棄か、それは狙われても不思議じゃない。


「ヒナちゃんはそのことは?」


「当然知らない。あの子は両親を殺した俺のことを本当の父親だと思ってくれている……大きくなったら話そうと思っているが、まだ9才だ。現実を知るには早すぎる」


「そうですね……その左腕は?」


「組織を抜ける時にケジメとして差し出した。だが認めてくれず、裏切り者には『死』が鉄則らしい。わかってはいたがな」


 ケジメだけじゃない。きっとヒナの両親を殺めてしまった贖罪の意味もあるのだろう。

 僕にはそう思えて仕方ない。

 逆によく、ヒナを育てながら長きに渡りこの地まで逃げてこられたもんだ。


「『闇九龍ガウロン』に、俺がグランドラインに潜伏していることを知られたのはつい最近のことだ。この大陸は『ハデス』が取り仕切っているから、組織も迂闊に乗り込んでこないだろうと思っていたが……どこかで嗅ぎつけて忍び込んでいたようだ」


「きっと『ハデス』は知っていたかと思います。ただ身内同士の抗争には首を突っ込まない。大人しく帰れば不問とし見て見ぬ振りをしていたってところでしょう」


「だろうな……それで、セティ。お前さんはどうして『ハデス』を裏切ったんだ?」


「え? ええ、それは――」


 僕は一通りのことをイオさんに説明した。


 束の間。


「……勇者の癖にどうしょうもないな、そいつ。まぁ、幸か不幸かセティが自分を取り戻すきっかけを与えたのは確かか?」


「はい、でも一番感謝しているは勇者の婚約者である少女達なんですけど」


「そうか。んで、お前さんはこれからどうする?」


「……逃げますよ、地の果てだろうと。場合によっては戦います。組織を抜ける前から、そう決めていましたから……ただずっと暗殺者アサシン稼業をしていたから、別の仕事で自分に何ができるのかわからなくて」


「――セティ、だったら俺の弟子になるか? 料理人として」


「料理人? 僕が?」


「そうだ。見ての通り各国を回るから一箇所に留まることもないし、そう簡単に足もつかない。どこでも商売ができる、どうだ?」


「はい! よろしくお願いします!」


 こうして僕の就職先が決まった。


 それからイオさんの指導で調理人として修行することになる。

 料理だけじゃなく調理器具の取り扱い方や衛生管理、運営の仕方など一通り覚えた。


 ヒナも僕を受け入れてくれて、「お兄ちゃん」と慕ってくれる。彼女とは同じ黒髪に黒瞳なので、お客さんから本当の兄妹のように思われた。


「――セティ、お前は筋がいい。特に包丁捌きは流石だな。物覚えも早い」


「はい師匠。けど、あまり自慢できませんけどね……」


 妙なところで暗殺者アサシンの技術が役に立つ。

 ちなみにイオさんを料理人として『師匠』と呼ぶようにしている。初めて心から尊敬できる人に出会えたと思う。


 それからも色々な国や都、町や村を回って楽しくて充実した日々は過ぎていった。




 だがしかし――。


「ヘイ、ユー。裏切り者の『死神セティ』ね?」


 一人ゴミ出しをしている中、変な男に声を掛けられる。

 テンガロンハットを被った割と派手な格好だ。腰にはベルト型のホルスターが取り付けられ、『拳銃ハンドガン』が収納されている。


 拳銃ハンドガンか。確か西方のゼピュロス大陸に見られる武器だ。

 グランドライン大陸では、あまり見かけることはないだろう。

 

「あんた誰?」


「ミーは、ジョニー。一流の銃士ガンナーであり、組織ハデスに属する――」


「そっ、なら死んでいいよね」


 僕はジョニーが言い終わる前に懐に飛び込み、腰元から短剣ダガーを抜いた。

 咄嗟にジョニーも早撃ちで応戦しようとホルスターから拳銃ハンドガンを抜くも、腕を翳した瞬間に奴の手首ごと斬り落としてやる。


 ドサっと、拳銃ハンドガンを握りしめた手首が地面に落ちた。


「ギャアァァァ! てぇ、手がぁぁぁ! こいつは、早すぎる――うぐぅ!」


 戦慄するジョニーを押し倒して、そのまま地べたに這いつくばせる。

 喉元に短剣ダガーの刃を翳した。


「お前の方が遅すぎるんだよ。おまけに自ら獲物も見せびらかして……それでよく暗殺者アサシンなんてやれるな? どうせ三流だろ?」


「た、助けてぇ!」


「殺す前に問う。やはりボスは生きている・ ・ ・ ・ ・のか?」


「し、知らない! ミーが迂闊に会えるような方じゃない! 全て密偵鴉の指示だ!」


「なるほど確かにな……んで、三流のお前如きが何故に僕を狙う? 自殺願望か?」


「そ、組織から賞金が懸けられているんだ。20億Gだ……」


 20億だって? ガチで僕を始末する気満々ってか。

 だとしたらこれからも金に目が眩んで、こんな身の程知らずのバカが増えるんだろうな。


 まぁ、覚悟していたし、今更どうでもいいや。


「よくわかったよ。拳銃ハンドガンは貰っておこう。グランドライン大陸じゃ珍しい武器だからね」


「あ、あげるから助けてください、セティ様ぁ!」


「駄目だ。僕は悪い奴と同業者には容赦しない。来世は真人間に生まれ変わってくれ」


「え? ちょっ、まっ……ぐぇぇぇ!」


 僕はジョニーを始末して、何事もなかったようにイオさん達と合流した。




 お手伝いをしているヒナは僕を見るなり、まるで向日葵のような満面の笑みを浮かべてくれる。

 すっかり懐いてくれて、妹みたいでとても可愛い。


「お兄ちゃん、お帰り~」


「ただいま、ヒナちゃん」


 ただいま、か。

 そう言える相手がいるのは嬉しいものだ。


「セティ、たかがゴミ投げに随分と……ん? ああそうか。早く手ぇ洗って準備してくれ」


「は、はい」


 どうやらイオさんには気づかれてしまったようだ。

 でも言及してこないのは有難い。

 彼も僕と同じ境遇だけに……それでもああして毎日前を向いて生きている。

 逃げ続けていることが、イオさんにとっての戦いなんだ。


 僕にとって料理人だけでなく、生きる姿勢までお手本になり尊敬できる人。

 彼の生き様を見て、別に逃げてもいいんだと思う。


 延々と誰かの命を不条理に奪う日々よりも、毎日自分らしく充実して生きることが重要なんだ。

 

 彼らと出会えて、改めてそう実感した。




 こうして、かれこれ三ヵ月が過ぎようとしていた頃。


 事件は再び起こった。





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